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「私の夢を返して」イギリスのEU離脱、将来を台無しにされた若者たちの嘆き

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イギリスが国民投票によって「EU離脱」を選んだことを、EUの若者たちはどう思っているのか。彼らの未来はどうなるのか。欧州連合(EU)の機構本部があるベルギーの首都ブリュッセル在住のフリーライター・栗田路子さんが現地の声をレポートする。【編注】登場人物の名前は、すべて仮名です。

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日本でも参院選が終わったばかりだが、イギリスでも去る6月23日、これからのイギリスの道を大きく軌道修正する重大な選択がなされた。国民投票によって、大人たちは「EU離脱」を選択し、「EUの中のイギリス」として次世代のために積み重ねてきた40年余りの歴史に終止符を打つ道を選んだのだ。

■「将来をズタズタに」EU以前のシニア世代が、EU世代の夢を奪った

それにしても、イギリス国内で「EU離脱・残留」に関する議論が、金融・経済の損得、移民排斥、大英帝国への回帰願望をめぐって議論されたことは、若者には残念なことだった。

「物」や「金」ばかりではなく、「人」の自由な移動を推進するEUは、もっとグローバルで長期的な理念に支えられていたはずだからだ。EUが、次世代の教育や交流に投資し、国際舞台で対話によって紛争を抑止できる人材や人的絆を地道に育ててきたことを評価する有権者は、イギリス国内にはあまりいなかったようだ。

今日のEU加盟国では、どこの大学や研究機関に在籍しても、EUの教育・研修・青少年・スポーツ総局が提供する豊富な留学や研修などのプログラムを受けられる。EUの研究・科学・イノベーション総局から提供される多くのプロジェクトや研究費も、若手研究者や大学院にとっては欠くことのできない重要な資金源だ。

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EUの教育・研修・青少年・スポーツ総局は、若者たちに豊富な留学や研修などのプログラムを提供している

■イギリスで生まれ育った若者たちの多くは、残留を支持した

イギリスがEUに加盟して40年余り。「EUの中のイギリス」で生まれ育った18~24才の75%、EUの価値をそれなりに謳歌してきた50歳までの大人の56%が、EUに残ることを支持したが、それより年上の世代によって、EU以前のイギリスに後戻りすることが選ばれたのだ。

「悲惨。私と友達みんなの将来をズタズタにしてくれた大人たち、ホントにアリガトウ。国民投票の結果って、無視するわけにはいかないの? だめ? ひどすぎる!」

ロンドン在住のスコットランド人、エリザ(18歳)は6月24日、Facebookにこんな書き込みをした。電話してみると、嘆きは止まるところを知らない。ベルギーの首都ブリュッセルで働く母親に連れられて、幼い頃からベルギーで育った彼女は、「生粋のヨーロピアン(ヨーロッパ人)」と自称する。ベルギーの高校卒業後、ロンドンの演劇学校に通っているが、将来はいくつもの言語を操る役者として、欧州中の舞台に立つことを夢みてきた。その夢は、一回の投票で、かき消されてしまったのだ。

「私の幼い頃からの夢を、超ドメスティックなおじいちゃん世代に、たった一回の投票で奪われちゃったのよ。私の夢を返して。自分たちは、欧州人としてのメリットを受けておいて、絶望している若者をあざ笑うなんて、あまりに悪趣味!」

■EU在住のイギリス人家族の生活も直撃

移動の自由を保証され、EU内の他国に長期居住するイギリス人は約130万人。その多くは、自分たちの生活設計を直撃する国民投票に、参加すらできなかったことを嘆く。スペインや南フランスなどには、暖かい土地で老後を過ごそうと移住した悠々自適の年金生活者が多いが、筆者が住むベルギーには、高学歴で国際派の現役世代を中心に、約3万人のイギリス人が生活する。

EUの省庁にあたる欧州委員会には、約3万5000人の正規職員が働いており、イギリス人はその4%を占める。欧州議会議員751名のうち、73名はイギリス選出だ。欧州議会の同時通訳者や事務職員の総勢8000人とEU理事会事務職員5000人の中のイギリス人を含めれば、EU主要3機関に勤めるイギリス人は2000人を下らない。

それ以外にも、ベルギー内には、欧州航空航法安全機構(Eurocontrol)、欧州原子力共同体(Euratom)、欧州共同研究センター(JRC)など、いくつものEU関連機関があり、対EUの各種事務所や国際機関が1000以上もひしめき合っており、事実上の共通言語が英語ということもあって、イギリス人の出番はおのずと多い。

家族を伴って滞在するEU関係者の子供たちのほとんどは、EU理念にのっとった一貫教育を施すEU直営の「ヨーロピアン・スクール」で学ぶ。欧州中に14校(プログラム認証校も含めると約30校)あり、そのうち5校がベルギーにある。

■EUに暮らす親の苦悩、子供たちは「違いに寛容であることを学んでいたのに」

「うちのアンとケンにどうしろというの! せっかく、いろんな国の、いろんな背景の子と協力して生きること、違いに寛容であることを学んでたのに。いろんな言語を覚えて、国境なく活躍できる人になってほしかったのに。モノリンガルで島国根性丸出しのイギリスに閉じ込めて、大英帝国万歳なんて言ってほしくない!」

こう嘆くヒラリーは、欧州委員会で働き、子供たちをヨーロピアン・スクールに通わせているイギリス人だ。アンもケンもまだ小学生だが、クラスメートは欧州中から集まり、英語の他に、フランス語、スペイン語などいくつもの言語を当たり前のように操る。

ベルギーでは、イギリスのEU離脱が判明して以来、ベルギー国籍取得に関する問い合わせが相次いでいるという。筆者の住むワーテルロー市は、人口3万人のうち約2%がイギリス人だが、6月24日だけで5家族からさっそく国籍取得の申請が出された。ヒラリーも、問い合わせをした一人だ。

イギリスは二重国籍を許容するので、ベルギー国籍を取得しても、イギリス国籍を捨てる必要はない。今のうちに、ベルギー国籍をとっておけば、イギリス人でも、すぐに解雇されたり、居住権を奪われたりすることはなくなるのだ。在ベルギー英国大使館では、Facebookなどを通じて、「直ちに生活に影響はでないので、慌てるな」というメッセージを発信した。

■イギリスは、一体何から離脱するの?

EUを単なる「非関税・自由貿易圏」だと思っていたのは、イギリス人だけではないだろう。NATOや国際連合(国連)のような同盟や国際機関だと思っている人もいる。第二次大戦後、国際紛争を抑制する枠組みとして出発した欧州共同体だが、共通通貨や政治的統合を目指すマーストリヒト条約(93年発効)以降のEUを、ちゃんと理解している人は、いったいどれだけいるのだろう。

実際に、「何から離脱」するのかまったくわかっていないガールフレンドをおちょくったYouTubeビデオは約20万閲覧され、投票後になって、EUって何だったのかと改めて調べる英国人が急増したとGoogleはツイートした。


「何から離脱」するのかまったくわかっていないガールフレンドをおちょくった動画

イギリス人が投票後に「EU離脱とは何を意味するのか」などと調べ始めたことを伝えるGoogleトレンドのツイート画面

■「私たちは、ぎりぎり間に合ったけれど、後輩があまりにもかわいそう」

EU内では、「自国の学生と同じ条件で、他のEU加盟国の学生を受け入れること」、「EU内で取得された学歴や職業資格(医師、弁護士など)は、EU加盟国内で相互認証する」などの決め事がある。

その他、1987年から実施されてきたエラスムス計画(ERASMUS)と呼ばれる交換留学制度があり、すでに300万人以上の学生が利用してきた実績がある。近年では、研究者を対象としたプロジェクトもでき、EU域外の大学にも提携校を広げ、また、高校生を対象とするプログラムなどにも発展している。EU内の学生の間では、個人負担のほとんどない公的留学・研究制度として知名度・利用度とも抜群だ。


交換留学制度、エラスムスの紹介動画

「私たちは、ぎりぎりで間に合ったけれど、これから大学生になる若い子たちは本当にかわいそう。もう、イギリス国外の大学で、いろんな国の学友と学ぶことは、お金持ちの特権となってしまうのだから」

こう溜息をつくのは、オランダのマーストリヒト大学で物質科学の工学士を取得し、この秋からベルギーのルーヴェン大学で修士課程に進む予定のイギリス人のサラだ。彼女はエラスムス制度で短期留学したマーストリヒト大学が気に入り、改めて、ここで学士を目指した。

マーストリヒト大学の学費は、年間2000ユーロ弱(約23万円)とイギリスの大学の1万ポンド(約140万円)に比べてずっと安く、ルーヴェン大学ではさらにその半額となる。後輩を憐れむ彼女だが、自分自身も将来の不安は大きい。取得した学位がイギリスで認められなくなる可能性が高く、EUの雇用主はイギリス国籍の者を採用しなくなるかもしれないからだ。

■安心して。スコットランドはEU学生を切り捨てはしない!

イギリスのEU離脱ニュースに、この秋から、スコットランドの大学に進学が決まっていた筆者の娘も悲鳴をあげた。スコットランドでは、数年前に、イギリスが学費を大幅に値上げしたことに反発し、現地およびEU学生には、返還不要の奨学金を出して学費を免除する方針をとってきた。

スコットランドでは、国民投票の結果はEU残留支持が62%と多かったものの、今後EU学生への学費免除は打ち切られるかもしれない。そんな不安を抱えていたところ、入学予定の大学から学長名で直接メールが届いた。6月24日午後、国民投票の翌日のことだ。

XXXへ

英国がEUを離脱するという今日のニュースで、入学や学費条件はどうなるのだろうと心配しているのではないでしょうか。

安心してください。入学が認められている学生には、学費免除が継続します。万一、スコットランド政府がその方針を変更することがあっても、大学が責任をもって、学位取得までの学費を免除します。貴女は、もう、私たちの大学の大切な一員なのです。貴女が世界レベルの勉学を続けられるよう、大学はしっかり見守ります。

英国のEU離脱決定が、どういう影響を及ぼすのかは、まだしばらくわからないままでしょう。でも、貴女の学費免除には変わりがないことを、ここに保証します」

EU離脱を唱えたイギリスの政治家達は、これからの長い責務を前にさっさと辞めてしまった。キャメロン首相は、9月の予定を早めて辞任することを発表した。

EUは、イギリスはこれからどうなっていくのだろうか。異なる国民や民族の対話が、大国の暴走や独り勝ちを抑止し、平和や発展をもたらすことを世界に示そうとしていたのに。EU世代は、すでに、相互に交流する教育や研究制度を自分の計画に組み込み、国境のない世界の舞台での将来像を描き始めているというのに。

大学から届いた一通のメールに、若者の夢を台無しにはしないという大人の責任のかけらを感じた。

(栗田路子)