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福島第一原発事故で変えた「生き方」 森の中で自給自足で暮らす韓国の夫婦を訪ねて

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韓国南西部の全羅南道・長興(チャンフン)。

2010年に出会ったペダル(仮名、写真左)とハオル(仮名、写真右)の夫妻は、ソウルの環境団体に勤めていたが、2011年の東京電力福島第一原発事故の後、都会暮らしに見切りをつけ、2012年11月末から長興の森で、水道、電気、ガスのない自給自足の生活を始めた。韓国は24基の原発を抱える原発大国でもある。

森の中で自給自足で生活するというと、外界から遮断されたような感じを受けるが、太陽光で充電した携帯電話1台でSNSをしながら、コミュニケーションを取り続けている。(ハオルのFacebookへ)

取材班は朝9時前にソウルを出発したが、到着したのは午後4時近くだった。夫妻が住む森の中で、話を聞いた。

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夫妻の娘ピッパちゃんと

――お2人とも森に来る前は「骨の髄まで都会っ子」だったと聞きました。どうして突然、森で暮らすことになったんですか?

ペダル:ソウル市北部のアパートで暮らしていました。幹線道路の目の前で、車の騒音、排気ガスで、鼻炎がひどくて…。家庭菜園もやっていましたが、「都会での生活がつらい」と考えていたころ、福島の原発事故が起きたんです。「ああ、生き方を変えなければいけない時期が来たんだな」という気がして、ハオルを説得しました。

ハオル:実際、初めは田舎に行かなければならない理由が分かりませんでした。私は環境政策を研究していて、そこから現実を変えることに強い関心がありました。もう少し勉強しようと大学院への進学を準備していたときに、福島の原発事故が起きたんです。口先だけで環境問題を訴えているのではないかという反省もあって、日々の暮らしの中で「環境のための生き方」を実践しようと決心しました。

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ペダルがインタビューを受ける姿を眺めるハオルと娘のピッパ

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ペダル:それまでも環境団体で勤務していたので「エネルギーを節約しよう」と訴えてはいました。しかし実際には、24時間、電気に囲まれた生活でした。勤め先でもパソコンは常にオンライン状態。言葉だけで訴えても限界があるという気がしたんです。

――福島の事故で「今すぐ原発の電気を使うのは止めよう」と考える人は極めて珍しいですよね。

ハオル:そう思われても当然だと思います。産業化社会で育ち、電気があまりに当たり前の世の中ですから。でも、昔は電気のない暮らしが常識で、当時も人々は幸せに暮らしていたはずです。私たちはただ「少しだけ遡って」みたかったんです。

――ここ(全羅南道長興)を選んだ特別な理由が何かあるんですか?

ペダル:初めは全羅南道潭陽(タミャン)のスローシティー(訳注:自然や伝統文化の中で暮らす「スローライフ」を体験できる地区)で古い民家の管理をしながら、1年ほど暮らしました。でもあまり満足できませんでした。ソウルから場所が変わっただけでしたから。電気、水道、ガスもすでに全部完備している家だったので、ちょっと忙しくなるとガスも電気も使ってしまって…楽な方に流れてしまったんです。

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かまどに火をつけるハオル。ご飯を作るたびにかまどが必要になる。

この家の元の持ち主とは潭陽で知り合ったのですが、電気も何もなく暮らしているというので、新婚旅行を兼ねて遊びに行くことになったんですよ。1週間くらいここに滞在して、本当に、本当に驚きました。「自分たちは環境運動家だと思って生きてきたけど、言葉だけだったんだな…」。自分たちの生き方を、そっくり変えざるを得なくなったんです。

その後、持ち主が福島の事故にショックを受けたのか「原発のない場所で暮らしたい」と海外に移住して、紆余曲折の末、自分たちがこの家に住むことになりました。初めて森に引っ越してきたときは、冷蔵庫・洗濯機など全ての家財道具や、服も寄付して、本当に下着の1枚まで全部捨ててこの家に引っ越してきました。

――森に引っ越したいと言ったとき、周囲の人たちの反応はどうだったのでしょうか。

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ペダル

ペダル:激しいものでしたよ(笑)。大学を出て堅実なサラリーマンだった息子が、嫁と出会って突然、田舎に行きたいと言い出したので、義母はものすごくショックだったようです。知り合いから「あそこの息子は何をしてるの?」と言われて「田舎で畑仕事をしている」と答えるのが恥ずかしかったようです。随分辛かったようですが、今は大丈夫です。ありのままを受け入れてもらっています。

ハオル:今は両家とも応援してくれています。周囲を見渡せば借金の返済に苦しみ、職場のストレスに苦しんでいる人たちが多いですから「あなたたちが一番幸せそうにしているわね」と。

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ハオル。服も自分で作って、「過炭酸ソーダ」を使って家の横の小川で洗濯している。

――都会生活から、急に森の中で暮らし始めることは簡単ではなさそうですが。

ペダル:無一文だったんです。ところが不思議なことに(?)「不幸」ではありませんでした。不便でしたけど。もし都会にいれば、(お金がなくて)大変だったはずです。

お金で解決しようとすれば何事も簡単ですが、私たちにはお金がなかったんです。だから私たちが活用できる人脈、SNSなどを最大限活用しています。「この作業をする必要があるので手伝ってください」とFacebookに載せると、韓国のあちこちやアメリカ、日本からも訪ねてきてくれました。20人来たこともありました。

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自作の台所兼居間

ハオル:本当に不思議だったのは、何かが必要になっても何とかなったことです。家を増築するときも、お金も技術もありませんでした。ですが知り合いが手伝ってくれて、一緒に山から礎石を持って下りてくれました。大型の重機は入らないので悩んでいましたが、友人が竹で滑車を作ってくれました。不安がらず「どうにかなるだろう」と思えば、誰かが助けてくれました。こういった経験は森に来てから、数えられないほどありました。

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菜園で育てた「在来種のきゅうり」。よく見かけるきゅうりとは少し違う形をしている。

――具体的な日課を教えてください。

ペダル:決まった日課はありません。疲れたら一日休み、雨が降る日は一日ぶらぶらしています。農繁期のような忙しい時は、夜明け前に起きて草むしりをしたり。何もしたくないときには何もしないし、旅に出たくなれば旅に出ます。ただ、森で暮らすには絶対に必要な労働もあります。火を起こすために、薪を割っておいたり、泉から水を汲んでおいたり。こういう準備ができていないと大変なんです。都会のように気の休まる暇もない忙しさではないですが、生きていくための労働は必要です。

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森での生活必需品、薪を備蓄する物置

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ハオルが薪を拾ってくるときに使う背負子

――「森に来て本当によかった」と思いたくなるのはどんな時ですか?

ペダル:朝、「出勤しなくていい」という解放感はものすごく大きいです。起きたい時に起き、したいことをできる。本当に幸せなことです(笑)。

ハオル:夕暮れ時に静かに座ってお茶を飲む時間をとります。本を読んだり、静かに思索にふけったりするのですが、そんな時「森に来てよかった」という気持ちになります。

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ティータイム用のやかん

――「本当につらい!」という時もありそうですが…。

ペダル:ソウルにいれば体を洗うのも簡単だし、ご飯を作ることもそれほど大変ではないでしょうが、足をけがすると水汲みに行くのも大変で…。

また「人生が停滞しているのでは?」という考えがわくこともあります。そんな時は問題を突破しようと考えます。例えば、ハオルが「インターネットに文章を書きたいけど、できなくてつらい」と言った時。それなら「太陽光発電で電気を使おう」という結論を出しました。太陽光発電の電気を使って幸せになれるなら、その程度は使おうじゃないかと。来た頃は「化学繊維の服も着ない」と思っていたけど、ずいぶん頭がやわらかくなりました(笑)。

――後悔したことはありませんか?「ソウルでずっと暮らしていればどうだっただろう」と考えたりとか。

ペダル:いいえ。後悔したことはありません。都会での生活にも、田舎暮らしにも困難はあります。場所が変わったからと言って、「困難」は変わらない気がします。本人が変わらない限り。たぶん私たちが森で感じている悩みは、ソウルに行っても変わらないような気がします。

だから私たちは、田舎に生活の拠点を移したいと思う人たちに「自分の気持ちによく耳を傾けてみて」と言っています。都会生活のストレスから「帰農すれば全て解決する」と考えがちですが、絶対に(!)それは違います。それが現実です。

ハオル:うーん…。ソウルでずっと暮らしていれば、誰かにしょっちゅう「依存」していたと思います。両親とか、勤務先の団体の権威とか、学歴とかに。ずっとさまよい続けていたんじゃないかと。

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ソウルで暮らしていたころの2人

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――今、非常に重要な話をされましたね。場所を変えても、突然「何もかもよくなる」ことはないと。

ハオル:ここでもつらい時はしばしばありますよ。梅雨時に、日があまり差さずに、倉庫の中のものにカビが生えたり、急に雨が降って川辺に干しておいた洗濯物がみんな流されてしまったり。そんな時は「自然が私たちを拒絶しているのか?」という気になります。「田舎のロマン」とか「森林生活のロマン」みたいなものは、実際にはほんの一部分です。でも日が差し込んで、風がそよそよと吹いて、洗濯物もからっと乾いて、そういう環境ではものすごい幸福感を味わえます。

――生活費はどうやって稼ぐんですか?

ペダル:定期的に2か所に文章を寄稿しています。帰農運動の季刊の雑誌に文章を書いて、お米や農産物を原稿料として受け取っています。もう1か所は木材関連の雑誌で、ここからは毎月、原稿料をもらっています。時には講義にも出かけます。平均的な月収は40万〜50万ウォン(約3万7000円~4万7000円)程度ですが、決まった出費も特にないので、この程度で十分です。

ハオル:まず家賃、公共料金がかかりません。一般的なサラリーマンは週5〜6日働きますが、ここではそんなに働かなくても大丈夫です。自由時間はたくさんあります。

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ピッパがはだしでかけ回っている。

――子供を森で育てることも簡単ではなさそうですね。

ペダル:私も初めは「森で子供を育てられるだろうか?」「子供を育てるために再び都会に出るべきだろうか?」と考えました。「無謀だ」という人もいました。でも16カ月、ピッパを森で育てて感じたことは「適応できる」ということでした。ピッパもですが、私たちもです。ありがたいことにピッパは16カ月の間、一度も病気をしたことがありません

ハオル:もちろんどこか怪我をしたら、病院で治療を受ける必要がありますが、消化不良や、お腹が少し痛い程度なら、普通にしていれば治ると考える方なんです。

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喉が渇いたのか小川の水を飲み続けるピッパ

――都会での生活に飢えたりはしないんですか?

ペダル:突発的にエアコンが恋しくなる時もあります。そうなると思い切ってバスに乗ってカフェに行って、コーヒーを飲んだり、図書館に行ったりします。

長興にも映画館はあるんですよ。少し前に近くに住む友人たちと揃って映画を見に行ったんです。豊かではないですが、こうやって文化的な生活への飢えを解消しています。

その代わり、本はたくさん読んでいます。夜通し何冊も読んだり。2週間に1度、講義を聞きに行ったり。文化的な生活とは考え方次第で、自分自身で作り出せばいいように思います。

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冷蔵庫も当然(?)ない。

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水仕事に便利なように、かめを改造した。

――冬場はかなり寒そうですが、つらくはないんですか?

ハオル:実際ここの冬はそれほど寒くありません。零下まで下がる日はほとんどないんです。ただ、雪はたくさん降ります。雪が降ると、あたたかく森を包み込んでくれるような感じがします。図書館で本を借りてきて、ずっと本ばかり読んだり、お茶を沸かして飲んだり。2人で一緒にウクレレを弾いて歌ったり。室内で簡単なヨガをしたり、おいしい物を作って食べたり。そうやって過ごします。

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汲み取り式のトイレは匂うと思っていたが、不思議なことにまったく匂わなかった。

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冬場の入浴に欠かせない「浴槽」

―― 「将来への不安」はないのでしょうか。

ハオル:ソウルで加入していた保険は全部解約しました。「いつもうまくいく」と思って暮らせば、「まだ見ぬ不安」におびえることもないんです。自分の人生が充実していれば、不安は自然に解消されると思います。森に来る前は、たんぽぽの種のように漂っていたのが、今は木が地面に根を下ろしているような感覚です。私の人生が地面に根を張ったという、心の奥底から湧き出るような自信があります。

前向きに、幸せに生きようとすると、周りの人からむしろ助けられていると感じます。といっても人の助けに依存して暮らしているわけではありませんが、いつでも「うまくいく」という自信があります。

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携帯電話もこの太陽光充電器で充電して使っている。

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――森で自給自足というと文明から遮断されたような感じですが、活発にSNSをしている様子がとても興味深いです。

ハオル:私たち「2人だけ」で幸せになろうと、閉鎖的に暮らしたくて森に来たわけではないんです。だから人ともっと話したいんです。

SNSは大好きです。SNSで私たちを知って、応援してくれる人がいることが大きな力になっています。もちろん辛いときもありますが「よくやっているな。自分たちの道を歩み続けなきゃな」という気になります。

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――2人の暮らしを、どう感じてもらいたいですか?

ペダル:私たちに「ほんとうにすごい」と言ってくれる人がいます。その言葉の奥には「自分たちはそんな風に生きられない」という意味が込められているようです。私たちの生き方が「近寄りがたい」と言う人もいました。守るべきルールが多すぎるようだ、と。

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「あの人たちは何か特殊だ」と遠まきに見るより、「ああいう生き方もあるんだな」と、一つの例として受け止めてもらいたいと願っています。「暴走する機関車から飛び降りても死なずに生きています」「こんな風に生きても幸せです」と。

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ハオル:「正解を決めずに生きてもいい」と言いたいです。失敗は悪ではなく、失敗してもいい、自分の進む道でないと思ったら引き返して横道にそれてもいい…。違いますか?

私たちのように電気も石油もない暮らしをする必要はありません。みんな木こりになれと言っているわけでもありません。みんなが自分の人生と基準で「環境保護の方法」を見出して、日常的に実践すればいいと思います。

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――今後の計画があれば教えて下さい。

ペダル:この森には私たちを含め、4家族が暮らしています。村の中で一緒に生計を立て、子供を育てるなど、「ゆるやかな村落共同体」の運営ができないか一緒に考えています。

ハオル:短期的には、ピッパと同年代の子どもたちが森で思う存分かけ回れるように、ささやかな「森の保育園」を作ろうと思っています。長期的には、森で味わえる満足感を他の人たちと分かち合えるプログラムを作ってみたい。「森の芸術学校」や「森の散歩」「森の癒し」といったプログラムを実施してみたいです。

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ハフポスト韓国版に掲載されたものを翻訳、要約しました。

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