「社会がゆとりを持って基礎科学を見守って」ノーベル賞の大隅良典さんは受賞会見で繰り返し訴えた

しかし「そういうことがなかなか難しい世の中になっている」。

2016年のノーベル医学生理学賞を受賞した東京工業大学栄誉教授の大隅良典さん(71)。

受賞決定直後の10月3日夜に、東京工業大学で記者会見した大隅さんが繰り返し語ったのは、短期的な成果に直結しない基礎科学を追究する科学的精神の重要さ、そして、それがなかなか許されなくなっている社会への憂いだった。

■「人がやっていないことをやる方が楽しい。サイエンスの本質」

オートファジー」という、細胞がたんぱく質を分解する作用は、大隅さん曰く「ゴミためだと思っていたところから」のスタートだった。

私は競争があまり好きではありませんで、人がよってたかってやっているより、人がやっていないことをやる方が楽しいんだと、ある意味でサイエンスの本質みたいなことだと思っております。誰が一番乗りかを競うより、誰もやっていないことを見つけた喜びが研究者を支えると常々思っています。

■「私は大変憂えている」

「少しでも社会がゆとりを持って基礎科学を見守ってくれる社会になってほしい」。会見で大隅さんはそう繰り返した。しかし「そういうことがなかなか難しい世の中になっている」「私は大変憂えている」とも語った。

サイエンスはどこに向かっているのか分からないが楽しいことなので、これをやったら必ずいい成果につながるというのが、サイエンスは実はとっても難しい。そういうことにチャレンジするのが科学的精神だろうと思っているので、少しでも社会がゆとりを持って基礎科学を見守ってくれる社会になってほしい。

何とかなるさという精神で、いろんなことにチャレンジしてくれる人たちが増えてくれることを強く望んでいる。ただ、そんな易しいことではないので、社会が支えるような環境を少しでも作れれば。

背景には、政府による学術研究予算の削減が続いていることがある。

東大、筑波大、早稲田大など日本の主要11大学でつくる「学術研究懇談会」は2016年7月、国公立大学の運営費交付金と私学助成の削減が10年以上続き、「成果目標が明示的である競争的な事業補助金への移行が強まっている」と指摘。その結果、「短期的成果を求めて出口指向を強める方向の研究に過度に傾きつつある」と警鐘を鳴らしている。

私は「役に立つ」という言葉がとっても社会をだめにしていると思っています。数年後に事業化できることと同義語になっていることに問題がある。本当に役に立つことは10年後、あるいは100年後かもしれない。社会が将来を見据えて、科学を一つの文化として認めてくれるような社会にならないかなあと強く願っています。

■「若者が基礎科学に専念できる環境を」

記者会見の途中、安倍晋三首相から電話で祝福されるノーベル医学生理学賞に選ばれた大隅良典東京工業大栄誉教授=3日夜、東京都目黒区

賞金の使い道を訪ねられた大隅さん。「この年になって豪邸に住みたいわけでも、外車に乗りたいわけでもない」と、若者が基礎科学に専念できる環境をシステムとしてつくりあげることに意欲を示した。

若い人たちのサポートができるシステムができないか。システムとしてできる(ようにしたい)。社会的にノーベル賞が意味があるとすると、そういうことが少しでもやりやすくなって、私が生きている間に一歩が踏み出せればいい。

分かったようで何も分かっていないことが、生命現象には特にたくさんある。えっ、なんで?ということを、とても大事にする子供たちが増えてくれたら、私は日本の将来の科学も安泰だと思う。そういうことがなかなか難しい世の中になっている。

2015年に引き続き、会見の途中に受賞者に電話をかけた安倍晋三首相や松野博一・文部科学相に、大隅さんのメッセージは届いただろうか。

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