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カシミールをめぐり印パが再び対立、パキスタンのシャリフ首相はテロ行為取り締まりを厳命

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インドとパキスタンが領有権を争うカシミール地方で緊張が再び高まっている。

カシミール地方では9月18日に、インド陸軍の基地が武装勢力に襲撃されて兵士19人が殺害された。インド軍は29日にパキスタン支配地域を攻撃し、パキスタン軍の兵士2人を殺害した。また、10月2日にはパンジャブ州パタンコートにあるインド軍の基地に武装勢力が襲撃して銃撃戦となり、インド側の民兵1人と武装勢力の兵士2人が死亡した。

パキスタンのナワーズ・シャリフ首相は3日にあった軍首脳との会合で、「治安機関がテロ行為の取り締まりに失敗すれば、パキスタンは世界で孤立する」と警告した

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パキスタンのナワーズ・シャリフ首相

パキスタンの英字紙ドーンが6日にこの新たな展開を報じた。シャリフ首相は「静まり返ってはいたものの、驚きに満ちた室内」で、軍首脳に「率直で入念に練り上げられた、前例のない警告」を与えたという。

ドーン紙は、パキスタンのパンジャーブ州シャバズ・シャリフ首相と、三軍統合情報局(ISI)長官であるリズワン・アクタル陸軍中将の間で交わされたやり取りを報じた。その内容は、シャバズ・シャリフ首相がアクタル長官に対し、政府当局が特定のグループに軍事行動をとった際に、治安機関が裏で彼らの釈放を働きかけたというものであった。

報道によると、「あっけにとられた聴衆はその様子を、室内の人間はあぜんとし、すぐに異例で前例のないやり取りに気づいたと説明した」という。

ナワーズ・シャリフ首相が議長を務めたトップレベル会合では、軍主導の情報機関は警察が武装勢力に対して何らかの行動をとった場合これに介入しないこと、2日のパタンコート襲撃事件調査の終結、そしてパキスタン軍司令部があるラーワルピンディーでの反テロ軍事法廷で、164人が殺害された2008年のムンバイ同時多発テロ事件関連の公判を再開させることが決まった。

カシミール州ウリにあるインド軍駐屯地をテロ攻撃され、19人の兵士が殺害された事件から約3週間経過したが、インドは国連でテロを支援したとしてパキスタン政府を厳しく非難し、かつてない規模で隣国パキスタンとの交渉を組織的に拒否している。その結果、イスラマバードで開催される予定だった南アジア地域協力連合(SAARC)サミットが延期された。

これまでのところ、パキスタンは19日の襲撃事件への関与を完全に否定する一方で、紛争が多発するカシミールの市民的自由を抑圧したとして、インドを非難してきた。9月29日にインドが停戦ライン一帯のテロ基地に対して局部攻撃を加えた後、パキスタン政府はインド政府が嘘をついているとし、インド軍がそのような作戦を実行したことを否定した。

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ウリのインド軍駐屯地で襲撃されて死亡した兵士たちの葬儀 (Photo by Rajesh Kumar/Hindustan Times via Getty Images)

カシミール地方でテロ行為が増加する中、インドはパキスタンに対し、テロリストがパキスタン領域を安全な隠れ場所として利用するのをやめさせるよう要請し、またムンバイ同時多発テロ事件の犯人を裁くよう求めている。インドは長年にわたり、カシミールでの戦闘を支援しないよう、パキスタンに要求している。

またインドは、6人の治安部隊が死亡したパタンコート空軍基地襲撃は、パキスタンを拠点とするテロ組織ジャイシュ・エ・ムハンマドが実行したものと考えている。

ドーン紙の報道によると、パキスタンのエーザーズ・チョードリー外務次官は3日に開催されたトップレベル会合で、文民および軍の指導者に対し、パキスタンは外交的な孤立に直面しており、政府の主張の影響力が薄れていると伝えたという。

チョードリー外務次官は「静まり返ってはいたものの、驚きに満ちた室内」に向かって、ハッカニ・ネットワークに対する行動が迅速に取られなければ、アメリカとの関係はさらに悪化すると伝え、中国も変化を求めているとした。また同外務次官はインドに言及し、パタンコート襲撃事件の調査を完了させ、過激派組織「ジャイシュ・エ・ムハンマド」に対しても目に見える行動をとる必要があることを強調した。

同紙によるとチョードリー外務次官は、中国政府が引き続きジャイシュ・エ・ムハンマドのリーダー、マスード・アズハールをテロリストに指定したいインドの意向を阻止するという意思は示したものの、その実効性については疑問を抱いていると説明した。

会合の参加者は、チョードリー外務次官による発表とアクタル氏に対するパンジャーブ州首相の発言には、パキスタンがさらに孤立するような事態は回避したいシャリフ首相が関与していると考えている。

■ カシミール紛争とは

カシミール地方は、インド北部からパキスタン北東部にかけての山岳地域。イギリス領時代は従属下で一定の支配権を認められる藩王国だった。住民の約5分の3がムスリム(イスラム教徒)だったが藩王がヒンドゥー教徒で、1947年8月のインド・パキスタンのイギリス領からの分離独立時に帰属が決まらず宙に浮いた。独立から2カ月後、イスラム教徒による暴動が発生。藩王はインドへの帰属を表明し、暴動の鎮圧にインド軍派兵を要請。ムスリム国家のパキスタンはこれを認めず、第1次印パ戦争が勃発した。

1949年に国連の調停で停戦ラインが設けられ、両国に中国を加えた3カ国が実効支配地域を分け合うことに。1965年9月の第二次印パ戦争を経て、1971年12月には第三次印パ戦争が発生し、カシミール地方は戦場になった。1999年には再び印パ間の衝突(カルギル紛争)も発生した。

インド側カシミールでは1989年以降、イスラム過激派がテロ活動を中心とする運動を展開し、2010年までに約5万人が犠牲になっているとされる。1990年代後半からは、「ラシュカル・エ・タイバ」(LeT)などの過激派が参加。LeTはパキスタンのCIAと称されるISI(三軍統合情報局)が背後で糸を引いているとも、タリバンやアルカイダと関係するともいわれ、2008年11月には、約170名が殺害されたムンバイ・テロ事件を起こすなどしている。

ハフポストインド版より翻訳・加筆しました。

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