ドゥテルテ大統領の残忍な麻薬撲滅戦争を世界に伝える、フィリピンの報道写真家たち

「フィリピン人にとって暗黒の歴史になるかもしれませんが、私たちはこの仕事を続けなければなりません」

【閲覧注意】この記事にはフィリピン国内で起きた殺人に関する刺激的な画像が含まれます。

2016年7月のある日、「フィリピン・デイリー・インクワイアラー」紙のカメラマン、ラフィー・レルマ(38)は夜勤に入ってわずか数分後に、マニラの路上で3人の遺体が発見されたと知らせを受けた。レルマは写真を撮るため外に出た。その後麻薬が押収され、数時間後に超法規的殺人があった。レルマにとってはこれが夜シフトに戻ってから初めての夜勤で、電話が鳴る頻度の多さにショックを受けたという。

武装した何者かに射殺された男性の遺体。2016年7月23日、マニラの路上。

レルマは15年前から報道カメラマンの仕事を始め、この10年はフィリピン・デイリー・インクワイアラー紙に勤めている。これまでのキャリアの中で、死者が出るような自然災害、複数の犯罪現場を見てきた。2007年からマニラで午後9時から午前5時までの同じ時間で勤務していたが、ここ数カ月は初めて仕事がきつくなったという。

「この1カ月だけで、1年で見るより多くの殺人を目にしました」と、レルマはハフポストUS版に語った。

レルマは、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が仕掛けた麻薬撲滅戦争が激化してきた7月の2週目に夜勤に戻った。ドゥテルテ氏が6月30日に就任して以来、警察と武装した自警団はフィリピン国内で少なくとも3600人を殺害している。当局によると、死者の多くは麻薬の売人や使用者と思われ、犯罪や覚せい剤の蔓延を防ぐために標的とされているという。

麻薬の売人と思われる遺体を調べる警察。遺体の顔はガムテープで巻かれ、「I’m a pusher(私は麻薬密売人です)」と書かれたプラカードが付けられていた。7月8日、マニラの路上。

フィリピンの報道カメラマンらは、急増する超法規的殺人を報道するため長時間働いている。マニラ首都圏で、彼らは毎晩警察本部の記者室に集まって情報を待ち、時にはまとまって現場に向かうこともある。彼らが撮影した写真は、ドゥテルテ氏の取り締まりで死者が出ている現実を世間に伝え、また増加する暴力行為を非難する人権団体にとっての証拠になっている。

路上に放置され、近くに「密売人」や「常用者」と書かれた即席の段ボール紙が置かれていることもある遺体の写真は、世界中で大きく報道されている。中には手足を縛られ、顔をテープで巻かれている犠牲者もいる。

フィリピン国内の刑務所はここ数カ月で数十万人が出頭したため、定員を大幅にオーバーしている。警察によると、彼らの大半は恐怖心から出頭しているという。自首した人の大半はすぐに釈放されるが、マニラ近郊ケソン市の刑務所で撮影された写真には、過密状態で床に並んで寝ている受刑者たちが映っている。アメリカの人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」によると、場所が足りないため、受刑者らは順番に睡眠を取らなければならないという。

7月19日、マニラ・ケソン市刑務所内のバスケットボール場で眠る受刑者たち。定員800人の施設は数千人の受刑者であふれ返っている。

ここに、レルマが撮った1枚の写真がある。この写真には超法規的殺人の恐ろしさが集約されている。7月23日に撮影されたその写真には、一人の女性が涙ながらに夫の遺体を抱きかかえる姿が映っている。マイケル・シアロンさんは、何者かにマニラの路上で撃たれた。シアロンさんを抱きかかえているのは、妻のジェニリン・オライレスさんだ。

レルマと一緒に現場にいたフランスの通信社AFPのカメラマン、ノエル・セリスによると、警察の立ち入り禁止テープのまわりに人々が集まってきたとき、オライレスさんは取り乱し、助けを求めて叫んでいたという。シアロンさんの遺体の横には「麻薬密売人」と書かれた札が残されていたが、オライレスさんは、夫はただの三輪タクシーの運転手で、ドゥテルテ氏に投票までしていたと語っている。

シアロンさんはその夜マニラで殺害された少なくとも6人のうちの1人だった。

レルマの写真はフィリピン・デイリー・インクワイアラー紙の一面に掲載され、すぐに地元メディアの間で「ピエタ」と呼ばれた。「ピエタ」はミケランジェロの彫刻作品。処刑後に十字架から降ろされたキリストを抱く聖母マリアの姿がモチーフになっている。オライレスさんが夫の遺体を抱く姿は、まさに「ピエタ」だった。ただ、初の施政方針演説の中でドゥテルテ大統領は、この写真を「メロドラマ」だと切り捨てた。

民間調査会社「パルス・アジア」が7月下旬に実施した世論調査では、大統領の支持率は91%で、少なくともその時点では多くのフィリピン人が彼の厳しい政策を支持していることがわかった。ドゥテルテ氏は、8月下旬の殺害に関してフィリピンの上院から調査を受けるなど、ここ数週間で政治家やメディアからの厳しく追及されることが増えたが、これに対し大統領は自身の麻薬撲滅戦争を擁護し、批判を激しく非難した。

大統領選挙期間中にドゥテルテ氏は「この5年間で犯罪件数が2倍になったフィリピンに秩序をもたらす」と有権者らに訴えた。国連が2012年に実施した調査によると、フィリピンは東アジアで最も覚せい剤使用者が多かった。

フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は自身の麻薬撲滅戦争を擁護している。

ドゥテルテ氏はここ30年間の大部分にわたってダバオ市長を務めた。犯罪を厳しく取り締まったことから「パニッシャー(私刑執行人)」とも呼ばれていた。また犯罪者を排除するために死の部隊と呼ばれる自警団を組織したことで、人権団体の標的になることも多くなった。

ドゥテルテ氏がダバオ時代からやっていた権力行使による政策は、今フィリピン全土に適用され、警察や自警団による殺人が爆発的に増加している。

マニラ首都圏で活動するレルマら報道写真家にとって、殺人を記録するために現場に急行する夜はとても疲れるし、きついものだという。フリーランスの中には週7日働いて殺人を報じている人もいる。

レルマは「知らせを受けた殺害現場すべてに向かうことはできない」と語った。あまりにも件数が多く、広範囲にわたっているためだ。しかし毎晩フィリピンで実際に起きていることを人々に見せることは大切だと考えている。

「私たちは自分の仕事をし、記録しなければなりません」と、レルマは語った。「これは歴史の一部です。フィリピン人にとって暗黒の歴史になるかもしれませんが、私たちはこの仕事を続けなければなりません」

ハフポストUS版より翻訳・加筆しました。

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