「部下はきっと仕事ができないと思っていた」イクボスグランプリ鷲田淳一さんが語る上司の本音

昔の自分は多分「イクボス」について考えたこともなかったし、自分がいい上司とも全然思っていませんでした。

長時間労働の是正、女性活躍推進、そして男性の育児参加など、働き方を見直す動きがどんどん進んでいる。鷲田淳一さん(46)は、その動きを後押しする一人だ。1993年にP&Gジャパン株式会社に入社、現在は経営管理本部のアソシエイトディレクターとして部長級の仕事を担っている。

性別や年齢、育児や介護の有無などにかかわらず、全ての部下が活躍できる環境を整え、同時に自身も毎日、息子を幼稚園に迎えに行き、定時退社して子育てと家事を行っている。その働き方が認められ、厚生労働省主催「イクボスアワード2016」グランプリに輝いた。長年マネージャー職につき、世界各国で働いた経験のある鷲田さんは、最初から「イクボス」として多様な部下を受け入れていたのか。部下に対するケアは負担にならないのか。上司としての「本音」を聞いた。

--

イクボスとは、正反対の上司だった

——鷲田さんは、1997年あたりから今に至るまで約19年間も、マネージャーのポジションにいらっしゃいますが、最初から「イクボス」だったのでしょうか。

全く逆でした。日本でいうならば「仕事人間」です。

昔、日本で内部監査の仕事をしていた時に、フィリピン人の部下に「あなたはセブンイレブンですね」と言われたことがあります。朝の7時から夜の11時、土日も出社して長時間働いていた自分を指して言いました。その当時は、とにかく仕事が面白かったし、成功したいと燃えていたので、休む暇がありませんでした。むしろ好きでやっていた感じです。

仕事は嫌々ではなくて、本当に楽しかったし、結果も出せたし、昇進もしたし、どんどん没頭していきました。

——定時退社をされている今とは全くの別人のようですね。「イクボス」の鷲田さんに変わられたのは何かきっかけがあったのですか?

海外経験なども含めてきっかけはたくさんありましたが、その一つが子どもを授かったことです。子育ては本当に大変です。まず、時間がありません。そうすると、否が応でも時間を作らないといけなくなり、自分自身の働き方を考えるすごくいい機会になりました。そこで部下に対する考え方を変えなくてはいけないと思い始めました。

——「仕事人間」だった時の鷲田さんは、部下に対してどう思っていましたか。

部下は多分(仕事が)できないだろうなと決め込んでいました。できないから、私がやったほうが速い。そうすると、仕事を抱え込み、部下には与えなくなります。当たり前ですが、私の残業時間は増えるばかりで、まさに「セブンイレブン」だったわけです。

しかし、そういうやり方をすると、仕事の幅は絶対広がらないことに気づきました。残業して土日働いてようやく完成させている仕事以上のものは出来上がりません。

部下の仕事は自分に返ってくる

——現在は、2週間に1回部下との個人面談を1時間ずつ実施されています。定時退社を実践されながらの面談は負担になりませんか。

正直、負担ではないです。これは、部下に時間を使うのが一番重要だ、という発想に至ったからです。部下がいい仕事をすると、自分に返ってくるんです。

この人たちに能力があると最初から思えば、仕事をしやすい環境を作ってあげればいいじゃないかと思うようになります。そうすると仕事を全て自分でやらなくていいので、昔の自分の環境と比べると本当に楽になります。つまり、この人たちをモチベートして、助け舟を出してやれば、自分に返ってくるという発想になりました。

——部下に対する考え方が変わったから、負担ではなくなったんですね。

客観的にみれば、部下って、実は(仕事が)できるんです。だからこそ、時間をかけないといけなかったのです。

その活用の仕方を、多分私が間違っていたんだろうなということにだんだん気づいて、「この人たち本当に優秀だな」と思う瞬間がすごく増えたんだと思います。そのように意識すると、やっぱり彼らはいい仕事をしてくるし、ちょっと自分自身が思いつかなかったことを考えてくる。

そしてうまくガイドすれば、さらにプラスで返ってくるのではないかと思うようになりました。同時に自分も、子どもができたので子育てをしたかった。そうなったときにもっと部下を活用しようと、仕事をどんどん投げだしました。みんなは投げ出したらやってくるんです。そういう意味では、上司であることがますます面白くなりました。「イクボス」になるきっかけを見つけたからです。

部下の相談は、なるべく否定しない

——鷲田さんの海外経験や、外国籍の部下を持っていらっしゃった経験による気づきの「きっかけ」は多かったと思います。しかし、多くの方は同じような経験をしていません。

自分の部下を見て、自分との違いに気づくことをきっかけにしていくといいと思います。部下に話を聞いてあなたはどう思う?って聞いたら、全然違った提案をしてくるかもしれません。そんなときにやっぱり自分たちは古い世代で凝り固まってはいけないな、と感じます。そういうところに気づきがあると思います。5年前、10年前とかと比べると、全然社員の考え方も違います。若い人たちの考えももっと多様ですし、私たちが想像の域を超えるぐらいの能力を持っている人もいます。色々なところで、ちょっと柔軟に、オープンになると自然とみえてくるのです。

——部下が心を開いて率直な意見を言うために、工夫されていることはありますか。

マネージャーなので、やりなさい、こうしなさい、と言うときももちろんありますが、全てが全てそうでもないです。働き方に関しても、何か相談されたら、相手を尊重することがほとんどです。

なぜならば、彼らがマネージャーに相談してくるときは、しっかりと考えた上で持ってきていることが多いからです。それに対して私は、部下はそんなに間違っていないという前提で、ほとんどイエスって言っているような気がします。もちろんそれが間違っていたら指摘します。しかし、人はイエスというふうに受容されると、より積極的に物事に取り組みます。逆にノーって言われるから、失望してやる気をなくします。もちろんそれが非常に重要なことだったらアドバイスしますが、それ以外はだいぶ受容するようになったのかなと思います。

結局、多様性の何がいいのか?

——子育てを通して自分の働き方を変えなくてはいけないと思ったことが、部下の働き方を見直すことにつながり、組織全体としてもいい方向に変わっていったわけですね。

昔の自分は多分「イクボス」について考えたこともなかったし、自分がいい上司とも全然思っていませんでした。今更ながら思うことは、海外での経験など積み重なった基礎はあったんだろうなということ。だから、考えが少し柔軟になってきたんだと思うんです。

いろんな働き方を見て、どんどん違いを受け入れていきました。今の社会を見ると、一つの凝り固まった働き方が優先されます。それが柔軟になるきっかけを与えてやらないといけないと思います。こういう働き方もある、こういう考えもある、そういうきっかけを与えることが今後とても重要です。

——ダイバーシティは、私たちにどのような影響を与えるのでしょうか。

よくダイバーシティの話をすると、多様性の何がいいんだ?と聞かれます。しかし、明らかに異質な考えがあるほうが新しい感覚が生まれますし、自分自身ですら、部下の新しい考えではっと気づくことがあります。逆に、画一的な考えだと新しいことは絶対に生まれません。それは強く最近思っています。

この日本の社会に必要なのは、いろんな考え方を受け入れる土台みたいなものを作って、きっかけを与えていくことです。イクボスとかイクメンとか、言葉自体は一人歩きしますが、そういうのがきっかけで社会全体がどんどん変わっていくのではないかと思います。

…………

鷲田さんは、12月18日(日)に東京・御茶ノ水で開かれるハフィントンポストのイベント「Work and Life これからのダイバーシティ――子育て・介護・働きかた」で、「私の人生にも、ダイバーシティは必要なの?――子育てから介護まで、これからの働きかたを考えよう」のテーマにしたセッションに登壇する。

注目記事