「慈善ではなく、おいしいから」 障害者のワイナリー「ココ・ファーム」収穫祭を訪ねて

単純な作業に、喜びを持って取り組んでいる。

【ジャーナリスト・なかのかおり氏のレポート】

栃木県足利市にある「ココ・ファーム・ワイナリー」で毎年11月、2日間の「収穫祭」が開かれている。晩秋にブドウ畑で新酒を楽しむイベントで、全国から1万数千人が集まるという。私は栃木の友人にココのワインを贈られたことがあり、障害のある人たちが丁寧に造っていると聞いた。どんなところか気になって、収穫祭に参加してみた。

収穫祭は今年で33回目。11月19日・20日のうち、初日に行くことに。最寄りの足利市駅までは、東京・北千住駅から特急で約1時間。新宿に発着するバスツアーも人気というが、4歳の娘を連れていくので調整がきく電車にした。足利市駅からは臨時バスが出ていて、ワイナリーまで500円。お昼頃についた。坂道を登っていくと、山の斜面にブドウ畑が見える。

受付に到着。臨時バス乗り場で買っておいた3000円の「収穫祭チケット」を渡し、ワイングラスやフォークが入ったミニバッグと引き換えて首から下げる。さらに、ワインが選べる。「できたてワイン」のカラフェか、赤か白のボトルワイン。ピンク色のできたてワインを受け取る。酵母が生きていて、味が変わっていくため、収穫祭でしか飲めないという。お酒が飲めない人や未成年向けに、ブドウジュースも用意されていた。

収穫祭でしか飲めない「できたてワイン」 なかのかおり撮影

■ つくり手の障害者も出迎え・ワイナリー取締役はバイオリニスト

ところどころで、鮮やかな色の服を着て、天使の羽を背負った人たちに出会った。ワイナリーに隣接する知的障害者の施設「こころみ学園」の園生で、ふだんはブドウを栽培し、ワインを造っているそうだ。

午前中に降っていた雨は上がっている。ブドウ畑の斜面は、シートを敷いてワインを楽しむ人たちでいっぱい。ベーコンやチーズ、パン、ドイツ料理などの出店も並び、にぎわっている。私たちはブドウ畑の端っこに、持参のシートを敷いた。

そして、軽やかな音楽が流れていた。ブドウ畑の向かいにあるカフェのテラスで、5組のアーチストが演奏。バイオリニスト・古澤巌さんも登場し、曇り空の収穫祭を盛り上げた。縁があって、古澤さんはワイナリーの取締役を引き受けている。「初めてワイナリーに行ったのが、文化庁の給費留学から帰国した85年。日本にもこんな場所があるんだと思いました。ワイナリーにちなみ、葉加瀬太郎とバンド『ヴィンヤード・シアター』を立ち上げ。私がワイナリーのテラスにバイオリンを弾きに行くと、(ブドウと共に栽培している)シイタケの原木を担ぎながら、園生たちが踊る。今も、あの頃も、ワイナリーは天国です」

ブドウ畑に向かって演奏する古澤巌さん

■ 「社会貢献や慈善ではなく、おいしいから」

ご機嫌な会場の人たちにつられて、私もできたてワインを一口いただく。ジュースみたいで、軽く飲みやすい。愛知県に住む薬剤師の女性(31)は、「このできたてワインを飲んでみたくて、夫と来ました」と話す。さらに赤と白も、会場で買って飲んでみたそう。

ブドウ畑でシートを広げる女性3人組にも話を聞いた。都内でネイルサロンを経営する女性(36)は、「障害のある人が造っていることは知っています。でも、社会貢献や慈善のために来ているわけではありません。ココのワインは沖縄サミットで出されるぐらいで、本当においしいから」ときっぱり。

この女性は8年前、ワイン通の知人に連れられて収穫祭に参加。今回は3回目で、2人の友人を誘った。「晴れていたら、もっとお客さんが多いですよ。今日は雨の後でちょうどいいぐらい」と教えてくれた。会場でスパイシーチキン、ピザ、ジャーマンポテト、ソーセージを買って、できたてワインを楽しんだところ。開場している3時まで過ごし、お土産を買って帰るという。3人は、「来年からも毎年、来ようね」と約束していた。

お客さんでにぎわうブドウ畑

県内外から、出店もたくさん

会場で安全に気を配っている様子もうかがえた。時折、ワイナリーの関係者がマイクを握り、雨上がりのブドウ畑は足元が滑るため注意を呼びかけていた。収穫祭を続けるのに、お酒のトラブルは避けたいもの。バスで配っていた会報には「飲みすぎに注意して」と書かれ、受付で受け取るワインにはミネラルウォーターがついていた。トイレは仮設を増やし、ふだんの倍以上に。

家族連れも多く、子ども向けに綿あめや風船が売られていた。4歳の娘は、ソーセージをほおばり、綿あめをかじった。乾杯する年配のグループに声をかけられたり、トイレ待ちの列でお姉さんにかわいがられたり。帰りは、天使の高齢者やワインボトルの恰好をしたスタッフと手を振りあい、子どもにも温かい空気だった。

ワインボトルさんに見送られて

■ 障害者が丁寧に造る健康なブドウ・体動かす作業で心身が元気に

後日、ワイナリー専務取締役の池上知恵子さんに、成り立ちについて聞いた。1950年代、地元の公立中で障害のある生徒を受け持っていた教師・川田昇さんが、教え子たちと山の斜面を開墾してブドウ栽培を始めた。川田さんは、池上さんの父だ。それから、知的障害者の施設「こころみ学園」ができた。保護者の出資でワイナリーを作り、許可を得て醸造を始めたのが84年。現在、18歳から94歳まで150人ほどの園生がいる。多くが施設で生活し、亡くなった園生が眠るお墓もある。

おいしさの一つの理由が、除草剤を使わず、障害者が手作業で育てる「健康な」ブドウ。ブドウを狙う鳥をよけるため、缶を鳴らす。草刈りや、かさかけ。単純な作業に、喜びを持って取り組んでいる。池上さんは、「こころみ学園の園生がどうやって楽しく過ごせるか考えて始めたこと。障害があるからとあてにされなかったら、何もできなくなってしまう。ココには、やってもやってもやりきれない仕事があります」と話す。

体を動かして作業すれば、おなかがすいて食事がおいしく、よく眠れる。働く喜びがあり、心身にいい生活だ。ワイナリーは、こころみ学園からブドウを購入し、醸造場での作業を学園に業務委託する形という。園生の生活を支える職員、ワイナリーやカフェのスタッフなど、いろいろな人が一緒に働いている。

自家畑のブドウだけでなく、県内外の栽培農家と契約し、その土地に適した種類のブドウが集まる。海外からはワインの専門家を招き、味を磨いてきた。航空会社の機内サービス(国際線)、沖縄や洞爺湖サミットでもココのワインが採用されている。「海外の伝統ある産地のワイナリーは、数百年の歴史がある。私たちはまだ首が座った程度。ワインは自然が作るものだから、人はお手伝いするだけ。目の前のことにおろおろしながら、続けてきました」と池上さん。

■ 地域の活性化に一役・ワインのネーミングにも物語

収穫祭は、地元への経済効果も大きい。1日目は雨の影響で少なめだったものの、2日間で1万4000人が参加。近辺の宿泊所もいっぱいになったそうだ。タクシーもひっきりなしに会場に呼ばれていた。地元のボランティアスタッフや大学生も参加し、収穫祭を支えた。

自らも勉強会や懇親会をココのカフェで開いているという和泉聡・足利市長は、ワイナリーの磁力に驚く。「何よりワインのレベルが高い。そして障害者の力が生かされる物語も一役かっている。あと、ワインのネーミングがいいですね」

ラインナップを見ると、「あわここ」「月を待つ」「陽はまた昇る」など、印象的な名前が並ぶ。それぞれに由来があり、デザートワインの「マタヤローネ」という名前は、びん詰め作業が終わった夕方、「またやろうね」という園生の一言から生まれたそうだ。

にぎやかな収穫祭は年に一度。でも、ココでは四季を通して、様々な仕事が進められている。それぞれの立場で、こつこつと働く人たちに、また会いに行きたい。

なかのかおり ジャーナリスト Twitter @kaoritanuki

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