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ヒラリー芸人・石井てる美の人生を変えた外資系企業での挫折 「今のピンチこそチャンス」

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ヒラリー・クリントン氏に扮する石井てる美さん(11月8日、ニューヨーク)

2016年11月、アメリカ初の女性大統領を目指したヒラリー・クリントン氏だったが、「ガラスの天井」をうち破ることはついに叶わなかった。そんなクリントン氏を誰よりも応援していた日本人がいる。「ヒラリー芸人」として活躍する石井てる美さんだ。

ブロンドのかつらに真紅の口紅、紺のスーツに身を包み、カッと目を見開きながら大口を開けて笑う様子はクリントン氏そのもの。そんな石井さんだが、東大大学院修了後に外資系コンサルティング企業「マッキンゼー・アンド・カンパニー」を経て、お笑い芸人に転じたという異色の経歴を持つ。エリート街道を邁進していた石井さんがなぜ芸人になったのか。その裏には「こんなにつらいなら、いっそ死んだほうが楽なのに…」と思いつめた、マッキンゼー時代の過酷な経験があった。

■「勉強して、良い大学に行って、良い会社に入る。それが良い人生だと思っていた」

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石井てる美さん

中学・高校を名門女子校の白百合学園で過ごした後、東京大学へ進学した石井さん。この頃はまだ「芸人になろう」という考えはなかったという。

「子どものころって、よく男の子は『野球選手になる』とか言ったりしますよね。それと同じように、芸人への憧れを口にしたことはありました。でも、現実に職業として意識したことはなかった。高校の学園祭で実行委員長を務め、自分が司会をしたりパフォーマンスをすることで友達が喜んでくれるのが心底嬉しかった。でも、それを仕事にするっていう発想はなかった。友達いわく、私は『ワハハ本舗に入るんだ!』と言っていたらしい(笑)。でも私自身は勉強して、良い大学に行って、良い会社に入る…それが現実的な良い人生だと思ってました」

そして実際、「良い会社」に入ることになった。大学院を経た石井さんは2008年にマッキンゼーに入社する。就活ランキングで上位にランクインする人気企業だ。ただ、入社時のことをこう振り返る。

「確かに、世間で言う『良い会社』ではありました。でも、私自身にとって『良い会社』かどうか、今思えば心にちゃんと問うていなかった。マッキンゼーは記念受験だったんですが、まさかの内定。東大でもマッキンゼーは別格扱いでしたからね。『受かったら行かないわけないよね』というわけで、入社することにしました」

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成長するものだけが生き残れる実力主義、それが外資系コンサル「マッキンゼー」の世界だった。新入社員とて甘えは許されず、常に結果が求められる。石井さんもがむしゃらに働いた。マッキンゼーには「UP or Out」というルールがある。すなわち「昇進するか、さもなくば去れ」。時には朝方まで働くこともあったという。一見するとブラック企業ではないかと思ってしまうが…石井さんは微笑みながらこう答える。

「最初に関わったプロジェクトは航空会社のコンサルでした。大きなプロジェクトで、深夜や朝まで働いてたこともありました。でも人間って、楽しいことで長時間起きていても苦にならない。クライアントの方にも喜んでもらって、自分がやっている仕事の内容も理解できていたので、すごく楽しかった」

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順調なスタートを切ったかのような見えた石井さんのキャリア。だが、次第に歯車が狂い始めていった。仕事が難しくてついて行けない。それでも結果を出さないといけない。いつも評価されている。そうするとミスに脅えて萎縮しどんどん負のスパイラルに陥っていく。だんだんと心の限界が近づいてきた。

「その時、最もよくなかったのは、『つらい』『できない』ってことを自分から言い出せなかったこと。この時期はリーマンショックの後で、社内では人が余っている状態だった。新しいプロジェクトに入れたからには『しがみつかなきゃ。逃げちゃいけない』と思いつめていました。でも、それが自分の首を絞めていったんです。今思えば『バカじゃないの?』って思えるんですが、当時は目の前しか見えていなかった」

平日の日中は緊張で食べ物が通らない。毎朝、駅で1本のSOY JOYを食べるだけ。一方で、週末はストレスから暴食に。そんな生活を繰り返すうちに、出勤の道すがらこんなことを考えるようになったという。

「車が轢いてくれたらいいのに」

当時を思い出しながら、石井さんは語る。

「本気で『死んだほうが楽だな』って思っていました。今なら『会社なんてパッとやめちゃえ!楽しく生きる方法はいくらでもある』ってわかるんですが、追い詰められているとそうは思えない。自分はそれなりに頑張って、大学にも行って、良い会社に入ることができた。今までは頑張ればどうにかなった人生だった。挫折するとかレールを降りるとか、家族や友達、誰より自分から自分への期待を壊すことは考えられなかった。『それなら死んだほうがマシ』という思考の奴隷になっていました」

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そんな石井さんが、「死んだほうがマシ」という思考の奴隷から抜け出す転機がやってきた。

「この頃、他の会社で働く大学の同期も精神的に追い込まれて仕事を病欠するようになっていました。なんで辞めないのか聞いたら『経歴の見栄えが悪いから、とりあえず2年は働いたことにするため病欠でつなぐ』って。自分も似たような状況だったので、その子の気持ちはよくわかりました。でもこの時ようやく、自分自身が人生の主役になっていないことに気づいたんです。結局はマッキンゼーという権威になびいて、それに振り回され、挙げ句の果てには精神を病んで…。『自分の人生なんだから、好きなように、好きなことをやればいいんじゃん』って、やっと気づきました」

「会社に行くのが嫌になって、死にたくなってしまうこともあるかと思います。でも、どうせいつか死ぬんだったら、最後にやりたいことをやってからにしようと。当時の私には、そういうことを言ってくれる人はいませんでした。周りは『辞めて良いんだよ』とは言わず、やっぱり『頑張れ』って言いますよね。その人が本当にどれだけ追い詰められてるか、周りにはわからないですから」

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「2009年の5月、そんなことを考えながら夜中に一人ベッドの上で泣きわめいて、『どうせ死ぬんだったら、命拾いしたと思って芸人になろう』って決めました。養成所(ワタナベコメディスクール)の試験が秋にあることを知り、『ここだ!』と思って。先に仕事をやめると決めてから試験を受け、合格しました。そこから私の芸人人生が始まりました。

■ヒラリーものまね、背中を押したのは「バブル芸人」平野ノラだった

アメリカ大統領選の前後、テレビではちらほらと「ヒラリー」に扮した石井さんを見かけるようになったが、このネタは大統領選に合わせてやり始めたものではなかった。始めたのは2年前、何気なくテレビを見ていたときだった。

「家でテレビを見ていたらビル・クリントンとヒラリー・クリントンが演説しているニュースが流れてきた。その時、画面のヒラリーと目が合って『私、これできる!』と思ったんです」

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当初の「ヒラリー」ものまね。カツラは既製品、スーツは母親から借りたという


しかし、よりによってなぜヒラリー・クリントン氏なのか、背中を押してくれたのは、今をときめく「バブル芸人」平野ノラだった。

「政治家のネタって、どうしても真面目っぽさがネタに出てしまうけど、『あの顔』だったらむしろ馬鹿馬鹿しさが伝わりますよね。最初は全然似てなかった(笑)。でも、月1回ある事務所のお笑いライブで試してみたら、仲の良い平野ノラが『いいじゃん、いいじゃん!ヒラリーいいよ!』って言ってくれた」

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「あの顔」をマネする石井さん


だが、石井さんに「バブル」が来たわけではなかった。大統領選が近づき、2016年7月ごろから徐々にテレビに出る機会も増えたが「『もしテレビに出られるとしたら、そろそろのはずなのに…』という時期は、私の中ではとっくに過ぎていました。『似てないからダメなのかな…』ぐらいに考えていましたね。仕事のピークはなかったんです(笑)」

そんな石井さん、大統領選当日の11月8日はどう過ごしていたのだろうか。さぞかし引っ張りだこだろうと思いきや、返ってきたのは意外な答えだった。

「大統領選の日は仕事が入ると思ってたんです。『当日は情報番組に呼んでもらえたりするのかな?』なんて甘いことを考えていました。でも、当初仕事はゼロでした」

それならばと石井さん、自腹でニューヨークへ飛び、クリントン氏を応援しようと決意する。その直後だった。「行くんだったら向こうから中継してくれませんか」と仕事のオファーが入った。「やっぱり芸人は受け身じゃいけないな」と痛感したという。

ニューヨーク中心部でヒラリーに扮していたら周りの人たちから写真を撮られ、海外のニュース番組の取材も受けた。2016年11月8日、石井ヒラリーは世界に羽ばたいた。



■「ヒラリーが落ちた今こそチャンス…そう思わないとやってられないですよね」

現地まで応援にも行ったが、クリントン氏は大統領選に敗北。ガラスの天井を破ることはできなかった。模写対象が世に出る機会が減ることは、ものまね芸人として死活問題ではないのだろうか。

石井さんも選挙直後は「もうこのネタできないんだ…」と寂寥感に襲われたという。だが選挙翌日、クリントン氏が語った敗北スピーチが石井さんの心を揺さぶった。

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特に若い方たちに聞いて欲しいことがあります。私は、私が信じるもののため、生涯をかけて戦ってきました。成功することもあれば、挫折を味わうこともありました。時にはつらい目にあったこともありました。

みなさんの多くは専門職や公務員、政治のキャリアをこれから積み始めることだと思います。成功することもあれば挫折することもあるでしょう。確かに、今回の敗北はつらいことです。しかしどうか、正しいと思うことのために戦うのは、価値あることなのだと信じ続けてほしいのです。
――ヒラリー・クリントン

「こう話すヒラリーを見て、こみ上げるものがありました。私が慰められてしまったんです(笑)。人前で3分間ネタをやるだけでも疲れることを知っている身としては、あの年齢で毎日のようにパワフルに演説して…。それを2年間もやってたわけですよ。それでも落選した彼女のショックを思えば、私も『ネタができなくなるかもとか言ってられない』って」

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「今回だって、ただ宝くじにハズれたようなもの。そもそもヒラリーネタで稼いでいたわけではないので何かを失ったわけでもないし、ヒラリーのネタができなくなるわけでもない。むしろ大統領選に落ちてからのほうが仕事増えました(笑)。ヒラリーが落ちた今のこのピンチこそチャンス…そう思わないとやってられないですよね。敗戦を踏まえた漫談とかのヒラリーネタは続けつつ、また新しいネタもどんどん作っていこうと思っています。『このネタができたの、ヒラリーが落ちたおかげなんです』って言えるようになりたいです」

もしクリントン氏にメッセージを伝えられるとしたら、どんなことを伝えたいか。石井さんはしばらく考えた後、ゆっくりとした口調でこう語った。

「まずはWe still love you.と伝えたい。そしてとにかくヒラリーに会って、『日本ではあなたの"この顔"が有名なんです』『私は"この顔"のモノマネをしてました。ぜひ一緒にやってください』って言いたい。これはずっと夢に見てるんです」

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石井さんはクリントン氏と「この顔」で共演する日が来ることをこれからも信じ続ける。

石井てる美(いしい・てるみ)1983年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、同大学院修了。2008年、経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン入社。お笑い芸人になることを志し、2009年夏に退社。同年10月、芸能事務所ワタナベエンターテインメントのお笑い芸人養成所ワタナベコメディスクールに11期生として入学。現在、ワタナベエンターテインメント所属のお笑い芸人として活動中。TOEIC990(満点)、英検1級。2013年に著書『私がマッキンゼーを辞めた理由 ―自分の人生を切り拓く決断力―』を発売。

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