外国人の家事代行サービスは「ガラスの天井」を破るか 女性社長がめざす「働き方革命」

日本の女性たちの家事負担が軽減されもっと自由に働ける時代が来るのだろうか。

2016年4月に施行された「女性活躍推進法」によって、企業は働き方改革を迫られている。では、多くの女性が頭を悩ませるもう一つの仕事、家事・育児の改革はどれだけ進んでいるだろうか。

なかなか進まない待機児童解消をよそに、別の形で家事革命の突破口となるかもしれないのが、2017年に本格的に動き出す外国人による家事サービスだ。

国家戦略特区の制度により、神奈川県などでは出入国管理法の特例として条件付きで家事を担う外国人へのビザ発給が解禁され、2017年早々にもフィリピン人女性たちが来日する。

欧米の一部の家庭や香港・シンガポールの一般家庭のように、日本の女性たちの家事負担が軽減されもっと自由に働ける時代が来るのだろうか。

神奈川県の認定事業者の1つ「ポピンズ」の中村紀子社長は「必ず実現したい」と決意を語る。

■特区で始まる、外国人家事労働者の受け入れ

現在、国家戦略特区として指定を受けているのは、神奈川県と大阪市。さらに東京都の小池百合子知事も前向きに検討すると表明している。先行する神奈川県では、認定を受けた5社が現在受け入れ準備を進めている。その1社が、ベビーシッター(ナニー)サービスを30年以上手がけている、ポピンズだ。

ポピンズが採用した、フィリピン人女性はすべて大学卒以上、フィリピンの看護師資格を持つ5人。現在、フィリピン国内で、特区制度で定められた200時間の日本語や家事技術などのトレーニングを受けている。2017年1月中にも来日し、さらに日本で約1カ月間の研修を受けて、家事サービスの業務を始めるという。中村さんは、事業が軌道に乗れば、2017年にはさらに100人ほど採用したい考えだという。

フィリピン国内で行われた採用面接

■ベビーシッターで女性管理職を増やす

「女性活躍推進法」が掲げる女性管理職増加は、中村さんがポピンズのベビーシッター事業で創業当時から目指してきたことだ。

中村さんは今から約30年前、仕事でアメリカを訪問し、女性管理職の団体を訪ねる機会を得た。団体の会長は「女性にはガラスの天井がある。そこで孤軍奮闘している女性たちが集まって悩みを共有し、解決していく」と話してくれた。その言葉に、自分の進む道が見えたという。

「これは日本でも必要だ」と思ったんです。ちょうど、男女雇用機会均等法が制定された1985年、日本で初めての女性管理職の団体、JAFE(日本女性エグゼクティブ協会)を設立しました。最初は企業や国家公務員の女性など50人に声をかけて、「勉強会で後輩の働く女性たちを育てて欲しい」とお願いしたんです。

中村紀子社長

1986年には会員が300人になっていた。多くが大企業の課長レベルの女性だった。その年、大学教授の依頼で会員を対象に行った調査で、中村さんはあることに気づいた。会員のうち、65%が独身、35%しか既婚者がいなかった。さらに、子供がいるのは、そのうちのわずか10%で、その人々も多くは実家で暮らし、家事をほとんどしていなかった。なお、現在もその傾向は変わっていない

つまり、男性と同じ働き方をした人じゃないと、女性管理職にはなれないの。これじゃあ女性管理職は増えないな、と思いました。なんか、女性が惨めだなと思って。それで、ベビーシッターのプロを育成して、必要なご家庭に送るサービスを始めようと思いました。それは、社会の求めるものとイコールになると思って。

ベビーシッターで女性を支援しようとの発想が生まれた背景にはもう一つ、アナウンサーとして働いていた中村さんの過去の挫折経験が深く関わっている。

大学卒業後、テレビ朝日のアナウンサーになりまして。4年目に子供ができたんです。3人の同期のうち私が一番早くテレビ朝日を辞めました。自分では子育てをしばらくするつもりだったんですが、家に入った途端ものすごく、疎外感というか、社会から自分が抹殺されてしまったような感じにになって、家事・育児・洗濯・掃除だけではちょっと辛いと思い始めたんです。それで結局、誰にストレスを向けるかっていうと夫。家に帰ってくるとこうワーッとやるわけですよね。私は大好きだったアナウンサーの仕事を辞めてまで子育てをしてるのにって。仕事をしていたから、夫婦のいい関係があったんですよ。

その後、フリーランスとしてオファーをいただいたこともありますが、実は働かざるを得ない事情がありました。というのは、娘が2歳くらいの時でした。夫が会社を経営してたんですけど、倒産しちゃいまして。それで結局住むマンションも、車も持ってかれて、まぁお金がない。両親から大反対されて結婚したものですから、泣きつくこともできない。そんなことで、週に1回くらいからもう一度仕事を始めました。それからやっぱりこの子を託して外で働こうと思った時に、プロのベビーシッターというのが当時はいなくて、ガックリきてしまっていたんです。

そして中村さんは1987年に前身となる会社を創業。その後、ポピンズに名を変えて現在、東京など大都市圏で2500人の日本人ベビーシッターによるサービスを提供している。加えて、特区制度を利用したサービスを始めるのは、ニーズが確実にあるとみるからだ。都内などで保育所も経営する同社は、他と同様に保育士の人手不足に直面している。ベビーシッター事業にも人材供給が追いつかないほどのニーズがあり、同様に家事サービスを求める人々の声も多いからだという。

今の男性の働き方はどうですか?長時間残業当たり前、終わったら飲み会をして、土日はゴルフして、生活の中心が、全部会社と仕事ですよね。しかも都会では遠距離通勤、死んだように家に帰って、翌朝ヘロヘロになって出勤する。

総務省の調査で、共働き家庭の1日の家事関連時間は夫が42分、妻が3時間35分ということがわかっている。(平成23年社会生活基本調査/総務省統計局

このまま家事負担が大きい中で、女性が男性と同じように仕事をすることを会社で求められたら、妻は死んじゃいますよ。夫の家事の参画を求めるのもいいけれど、男性の働き方改革もまだまだですよね。だから、やっぱり家事・育児・介護の外注化を進めていくのは自然な流れ。そのために、選択肢を増やしていく必要があると思いました。

■心のバリア

しかし、問題になったのは「心のバリア」だった。同社がベビーシッター事業を立ち上げた30年前、今よりもっと周囲の目を気にする人々が多かったという。

立ち上げ当時は、地域によっては「裏口から入ってください」って言われた家もありましたよ。要するに、家事や子育てを人に頼むってことが悪なんですよ。「あの家の嫁は人に子育てさせている」って悪口を言われる。

そういう感覚は今もまだ少し残ってます。サービスを勧めた方に「家事サービスを呼ぶ前に、家が汚いから掃除しなきゃ」と言われることもありますね。一度使えばそんなことはないと分かってもらるんですけれど。

■外国人ゆえの就労への不安

しかし、外国人が日本人家庭に入って仕事をするという新しい試みには、様々な軋轢も生じ得る。

送り出し側のフィリピンの会社、マグサイサイ社は、事前に日本の状況を調べたそうです。その結果、自分たちが送り出した女性たちが「物を盗んだり、いい加減な仕事をしたり、夜の仕事をしてしまうのではないか」というネガティブな意見や懸念事項があると気づいた。だからこそ、「きちっとトレーニングをして管理をしてくれるような会社と提携して、そこに送り出したい」という話で、私どものところにお話をいただきました。

大使館のある港区周辺では、外交官やその関係者は皆フィリピン人などのベビーシッターや家事サービスを使っています。お子様の送り迎えや、お買い物、もうそれが当たり前のように。何の不自然もなく私は感じているし、働く方々の仕事ぶりを見ていても、何ら否定すべきものがない。むしろ、外国人だけが恩恵を受けられて、なぜ日本人が自由に雇用できないの?そっちのほうに常に意識があったわけです。

同社ではフィリピン人女性たちによるサービスに、最初は日本人社員が同行するなどして、家庭のやり方を学んでもらう予定としている。

一方、日本では外国人実習生が国で不当に背負わされる渡航費用の借金や、雇用主による不当な扱いが社会問題化しているという問題もある。

この実習生問題の二の轍を踏まないように、家事代行特区の制度では、フルタイムで外国人を直接雇用し、日本人と同等額以上の報酬を支払うこととされている。

また外国人家事労働者をすでに受け入れているシンガポールでは、文化摩擦などに悩む外国人労働者のメンタルヘルスの問題が報告されている。同社では雇用する外国人たちの心のケアなども検討しているという。

■普及の壁となる規制緩和

一方で、事業が一般家庭にまで広く普及するかどうかは、今後の規制緩和の行方が焦点になる。例えば、今回の事業では、外国人が行うことができるのは、あくまでも家事サービスのみで、保育サービスについては規制でしてはならないことになっている。一方で、日本人は、ベビーシッター業務に必須の国家資格はなく、誰でもすることができる(公益社団法人による認定制度などは存在する)。

事前に何百時間も研修を受けて、看護師の資格もある、うちで雇うのはそういうプロのベビーシッターなんです。規制は「外国人が悪いことをしないように」という発想で設けたのでしょうけれど、本当にお母さんたちが求めているものは、保育の支援ですよ。外国人だというだけで、できないというなら、そちらの方が馬鹿馬鹿しい規制だと思いますね。

優秀な人々にとっては、地球全体が働く場所になるんです。近い将来。日本はグローバル化に一番遅れている国なんじゃないですか。

家庭で外国人が働いてくれていれば、「おやつは、私の国ではこうなのよ」とか、「クリスマスはこうやって過ごすのよ」とか話し合ったりもするかもしれない。まさに生きた異文化をそこで感じることができるじゃない。これで、グローバル社会の一歩を家庭のなかでも実現できると思っています。日本人にとって、これが今一番必要なんです。

「問題がありそうなことはやらない」というのが、政府の発想。でも私は、それをすることで誰が喜ぶか、誰にメリットがあるのかを常に考えている。うちは規制改革の先頭をこれまでも走ってきた。必ず風穴を必ず開けていきますよ。

中村さんらは事業開始にあたって内閣府と何度も折衝を重ね、「保育所への送り迎え」業務はしてもよいことが認められたという。

女性がさらに外に出ていくには、家事・育児・介護の外注化は必ず行われなければならない。企業の働き方改革とも連動して、女性が本当に自然体で、しなやかに仕事・家事・育児を両立させていく。その仕組みがあれば、男性もその中に入っていけるようになる。男性だってシングルファザーや介護の問題などもありますから。それを当たり前の社会にして行くことが必要です。

女性がもっと社会にどんどん参画することで、日本の経済成長にもつながるでしょう。そういう、Win-Winの関係にならなくてはいけないと思いますね。

▼中村紀子社長のプロフィール

なかむら・のりこ。テレビ朝日アナウンサーを経て、女性エグゼクティブ育成を目的に、1985年日本で初の女性管理職の協会JAFE(日本女性エグゼクティブ協会)を設立し、代表へ就任。株式会社 ポピンズを設立、代表取締役CEOへ就任。プロのベビーシッターである、ナニーサービスを開始し、リーダー企業として市場を開拓。働く女性の支援のため、保育の岩盤規制と闘い続け、法令改正後、株式会社で初となる認可保育所を横浜で開設。以降、企業内保育所からインターナショナルプリスクールなど施設サービスを拡大し、全国160カ所に拠点を開設。高齢者の在宅ケア、ハワイキッズルームの他、教育研修事業も展開。フィリピン人家事支援事業のサービス提供を開始予定。第一回日本サービス大賞 厚生労働大臣賞 受賞(ナニーサービス)。

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