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40歳目前で体外受精を選んだけれど...。マンガ家・小林裕美子さんが語る、不妊治療のジレンマとは

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「子どもがいなくても今の生活に充分満足していたし むしろいないほうが自由に生きられると思っていた」

マンガ家・イラストレーターの小林裕美子さんは、新著『それでも、産みたい 40歳目前、体外受精を選びました』(新潮社)で充実していた20代をそう振り返る。仕事に趣味に100%没頭できる、夫婦2人の生活。だが30代を過ぎた頃から、そんな気持ちにじわじわと変化が訪れる。

子どもを授からないのは自然の摂理だと諦めるべきなのか? 人の命を操作する不妊治療は「わがまま」なのか? 答えのない問いを10年以上に渡って悩み続けた実体験を、コミックエッセイという形で作品にした小林さんに話を聞いた。

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小林裕美子さん

■夫婦だけの生活も仕事も、先が見えた気がした

――『それでも、産みたい』では結婚から10年以上、子どもが授からなかった小林さんご夫婦が「不妊」に向き合った日々が描かれています。夫婦で子どもについて考え始めたのはいつ頃でしたか。

夫とは大学時代からずっと続いていて、私が27歳、彼が28歳のときに結婚しました。結婚も自分たちが「したい!」と盛り上がったわけじゃなくて、親が「そろそろしたら?」と言ってきたのと、彼が会社の寮から出なきゃいけないタイミングが重なったので「じゃあ2人で住もうか」「それなら結婚しようか」という流れでしたね。

その時点では、子どもをどうしようかということは全然考えていませんでした。夫は多趣味な人だったし、私も仕事があったし、お互い好きなことをやっているという感じで。夫が単身赴任した時期もあったので、それでさらに子どものことは遠のいていた感じでしたね。

でも、そんな数年間が続いていくうちに、ふたりで過ごす生活はこういうものなんだろうな、私の仕事もこんな感じで続いていくんだろうな、っていうのがだんだん見えてきたんですね。そういう刺激のない生活が続くなかで、「子どもかぁ」という気持ちが徐々に自分のなかに湧いてきたんだと思います。

――作品のなかでは「自分を楽しませることに飽きてきた」と描かれていますが、そう自覚したのが結婚5年目、小林さんが32歳のとき。そこからどう動きましたか。

それまでも妊娠を避けていたわけではないんですね。結婚前に婦人科で一応、ブライダルチェックをやったんですけど、そのときも何も問題なかったし。だから子どもができたらそのときはそのときで、というくらいの気持ちでいたんですが、ちょっと調べてみたら「2年で自然妊娠しなければ不妊と定義される」ということを初めて知って、「あれ?」って。

それでちょっとネットで検索すると、ものすごい数の妊活ブログが出てきたんですよ。「妊娠するためにこんなにものめり込んで悩んでいる人たちが世の中には実はたくさんいるんだ」ということをそのとき初めて知りました。自分もこの人たちと同じ立場なんだ、と気づいたら「何かやらなきゃ!」と焦りが一気に出てきてしまって。

■「養子でもいいから子育てというものをしてみたい」

――不妊症で悩んでいる女性たちが、同じく不妊症で悩んでいた先輩方や婦人科医の講演を聞く「不妊症の会」にも行かれていますね。

「不妊症の会」もネットで検索して見つけたんです。何を話すのか、どんな人が来ているのか、どれくらいの人が悩んでいるのかとか、そういうことを自分の目で見て実感したかったのかもしれません。会場は女性がぎっしりでしたね。夫婦はほとんどいなくて、女性だけの参加者が多かった気がします。

そこでは不妊治療の末にお子さんを授からなかった女性たちが「今はボランティアなどをやって人生を充実させている。こういう生き方もあるんですよ」という体験談を話してくださったんですね。「子どもができなくても人生を充実させることはできるよ」という励ましのメッセージを贈る集まりだと思うんですが、私は逆にそこで「やっぱり子どもが欲しい!」という気持ちが強く湧き上がってきたんです。

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自分が妊娠できないならそれでもいい、血が繋がった子じゃなくてもいいから、「子育て」というものを私はしてみたいんだ、ということにそこで初めて気がついたんです。血の繋がりがどうこうというよりは、「子育て」という知らない世界への気持ちのほうが私の場合は強かったのかもしれません。それで行動を起こさなきゃ、と思って、その翌週にようやく婦人科クリニックに行ったんです。

■原因不明の不妊、でも体外受精には抵抗があった

――その時点で小林さんは35歳。夫婦で一通りの検査をするも問題はなく、「原因不明の不妊」と診断されます。不妊治療は一般的に「タイミング法(排卵日に合わせて性交する)」→「人工授精(採取した精液を子宮に注入する)」→「体外受精」(卵子と精子を培養液の中に入れて受精させ、受精卵を子宮に戻す)」という流れでステップアップしますが、病院側からは年齢を踏まえて「体外受精」を勧められたそうですね。

そうです。でも「ずっとタイミング法でやってみたいな」っていうのが本心でした。体外受精がどういうものなのかということも、夫婦で説明会に参加して初めて知りました。病院によってやり方は違うと思うんですけど、私が通っていた病院は採卵時には麻酔して入院しなきゃいけなかったんですねね。それを聞いた時点で「ええ、麻酔して手術するの!? 大げさじゃない?」って夫婦ともにちょっとめげちゃって……。

彼はそんなに子どもが欲しいわけじゃなかったから、「そこまでしてやらなきゃいけないものかな」と言い出して、私としても抵抗があったので、次第にクリニックから足が遠のいてしまったんです。

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――不妊であることを誰かに相談したりしましたか?

私の場合は誰にも相談しませんでした。親に言うのも嫌だったし、子どもができないことを心配しているのを悟られるのも嫌だった。30代半ばを過ぎると周囲も気を遣ってそういうことを聞いてこなくなったので、話題にあがることもなかったですね。ただ、クリニックから足が遠のいた後も、ずっと気持ちには波がありました。子どもができないことがすごく気になる時期と、全然気にならなくなる時期が交互にあって。あまり夫も気づいてなかったようなんですけど、私のなかで浮き沈みはすごく激しかったです。

■妊活であることをオープンにするデメリット

――最近では「妊活」をオープンにする人も増えていますが、小林さんとしてはどう感じますか。

それ自体はいいことだと思います。不妊治療を始めると通院や治療にすごく時間が割かれるので、職場の人に伝えておけば事情を理解してもらえるでしょうから。ただ、そうすると「結果」を報告しなきゃいけなくなりますよね。「今こういう治療をやっています」と報告すると、「あの治療の結果、どうなった?」と相手も気になってきますよね。その都度、「ダメでした」と報告するのが義務になってしまうかもしれない。それは心理的につらいんじゃないかなとも思います。

(取材・文 阿部花恵

※後編「「本気の妊活」を始めたきっかけって? マンガ家・小林裕美子さんが40歳、体外受精で子供を授かるまで」はこちら

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