ベルギーが分裂しないのはビールがあるからだ。なぜなら...

投稿日: 更新:
印刷

photo
毎年9月始め、世界遺産のグランプラスで開催されるベルギービールの祭典© Michiko Kurita

【ブリュッセル在住フリーライター・栗田路子のレポート】

11月30日正午前、ベルギー中のビール好きが一斉に喚起の祝杯をあげた。エチオピアで開かれていたユネスコ(国際教育科学文化機関)の会合で、我らが「ベルギーのビール文化」が無形文化遺産に登録されることが決まった瞬間だ。そのニュースはたちまちベルギー社会の隅々にまで伝わり、国中がお祭りムードとなった。たかがビールと言うなかれ。この国では、ビールとそれをとりまく文化は、りっぱな無形遺産として誇られ、分裂寸前の国をつなぎ留めているとさえ言われている。ここベルギーで、ベルギービールの日本向け振興に20年以上関わってきた筆者がその謎解きを試みる。


■ 1500種類ものビール――規制が緩いから?

人口1300万の小国ベルギーには、約200の醸造所と1500種以上ものビールがある。だが、ある日本の報道を見て筆者は愕然とした。あたかも、文化遺産登録されたのは、多くのビールがあるからで、それは「規制が緩いから」とされていたからだ。これではまるで、品質や製造の管理があまく、奇抜な材料や怪しい作り方でやたらに数だけが多いかのようではないか。ベルギー人なら問いかける。「規制は誰のため?」 

そもそも、ビールの原材料を麦芽とホップだけに厳しく規制したのは16世紀、ドイツ・バイエルン公ヴィルヘルム4世による「ビール純粋令」だ。確かに、技術が未熟な時代に食の安全を確保する大義名分もあったようだが、賢い王様のねらいは、効率よく最大の酒税を課す仕組みを作ってしまうことだったという。日本ではビールといえばラガーピルスナータイプだが、これが世界を凌駕したのは、パスツール以降、大企業が大規模投資すれば、利ザヤの大きい大量生産ビールが造れるようになったからだ。市民の福祉や安全に実害がないなら、多様性の芽を摘み取るような「お上の規制」や「大企業の暴利」をことごとく嫌うのがベルギー人気質なのだ。


■ 文化遺産になったのは、ビールではなく、ビールを取り巻く多様な文化

photo
ベルギー名物トラピストビール。その一つ『ロッシュフォール』を造るサン・レミ修道院醸造所 © Abbeye Notre-Dame de Saint-Remy

photo
ワインとチーズならぬ、ビールとチーズのペアリングコースも© Michiko Kurita

photo
ビール以外に、銘柄ごとのグラス、コースターなどあらゆるビール関連品を取り揃えるお土産ショップ© Michiko Kurita

さて、今回、晴れて登録されたのは、ユネスコの文化遺産であってギネスブックではないので、その理由は醸造所やビールの「数」ではなく、「ベルギーのビール文化」であることをもう一度強調したい。日本のビールやその飲まれ方から想像すると、「文化」とは大袈裟なと感じられるかもしれない。でも、ベルギーではビールは、老若男女、子供から老人まで、あらゆる職業、階層、民族、人種、性的志向を越えて、ベルギー社会の絆や魂と言えるほど、浸透し、誇りにされていることがわかる。

まず、すでに述べた様に、原料や製法に制限がほとんどないので、ホップ以外に、コリアンダーやキュラソーといったスパイス・ハーブが使われ、大麦麦芽以外に小麦やサワーチェリーのような地元でとれた果物が使われる。上面発酵や自然発酵、ドライホッピングや瓶内二次発酵といった、利益第一の大企業なら決して使わない製法を駆使して、多様な味や風味、豊かな泡立ちなどを実現する。

だが、種類が豊富なのは、ビールそのものだけではない。ベルギーでは、それぞれのビールために考え抜かれた固有のグラスがある。多くのビールを取り揃えるカフェではビールの数と同じだけのグラスが必要になるが、家庭でも多少のビール好きがいれば、いくつかの異なるグラスを持っていて、トラピストならこのグラス、フルーツビールならこのグラスと使い分ける。

 
ベルギーのビール文化は、種類の多さでは終わらない。市民一人ひとりがビールを通じて、培ってきた語らいと歩み寄りの絆そのものだ。©Hotelier TV

だがこれだけでは、マニアックなビール好きだけのものと思われるかもしれない。ベルギーでは、伝統的な家庭の飲み物といえば、麦茶ならぬ麦酒――極めてアルコール度数の低い「テーブルビール」と呼ばれる普及品だ。今でこそ公式の発酵酒飲酒年齢は16才だが、テーブルビールだけは、子供や老人も含め家族の誰もが飲んでいいものとされており、入院中ですら望めば出してもらえる。

「え、病院でビール?」と仰天すると、看護師さんは「あらテーブルビールよ。患者さんがビール飲みに出かけたら困るからね」とにっこり。筆者はうら若き頃、ベルギーの義理の母から、昼食前にビールを勧められてひるんだが、かつては、妊婦にも、産後の肥立ちがよくなるとか、母乳の出が良くなるとして、ある種のビールが勧められてきた。

かつては3000以上もの醸造所があったこの国では、家系をたどれば必ずビール業界に携わった人に行き当たる。家の地下室には必ずビールが買い置きされているので、伝統家庭料理といえば、牛肉や兎肉のビール煮込みとなるのは必然だ。

ここベルギーでは、銘柄も指定せずに「とりあえずビール!」と、冷え切ったラガービールをジョッキでがぶ飲みする人はいない。誰にも、お気に入りのタイプや銘柄があって、TPOに合わせてあれこれ悩むのも楽しみのうちだ。ビールの注ぎ方や利き酒コースに始まり、チーズとのペアリング、素材や料理とのマッチング、ビールを使ったヌーベルクイジーヌを売りにするレストランやイベントがあり、ビールをテーマにしたミュージアムや専門ショップがあちこちにあり、一年を通じて、ビールのフェスティバル、ツアーや講演会が開かれている。

ビール専門のコンサルタント、ヘールト・ヴァン=リルデ氏は、「ビールは製品でしかないけれど、豊かなビール文化はベルギー人の文化遺産そのもの」と誇らしげだ。


■ ベルギー人とは何か――多様性こそがベルギー人の証

これほど多様なビール文化を育んだベルギー人とはいったい何者なのだろう。近代国家ベルギーの成立は1831年で、まだ200年足らずの若い国でしかない。しかし、有史以来、このあたりには様々な人が住み、行き交った。

ローマ帝国はこのあたりに最北端の都市を築き、中世には欧州屈指の交易地として栄え、19世紀以降は、ナポレオンやヒトラーが攻め入って、代表的激戦地となった。植民地時代や産業革命期を経て、アフリカ諸国や中東から多くの労働者が住み着き、第二次大戦以降は、EU主要機関やNATO本部ができて、世界有数の国際都市となった。

こうして、今日のベルギーには、ありとあらゆる人種、民族、言語、宗教、思想を背景とする人々が住み、互いに肩を並べて生きている。ベルギー人は誰もがハーフやクォーターであり、多文化を背景に生きている。多様性を是としなければ生きられない。多様性を貴ぶことこそが、ベルギー人たるゆえんとすら言えるのではないか。


■ 歩み寄りを大事にして多様性を尊重する文化

最近では、ベルギー人の多様性を貴ぶ価値観は、LGBTなど性的少数者の問題にも広がりを見せる。もちろん、昨年来のあまりにも膨大な難民・移民の流入やテロにより、排外的な保守主義に加勢するベルギー人もいないわけではない。社会党基盤が強い南部のフランス圏と、極右勢力が強い北部オランダ語圏は見解の違いが大きく、国は、数十年をかけてじわじわと分離自治への道を歩いている。それでも、突然ちゃぶ台をひっくり返すような政変は起きそうにない。

photo
中世のギルドの伝統を今日も受け継ぐベルギービール醸造家組合前で、市民とともに祝杯をあげる大臣と組合理事長 (一番左がガッツ氏)© Belgian Brewers

オランダ語共同体政府で文化大臣を務めるスフェン・ガッツ氏は、かつて、ベルギービール醸造家組合の理事も務め、今回、ユネスコの文化遺産登録を成し遂げた功労者の一人だ。「ビール文化の豊かさは、ベルギー人が多様性を重視する価値観の象徴なのでは?」と問いかけると、「まさに…『ベルギーのビール文化』と『ベルギー人気質』には深い相関がある。」という。

「多様性を認めるということは、気の遠くなるような歩み寄りや調整により絶妙なハーモニーをもたらすことでもあるんだ。」と付け加えるのは、ヘールト・ヴァン=リルデ氏。たしかに、ベルギー人気質を語るとき、調整上手や妥協上手が控えめに語られる。列強に囲まれて、多くの言葉を解し、誰もが文化的民族的マイノリティのようなベルギー人は、強権的にではなく、時間をかけて歩み寄って接点を見つけるのがうまい。家族や友達と語らいくつろぐ時、異なる立場や意見を持つ人々が、議論を積み重ね、歩み寄る時、そこに必ずビールがある。