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『親不孝通り』17年ぶりに名称復活。その背景は?

2017年02月20日 00時05分 JST
Fotosearch via Getty Images

福岡市・天神で、かつて浪人生や学生で賑わっていた「親富孝通り」。この通りの愛称を旧来の「親不孝通り」に戻すことを、周辺店舗の経営者や住民らでつくる協議会が2月19日、発表した。共同通信などが報じた。

なぜ、旧称に戻すことを決めたのか。愛称復活を発表した天神・舞鶴親ふこう通り協議会の重孝義会長に話を聞いた。

「親不孝通り」という呼び名は、1970年代ごろ周辺の予備校に通う若者たちの間で使われ始めた。しかし、産経ニュースによると、1997年に同県中央署が「愛称のイメージの悪さが非行の誘発の一因になっている」として、福岡市に「親不孝」を使わないように要請したという。その後、「よろず町通り」という名称を経て、2000年から「親富孝通り」に改名された。

しかし、その後予備校などが相次いで閉校し、次第に街の賑わいが薄れていった。

親ふこう通り協議会の重会長によると、これを受けて「親富孝通り」周辺の地域を再び活性化する街づくりが地元民の間で進められ、その一環として旧称の「親不孝」という名称復活の取り組みが始まったという。

同協議会は2017年1月、住民らを対象としたアンケートを実施。その結果、アンケート回答者およそ400人のうち、元の「親不孝」に名称を戻してほしいと答えたのは71%に上った。このアンケート結果を踏まえ、同協議会は旧称を復活することを決めた。

重会長によると、2月20日午前中には名称変更を福岡市に申請するという。

「インパクトがあり、記憶に残る名称だった『親不孝通り』という呼び名を復活してほしいという住民の声が多かった」。重会長はハフィントンポストの取材に対し、こう答えている。

■「親不孝通り」、今後どんな街になる?

今後、どのような街を目指していくのか。重会長によると、今でも「親富孝通り」周辺にはクラブやライブハウスなどが数店舗軒を連ねており、若年層を中心としたカルチャーの風潮は残っているという。

「ダンススクールなども多くあり、公園などではよく若者たちがダンスの練習をしています」

一方で、かつてのように若年層だけではなく、子供や子育て世代、高齢者などあらゆる世代が「共存」できるような、住みよい街づくりを目指していきたいと語った。

「今回の名称復活は、街づくりのあくまで一環です。協議会は他にも『サンゼロ(ゴミ、落書き、飲酒運転がゼロ)』という目標を掲げ、親富孝通り周辺の清掃活動や近隣住民への啓発などを積極的に行っています」

■ネット上の反応は...

この報道を受けてネット上では様々な声が上がっている。お笑い芸人の田村淳は20日にTwitterにコメントを投稿し、「『親富考通り』に変更された時に違和感を感じていた」と話している。また、旧称「親不孝通り」という名称自体が変更になっていたことを知らなかったとする声も多く挙がっていた。


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