NEWS

「居場所があるから頑張れる」若年性乳がんフラチーム​、仲間と踊って自然と笑顔に

2017年03月04日 00時59分 JST | 更新 2017年03月04日 01時09分 JST

20~30代で乳がんになった女性たちが、フラチームを結成している。体調がすぐれないときもあり、頻繁には集まれない。動画を見て練習し、ステージ本番に心を合わせる。若くしてがんを体験すると、結婚や妊娠、子育てや仕事とどう向き合っていくか悩みも多い。仲間とお揃いの衣装で、踊りを披露すると笑顔になれるという「ピンクリングフラチーム」の活動を紹介する。今回はメンバーに、がんの体験やチームへの思いについて聞いた。

photo

イベントで踊るピンクリングフラチーム(ピンクリングフラチーム提供)

■ 3児のシングルマザー・新しい生活に漕ぎ出したその時…

国立がん研究センター(東京都)で1月、若年性乳がんのサポートグループ「ピンクリング」が運営するサミットが開かれた。専門医の講演や体験者によるメイク講座などがあり、ピンクリングから生まれたフラチームも登場。乳がんを体験したメンバーが、ピンク色の衣装に、花飾りをつけて舞台や通路に並ぶと、会場が華やいだ。ウクレレ奏者ジェイク・シマブクロさんの曲「フラガール~虹を~」に振り付けたオリジナルを、笑顔で踊った。

その中に、フラチーム副部長のふみさん(36)の姿があった。2015年末に乳がんを告知された。その数か月前から、乳頭がただれるようになり、小さな腫瘍が出てきた。きっと乳がんだろうと思い、評判のいい乳腺外科を探してクリニックへ。芸能人のがんが話題になった時期で、予約を取るのも大変だった。

結果は早急な治療が必要な乳がん。左乳房の全摘出は確定で、リンパ節に転移もしていた。術前の抗がん剤はあまり効果がなく、中断して昨春に手術。術後の抗がん剤や放射線治療を経験し、今も分子標的薬で治療している。

 

20代のころ、下着の会社に勤め、接客していた。店頭で乳がんを体験したお客さんに会う機会があり、「明るく生き生きした印象だったので、乳がんに対する恐怖はありませんでした」。

ふみさんは3児の母。病気が分かる前に離婚していた。「私はシングルマザーなので、子どものことをどうしようと、それが一番、不安になりました。両親は『病気になるのは自分たちが先』と思っていたようで、大きなショックを与えてしまいました」。親不孝ばかりしていると申し訳ない気持ちで苦しんだ。

娘の入園が決まり、カフェで調理の仕事を始めたばかりのときに発覚した乳がん。目標も見つけ、生活の基盤が整いつつあった中で、とてつもない衝撃を受けた。わきの下のリンパを取る手術(リンパ郭清)もしたので、以前より腕の上げ下げがしにくい。洗濯や料理など家事がつらいときもある。

子供たちには「ママはおっぱいの病気」と伝えている。なるべく抱っこしないよう言われても子供たちを前にしたら難しい。動けないときは家の中で、手紙を交換する。「ママだいすき」「何が食べたい?」といった内容だ。制限されることが増えて、「できなくてごめんね」と思うが、違った形で愛情を伝えられるようにしているという。同居する両親には公園や買い物に連れて行ってもらい、通院のときは預かり保育を利用。送り迎えやお弁当作りも頑張っている。

■「じっとしていられない」フラチームと出会い入部

自分が「若年性乳がん」というくくりに入ると知り、インターネットでたくさん検索して、ピンクリングにたどりついた。「ホームページはかわいくて、きらきらしていました」。そこでフラチームがあるのを知った。偶然だが、ふみさんの母はフラの指導をしている。チャレンジしたこともあったけれど、そのときは続ける気持ちはなかった。

乳がんがわかり、「病気でもじっとしていられない、何かしたい」と思っていた。手術の後、昨年5月に体験に行った。迷う気持ちもあったが、部長やメンバーが温かく迎えてくれて、居心地の良さに入部を決めた。同じ病気の話もできるし、無理なく仲間に入れた。

お互いの話をしたり、ラジオ体操をしたり、準備した後は振付の練習に入る。フラの経験がないメンバーが多いので、できるメンバーがリード。持ち曲は1月にも踊った「虹を」。チーム初期には一般の動画を見て踊りをコピーしていたが、ステージに立つ上でオリジナルの振付が必要になり、知り合いの先生にやさしい振付を考えてもらった。

月に2回の練習が設定されているものの、体調がすぐれずメンバーが集まれないとキャンセルになる。メンバーが踊った画像を頼りに、自分たちで身に着けていかなければならなかった。「フラは歌詞の内容を表現するので、手の表現がとても大事。細かい振りや位置がわからず、みんなで試行錯誤しました。基礎のステップ練習はなかったので母に教わって個人的に勉強しました」

昨年の9月以降は、連絡係や衣装係など係を決め、お揃いのステージ衣装を用意した。ふみさんは副部長に。「続けるうちにフラチームが大好きになり、温かく迎えてくれたメンバーのように私も何かできないかと立候補しました」。お休み中の部長に代わり、リーダー役を引き受けている。10月には乳がんの早期発見を呼びかけるイベントに参加、ふみさんは初めてのステージに立った。治療の副作用で髪が抜けたが、ステージのときもウイッグで自然に装う。

イベントに出演するたび、より素敵な踊りをしようという気持ちの一体感がとても楽しい。「もともと人前に出るのは苦手で、とても緊張するタイプでした。言葉でうまく気持ちを伝えられなかったのが、今は踊りで表現できる喜びがあります。ダンスの技術は高くありませんが、見てくれる方や大切な人たちへ心を込めて踊りたいです」。何より、踊ると自然に笑顔になれて、とても幸せな気持ちになれるという。

■ 体調悪く落ち込む日も、仲間がいて頑張れる

サミットで踊った1月、ふみさんは、関節痛があり体調が良くなかった。病院にもひんぱんに通った。悪いほうに考えてしまうときは、無理に前向きにならず、落ち込む時間を作る。

「でも、考えても仕方ない。そんなにひどくないと思っています」。1年、1カ月、今日と、それぞれの目標を決めて過ごしている。誰かにアドバイスされたわけではなく、子供たちの行事に合わせて、自然と前向きにプランを立てるように。このところも「入学の説明会」「発表会」「豆まき」「チョコを作る」など、やりたいことがたくさんあった。

フラチームのメンバーとはよく話すし、頼りになるという。「こういう場があるから、日々の生活も、治療も頑張れる。乳がんという共通点で、素敵な仲間に出会えました」(ふみさん)。居場所のある心強さを感じている。

photo

衣装はメンバーの手作り(ピンクリングフラチーム提供)

なかのかおり ジャーナリスト Twitter @kaoritanuki

▼画像集が開きます

乳がんを克服したミュージシャンたち

(スライドショーが見られない方はこちらへ)

「おかあさんになりたい」をつなぐ特別養子縁組 ある夫婦が、子どもと家族になるまで