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「お節介モデル」を世界に広げるリクルート。海外でも徹底する「任せる」経営とは?

一橋大学院教授の楠木建が、リクルートの新たなグローバル戦略に迫る。

日本はもちろん、世界中の企業が「グローバル化」を目指す現代。その激戦の中、着々とグローバル展開を進めるのがリクルートグループだ。

あまり知られていないが、同グループは、海外売上高比率が35%を超えるグローバル企業の顔を持つ。海外展開が難しいといわれる人材派遣などのサービス業で、なぜ、急速な成長を実現できたのか。競争戦略を専門とする経営学者の一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授・楠木建(くすのき・けん)氏が、リクルートグループにおける海外進出のフロントランナーとして中国で8年半働き、現在はグローバル経営の戦略に携わる経営企画室長・舘康人(たち・やすと)氏に聞いた。

■「お節介モデル」は世界に通用するか? 海外進出の原点はピュアな好奇心

楠木建氏(左)と舘康人氏(右)

楠木:グローバル化を考えたとき、例えば自動車や外食産業などは、プロダクトやオペレーションの大枠が決まっているので、相対的に海外展開しやすい。一方、純粋なサービス業は、目に見えない人間の心のひだに響くか否かが勝負の世界。ローカルなビジネスで、最もグローバル展開が難しいはずです。リクルートの販促メディア、人材派遣、人材メディアなどの事業は、いわば「どサービス業」にもかかわらず、海外事業が大きく成長していますね。

これは珍しい事例だと思うのですが、最初はどのようにグローバル化に動きだしたんですか?

:前提として、我々は「これからはグローバルの時代だ」といった会議をやったことはないんですよ。企業などのクライアントと生活者を結びつけるリクルートのビジネスモデルは、「リボンモデル」というのですが、私個人は、「お節介モデル」だと思っています。初めはそこに我々が存在する必然性はなかったけれど、「ぜひ間に入らせてください、より良いマッチングにしてみせます」と分け入っていくんです。

例えば、1993年に日本で結婚情報誌の「ゼクシィ」を立ち上げたときは、その効果に懐疑的なクライアントも多かったと思います。しかし、次第に生活者とのマッチングがスムーズにいくようになり、お節介に入ってくれてよかったと感謝されるようになりました。その流れで、この「お節介モデル」って、中国やアメリカでも役に立てるんじゃない?ということになったんです。ピュアな好奇心のもと、「お節介モデル」を日本以外でも試したいと、いわば従業員の“手挙げ式”で動き始めたのが、海外進出の出発点ですね。

図1:リクルートグループの海外進出までの道のり

■中国進出の失敗から確立した、リクルート式「統合しない」グローバル経営

楠木:リクルートらしくて面白いですね。その後、2000年代前半に中国進出からグローバル展開を始めますが、当初は失敗もありましたか?

:そうですね。「ゼクシィ」や「ホットペッパー」の中国版を一から自分たちで作ろうとしましたが、紙からネットへの変化が想定以上に早かったことなどから苦戦し、最終的にはサービスを終了ました。

楠木:そのような失敗を経て、現在のグローバル事業は、どのように経営しているのですか?

:海外進出を始めた頃のような「自前進出」にこだわらず、現地のマーケットを良く知る地元企業を買収し、リクルートの経営手法や事業運営の知見を「輸出」しています。また、買収を主導したリクルートの事業トップがチェアマンやCEOに就任し、要となるKPIを設定して業績をモニタリングします。一方で、原則として日々の事業運営は買収前の経営陣に任せます。日本からの出向者も1-2名と最小限です。リクルートの経営理念の一つに「個の尊重」がありますが、「全てを統合しない」「任せる」姿勢は、グローバル経営でも大切にしています。

■従業員の自主性を引き出す「ユニット経営」で業績改善

:また、輸出するリクルートの知見の一つに、人材派遣事業の「ユニット経営」があります。組織を「ユニット」という小集団に分けて権限移譲するものです。KPIが、売上高ではなく利益率の改善というのも特徴です。一般的に、人材派遣事業では、トップライン(売上高)を伸ばして利益をあげようとする。そうすると、売上に縛られ、結果的にコストアップしたり、自社の従業員も派遣スタッフも快適に働けなくなったりする。それとは逆転の発想で、ボトムライン(利益率)をまず見ようと。

現場の「ユニット」に裁量を持たせ、トップラインを追わない体制に変えると、従業員の経営意識も非常に高まるんですね。一人ひとりの工夫や主体性が問われるようになるし、意思決定のスピードもアップします。人材派遣事業の利益率は2%ほどの会社も多いのですが、リクルートが「ユニット経営」を導入した会社では、5%以上(※)に改善しています。

※2015年度までに買収した北米・欧州の人材派遣会社のEBITDAの合計

図2:リクルートグループの海外売上高及び海外売上高比率の推移

■グローバル経営を成功させるのは、海外でも商売全体を動かせる「事業経営者」

楠木:海外事業の中でも、世界最大級の求人情報専門検索エンジンサイト「indeed」を運営するindeed社はどうでしょうか?

:2012年に完全子会社化したのですが、売上10倍、世界60カ国以上で2億人に使われるサービスに成長しています。同社では、もともと「データこそが主役」という考え方が共有されています。社内で一番偉いのはデータであり、それを自分で活用する、というスタンスです。indeed社の買収を主導し、今はCEOを務める出木場久征は、米国オースティンのオフィスでも、データ閲覧数でトップ10に入っているらしいんですよ。本来であれば、部下に「レポート上げて」と言ってまとめさせればいいかもしれないんですけど、そうではない。CEOがデータを自分で見に行くんです。日々の事業運営は現場に任せつつも、買収した会社が大事にしているところは、CEO自身も強力にコミットしている。

楠木:企業の海外進出には、スクラッチ(自社単独での進出)や現地企業のM&A(合併・買収)などさまざまな方法がありますが、リクルートのようにM&Aを成功させるには、出木場さんのように現地で商売全体を動かせる人、言い換えれば「事業経営者」がいるかどうかがポイントだと考えています。

リクルートは、この「事業経営者」になり得る人材が社内にたくさんいるのではないでしょうか。彼らに十分な権限を与え、現地の文脈できちんと商売に落とし込んでいくのが、今のリクルートのグローバル展開の基本的な勝ちパターンなのだろうと思います。

■役員会よりも採用面接を優先。「人」を選ぶセンスこそが、リクルートのDNA

:リクルートは伝統的に、従業員採用にかなりの時間とお金をかけます。役員会よりも面接を優先したり、10回以上も面接したりするようなこともありました。コストの面からすれば非合理的に映るかもしれない。しかし我々は、一緒に働きたいと思う人とでなければビジネスは面白くないし、うまくいかないと考えています。これは、創業以来変わらない「個の尊重」の考え方に基づいています。人の可能性に期待して、それを見極める姿勢が、海外で事業を任せる人材や買収先の企業を選ぶときにも生かされていると思います。

楠木:目に見えない人間の心に訴求するサービス業のグローバル展開では、教科書的なITスキルや英語の能力だけでは乗り越えられない壁がありますよね。リクルートは、人材採用で面接にこだわるエピソードが示すように、人物の能力を見抜くDNAを組織として備えているのではないでしょうか。日本企業のグローバル展開では、現地に溶け込んだ全員経営で利益を上げる「事業経営者」の確保が一番の制約であり、それがある場合には大きな強みになると思います。

(文:エディト 柴田哲也 / 撮影:西田香織)

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