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土門正夫さん死去、元NHKアナウンサー 1964年東京五輪「伝説の閉会式」で名実況

2017年05月04日 19時39分 JST

1964年の東京オリンピックなど、スポーツ実況で活躍した元NHKアナウンサーの土門正夫さんが、5月2日、肺気腫のため死去した。87歳だった。NHKニュースなどが伝えた。

土門さんは1930年3月、神奈川県横浜市生まれ。51年にNHK入局後、広島放送局などを経て東京で主にスポーツを担当。60年のローマ・オリンピックを皮切りに、オリンピックの中継には計7回携わった。64年の東京オリンピックでは、日本が金メダルを獲得した女子バレーボール決勝や、閉会式の実況を担った。1987年にNHKを退職した後はフリーアナウンサーとして活躍した。

数ある土門さんのアナウンスの中でも特に「名実況」と称えられるのが、1964年の東京オリンピック閉会式だ。

■1964年東京オリンピック「伝説の閉会式」をアドリブで実況

終戦から19年、焼け野原だった日本はめざましい復興を遂げた。アジア初の五輪となった「東京オリンピック」は、日本の戦後復興と国際社会への復帰を世界に向かってアピールする絶好の機会となった。

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1964年東京オリンピック開会式

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1964年東京オリンピック開会式

大会は10月10日にはじまり、24日に閉会式を迎えた。会場は、開会式と同じ東京・国立競技場。式の段取りは、はじめに94カ国・地域の旗手だけが先に入場し、選手たちは開会式と同様、国別に整然と列を組んで歩くというものだった。

ところが、選手団が入ってきたところから閉会式は一変した。選手たちは係員の制止を振り切り、入り乱れ、腕や肩を組んで国立競技場のトラックになだれこんだ。中には踊ったり、担ぎ上げられて国旗を振る選手も。日本の旗手を務めた福井誠選手(競泳)を肩車する選手もいた。前代未聞の入場行進だったが、みな表情はほころんでいた。

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閉会式。外国選手たちが入り混じり、腕を組むなどして入場行進した

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閉会式。リラックスした表情で入場する外国選手ら

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閉会式で行進する日本のプラカードと日の丸の旗手

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競技ユニホーム姿で走って入場する選手もいるなど、型破りの閉会式になった

なぜこうなったのか。「誘導のミスだった」「全競技が終わった解放感のせい」「振る舞い酒で選手たちが高揚してしまった」「もともと考えられていた」など、様々な説が語られるが、真相はよくわからない。

選手たちの動きに戸惑ったのは、閉会式を生中継していたテレビ・ラジオ各局だ。秒刻みのスケジュールに合わせて周到に用意したアナウンス原稿は、何の役にも立たなくなった。当時の心境を土門さんはこう語る。

考えていた美辞麗句とか、ここで泣かせてやろうみたいなものはすべて吹っ飛んでしまって。何を話したのか全く覚えてない
(朝日新聞・2008年7月25日 朝刊)

こうなったら、アナウンサーは目の前で起きていることを言葉にして伝えるしかない。土門さんはマイクに向かってこう実況した。

「そこには国境を越え、宗教を超えました美しい姿があります。このような美しい姿を、見たことはありません。まことに和気あいあい、呉越同舟。グリーンのブレザーの隣には、白いブレザーの選手がおります。紺のブレザーの隣には、真っ赤なブレザーの選手がおります。そして、選手の手を振りますその彼方には、7万5000の大観衆を収容した、このスタンドがあります。まことに、和やかな風景であります」

土門さんのアドリブ実況は、オリンピックが「平和の祭典」であることを巧みに伝えた。のちに土門さんは、当時を振り返りながらこう語っている。

アナウンサーとしては茫然自失の事態ですけど、たしかに、和気あいあいでしょうね。僕が観客席にいたら、拍手をすると思う
(朝日新聞・2014年10月06日 朝刊)

土門さんの目に映ったのは、政治や宗教、国境や人種を忘れ、笑い親しみ、名残を惜しむ選手たちの姿だった。人類の平和を体現したかのような風景は、東京オリンピックの標語「世界は一つ」を象徴する場面として今なお語り継がれる。

■2度目の東京オリンピック――「あの閉会式の雰囲気をもう一度」

朝日新聞(2004年7月13日夕刊・東京本社版)によると、閉会式で頭の中が真っ白になった土門さん。中継終了後は、「めちゃくちゃな中継をしてしまった」と、始末書を書く覚悟をしながら重い足どりで放送局に戻ったという。

ところが、土門さんを迎えたのは万雷の拍手だったという。平均視聴率は63.2%をマーク。東京オリンピック閉会式は、戦後日本の歴史の一ページとして刻まれた。

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閉会式で浮かび上がる「SAYONARA」の文字

53年前の10月24日、太陽へと帰った聖火は、2020年に再び東京へやってくる。2度目の「東京オリンピック」にどんな理想を描くのか――土門さんはこんな言葉を残している。

一言で言えば、『あの閉会式の雰囲気をもう一度』になる。なぜ、皆があの閉会式を喜んだのか、記憶に刻まれているのかを考えたらどうかな
(朝日新聞・2014年10月06日 朝刊)

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