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「努力すれば必ずやせる。だから深みにはまってしまう」。ダイエットから摂食障害になった女性、壮絶な体験語る

2017年06月02日 21時13分 JST | 更新 2017年06月02日 22時00分 JST

拒食や過食を伴い、心身を害する精神疾患「摂食障害」は、ときに命の危険すらある深刻な病気だ。自身の体形を気にしてダイエットにはまり、今なお摂食障害に悩む1人の女性が壮絶な体験を語った。6月2日は「世界摂食障害の日」。(聞き手・関根和弘)

●東京都在住の会社員、金子浩子さん(27)

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私は生まれつき「股関節脱臼」という病気でした。3歳のときに手術を受けたのですが骨の発育が悪く、やがて歩けなくなると医師から言われていました。地元群馬の高校を卒業して東京の大学に入り、1年の春休みに骨盤を切って股関節にかぶせる大手術をしました。術後はまだよく歩けず、体重が55キロから57キロに増えました。身長は155センチです。

同じ症状を抱えた患者でつくる会があって交流していたんですが、ある参加者から「あなた、太ってるから回復が遅いのよ」って言われたんです。それで手術から半年後にスポーツジムに通うようになりました。

エアロバイクを20分間、必死になってこいでも消費カロリーはサラダ1皿分程度。次第に食べるのが怖くなりました。そこでジムから帰った日の夜は豆乳だけ飲むようにしたんです。

そんな生活を3カ月続けたのですが、たった1、2キロしかやせませんでした。「あれだけ頑張ったのに、たったのこれだけ?」。ショックでした。


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ダイエット前の金子浩子さん


●意中の男性のために...

もっとダイエットしなければと思い、ジムに行く回数を週3日に増やしました。そしたら体形に変化が出始めたんです。ジム通いを始めてから半年後の大学3年の春には52キロになっていました。友人たちにも「少しやせた?」なんて言われるようになって。うれしかったです。

ちょうどそのころ、クラスメートに気になる男子がいたんですね。大学は薬学系で、その人と実験の班が同じだったんです。あるとき、思い切って「私、やせたでしょ?」って問いかけました。でも、彼は「もう少しやせた方がかわいいよ」って言ったんです。ショックでした。自分はやせたと思っていたのに、世の中の人はそう感じてはいないんだと思いました。

「もう少しやせれば、彼は私に魅力を感じてくれるのかな」。そう思いました。そこからダイエットが加速しました。

ジムの回数を週4回にし、時間も増やしました。食事も夜は豆乳、朝はバナナ1本。お昼もお弁当の量を少しずつ減らしていきました。毎日朝と夜の2回、素っ裸になって体重計に乗っていました。

●生理止まり、体重34キロに

大学3年の8月。ついに体重が46キロになったんです。体脂肪も15%を切っていました。元々37%あったのがです。でも、変化があったのは体重だけではありませんでした。生理が止まったんです。

さすがに不安になってレディースクリニックに行きました。「過度なダイエットのせいでしょうか?」とお医者さんに聞きました。でもお医者さんは「まあ、それもあるかもねえ」ぐらいの感じで、あまり深刻にとらえていませんでした。

その後も体重は減り続けました。ネパールにボランティアに行ったんですが、現地の人たちはベジタリアンで、自分も炭水化物を控え、さらに小食になっていきました。帰国したときには44キロになっていました。

空腹だとハイテンションになるんです。空腹を紛らわすために体を動かしたくもなり、さらに体重は減っていきました。体重がリバウンドしたとしても47、48キロぐらいになるように、45キロを目指しました。さすがに42キロになってやばいと思い、食事を増やしたんですが、体重がすぐに戻っていくのが怖くて、結局食事制限を続けていきました。

大学4年の4月に、体重はついに34キロになりました。やせすぎて腕の血管が浮き出ていました。びてい骨も出てしまい、木の椅子に座ると痛かったです。体脂肪を図ろうとしたんですが、エラー表示になりました。5%以下だとそうなるようでした。


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最もやせていたころの金子さん(中央)


●食べて吐くの過食に

ところがこの翌月から、過食に転じたんです。きっかけは、自分が手伝った地方選挙の立候補者が落選してしまったことです。やせて体力がなかったせいか、声も出せず、すぐにばててしまって。役に立てませんでした。そしてその人は次点で落選。もちろん、私が頑張れなかったこととは関係ないのでしょうが、妙に責任と無力さを感じてしまって。袋に何枚も入った大きなのりを全部食べたり、コーンフレークを1箱一気に平らげたりしました。

その後も、過食はひどくなり、研究のストレスや、卒業後の進路がまだ決まってないことによる焦りから、例えば、コンビニで菓子パン10個ぐらい買ってきて一度に食べては吐いたり、ご飯を炊いて、釜のまま手で取って食べたりしました。食べても吐けばいいという気持ちがありました。体はむくみ、目は内出血して、研究室でも心配されました。卒業するころには、体重は67キロになっていました。


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金子さんがまとめた自身の体重増減表


●摂食障害と診断

卒業後は群馬に戻って地元の大学院に進みました。入学したときの健康診断で、大学病院の精神科を受診するよう医師から勧められました。そこで摂食障害だと診断されたんです。

正直、ほっとしたんです。ああ、これは病気なんだとわかって。抗うつ薬と気分安定薬を服用しながら、週1回精神科に通いました。当時は太っていた自分が醜いと思っていて、再びダイエットを始めました。お医者さんは止めず、体重については特に言いませんでした。私が「太っていて醜いから死にたい」と言っていたので、とりあえず死ぬことを避けるのが先決だと思ったんでしょう。

半年後、体重は47キロまで減りましたが、年明けには62キロに増えました。その後も体重の増減は続いたのですが、このころからその幅は小さくなっていきました。色々と理由はあるのですが、まず、精神的に楽になった部分があります。心配してくれた親友に誘われて少しずつ「社会」に出るようになり、女性たちで料理をつくる集まりなどに参加するようになりました。そこで出会った人たちは初対面で、体重の増減があった「過去の自分」を出す必要がなく、太った体形の自分を受け入れてくれました。内定をもらったことも大きかったです。

●今なお続く闘病

今から振り返れば、体重と体形はうそをつかないというところがかえって問題だと思うんです。努力すれば必ずやせるから、どんどん深みにはまってしまう。世の中の男性たちもきれいな人、かわいい人、細い人が好きでしょう。そして私自身、きれいになりたいと思う気持ちはうそではないんです。「負け組」はいや。どうせ生きるなら「勝ち組」になりたい。努力する自分もかっこいい。正直な気持ちです。

太りやすいのは自分の体質なんだって、自分自身受け入れられるようになってきました。でも、やっぱりやせたいという思いはあります。特に自分に自信がなくなったとき、やせたくなります。だから、私の場合、いまだに摂食障害は治っていません。

健康を害してまでダイエットするのはおかしいけど、美しくなりたいとか、そのためにやせたいとかいう思いは決して否定されるべきものではないと思います。今の体形のままでいいんだと、何か無理やりポジティブになるのもある意味、不健康なんじゃないでしょうか。あくまで自然体でいいと思うんです。

私は今、自分の経験を踏まえて、食の大切さを子どもたちに訴える活動をしています。そのとき、私のダイエットの「ビフォー・アフター」の写真を見せるんです。同伴のお母さんたちもびっくりします。はじめて本当に「食べることは生きること」というのを感じることができるのではと思っています。美意識や栄養、食の安全など、情報が色々あって難しいのですが、とにかく食の大切さを伝えていけたらと思っています。


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