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ワンオペ育児からチーム育児へ。長時間労働を見直す本当の意味 東大・中原淳さんと考える

2017年06月02日 22時00分 JST | 更新 2017年06月04日 20時11分 JST

共働き、共育ての社会を実現していくために、まず重要なのが「長時間労働の是正」だ。けれども人手不足が深刻化していく中で、労働時間の短縮に及び腰な企業は少なくない。

だが東京大学大学総合教育研究センターの中原淳・准教授と、働き方改革実現会議有識者議員・少子化ジャーナリストの白河桃子さんは「今こそ国が変わるチャンス」「潮目が来ている」と力強く口を揃える。

長時間労働をなくし、若い世代が未来に希望を持つ、子育て夫婦が育児をしやすい社会に変わっていくために、企業や国は今何をどうすべきか? ふたりの対話から「働きかた改革」のヒントを探る。

(左)東京大学大学総合教育研究センターの中原淳准教授 (右)作家・少子化ジャーナリストの白河桃子さん

潮目が変わったのは、電通の過労自殺事件

白河:先日、新聞社のトップが集まる場で働き方改革について講演させていただいたのですが、皆さんすごく暗いんです。「国が言うから長時間労働是正をやらなきゃいけない」という感じで。それで私がふと「新聞って毎日出さなきゃいけないものですかね?」と発言したら最初はシーンとなって、その後笑いが起き、議論も活発になりました。

大ひんしゅくかと思ったら、後から「いや、明治時代は2日に1回だったんだよ」などと、いろいろな経営者からご意見をいただけました。そういう発想の転換が必要な時期じゃないかな、とは思います。

女性だけに偏った、ケアの加重労働を見直して家庭の形も変わらなきゃいけないし、企業の在り方も変わらないといけない。そういう2つの潮目がちょうどいいタイミングで来ている気はしますね。

中原:潮目が変わったのは、電通の過労自殺事件がきっかけだったと僕は思っています。あの事件は、新入社員が亡くなるという悲劇であり、絶対にあってはならないことでした。

あの事件がきっかけで、経営者側もようやく重い腰を上げざるを得なくなった。さらに最近では、「長時間労働がない」「育児をしやすい会社」ということが、人手不足が続く中での企業のブランディングにも繋がってきている。

企業が変わるときは、やはり自組織にデメリットを感じたとき、それによって脅かされたとき。そして、明確なメリットを感じたときです。戦後、長時間労働の問題は、何度かやり玉にあがってきましたが、ほとんど労働時間は変化していません。この問題は、今をきっかけに変わらなくてはならない、と思います。

白河:『育児は仕事の役に立つ 「ワンオペ育児」から「チーム育児」へ』の中でも「長時間労働の是正は日本企業が取り組むべき一丁目一番地の課題」と書かれていましたね。私もこの問題に関してはずっと取材を重ねていますが、経営者は経営者に説得されて動く、ということはすごく感じますね。

「売上が落ちるかと思うと俺の代では(労働時間の短縮は)怖くてできない」という経営者もいるんですよ。でも皆さん、政府が法改正を決めたことでかなり意識はしている。

「働き方改革実現会議」委員を務めるなど、長時間労働問題にも詳しい白河さん

「残業削減」っていうからダメ。「会社の魅力化」と言い換えればいい。

中原:ただし、企業側に伝えるときは「業績は落ちないし、会社のためになりますよ」ということをセットで確約した改革案を持っていかないと、耳を塞がれるだけですよね。

白河:育児期の社員が育児に参加しつつ仕事をすることが、いかに会社にとってプラスになるか、ということですよね。

中原:「残業削減」っていうとダメなことが多いんです。「会社の魅力化」と言い換えればいい。

白河:確かに! 魅力ある会社にしましょう、ってことですよね。

中原:そうです。魅力ある会社にしましょう、そのためには残業を減らして生産性を上げましょう、ということなので、「魅力化プロジェクト」といえばいい。それが人出不足の解消にもつながるんです。

白河:そうやってワークライフバランスを保ちながら生産性を上げられる会社なら、魅力的だから優秀な学生もたくさん集まりますものね。

中原:長時間労働の抑制とは、いわゆる「一次成果」なんです。大事なのはその先にある「二次成果」です。

「一次成果」として「長時間労働が抑制されること」で、二次成果として、子どもと向き合う時間が増えたり、採用がよくなったりするのです。むしろ見るべきなのは「明るい世界」なのです。一次成果だけで話を終えちゃうから、世の中の雰囲気が、暗くなる。

白河:一次成果のことだけを思っていると、「法律ができたから国にやらされてる感」だけが強くなってしまう。そうではなくて、働き方を根本から見直すことのメリットを実感してもらうことができれば、かなりやる気になってくれる企業は増えていくでしょうね。「魅力化プロジェクト」ってつまりは「再ブランディング」ですものね。

未曾有の少子化は、変化のチャンス。これからはみんな「訳あり」で働く時代になる、と話す中原さん

少子化は、この国を変える、世直しのチャンス

中原:今は先進国で未曾有の少子化が進んでいますよね。これってチャンスだと思いますよ。この国を変える、「世直し」のチャンスが今まさに来ている。

アルバイトやパートの労働環境にしてもそうだし、働き方を見直して変えていかないと、と思うところまで国も企業も来ている。人手不足が深刻化する中、そういう視点でやっていかないと優秀な人を採用できませんから。

白河:会社はお父さんたちを早く家に帰らせてあげないと。夫が長時間労働でワンオペ育児をしている母親たちに話を聞くと「家事や育児を分担してほしいけど、夜中に帰ってくる夫がかわいそうで言えない」って皆さん言うんですね。

でも、「私が疲れて寝落ちして夕食の食器をそのままにしているときは、ちょっと洗ってくれてもいいのに、とも思う」とも言っていて。そこを洗ってくれないのは、男性側に「皿洗いは自分の役割じゃない」という強固のバイアスがあるんだろうな、と思います。

「訳あり」前提で社員を個別にマネジメントする時代へ

中原:これからは子育ても介護も含めて、一言でいうとみんな「訳あり」になっていくんですよ。「ちょっと親の介護で抜けます」「子供が熱出したので早退します」という「訳ありピーポー」は確実に増えていく。

そういう人がチームに1人、2人出たときに、それでも職場を回せるような仕組みを作っていかないといけない。職場は「訳あり社員」であふれることを前提にして、制度を組み立て、マネジメントしなきゃいけない時代になります。

白河:「訳あり」の人はもちろんですが、独身の人だってすべての時間を会社に捧げられるのかというと、そうじゃないわけで。子育て期の人と介護の人だけを優遇すると、独身者の反乱が起きますよね。

中原:おっしゃるとおりです。「訳ありの人々を支えてくれる人」を公正に、かつ、個別に評価することも行っていかなくてはなりません。

白河:ちなみに、労働時間が短くなると、お給料が下がりますよね? 今まで無制限に残業をしていた独身の人なら、一日あたり3時間分くらい残業代が毎月なくなるわけですから。

中原:そこは今までの「残業代までが給与」という考え方をやめなきゃいけないです。給与制度も見直しが必要です。

白河:ただ、現状は残業代込みで設計されている給与のほうが多いですよね。30時間くらい残業しないと生活が成り立たない、と思っている人は実際多いと思います。だから働き方改革もそこに手を付けていかないといけないのでは。

それなのに、評価と報酬をいじるのは最後になっている。残業代を賞与に換算するとか、生産性の高いチームにランクごとにボーナスを与えるという風にしていくべきではないでしょうか。

中原:おっしゃる通りです。そういったパフォーマンスをあげた人にちゃんと賃金を払っていくことが、この先は原則になっていくと思いますよ。結局は「人事の個別管理」という問題になるんです。

今までは同じ年度入社の人たちをざくっと一律に給与設計していたけれど、これからはそれぞれの人の事情に応じて給与を変えていかなければならない。しかも納得感を持たせて。これって結構大変なことですよ。能力や働き方が個別で問われる社会になってくるということですから。皆、うかうかしていられません。

「経営者の意識も変わりつつある」と話す白河さん、「日本の未来の為に、本当に改革が必要な層へ手厚い投資を」と警鐘を鳴らす中原さん

都市部と地方、「常識」が変わってきている

中原:大人の長時間労働と性別役割分業。実はこの2つはここ30~40年のあいだに社会階層によってかなり分断されてきているのです。

つまり、性別役割分担を見直し「共働き、共育て」にシフトする層と、「男は仕事、女は家庭」が常識な社会階層が分断されてきているということです。

白河:どの社会階層にいるかによって、「常識」が違ってくるということですね。分断というと、高齢者と若年層の分断も気になりますね。

中原:おっしゃるとおりですね。今、この社会で起こっているのは「シルバー民主主義」です。選挙にいく高齢者と、いけない・行かない若年層で、政治家は選挙にいく層に魅力的な政策を打ち立てます。結果、若い世代に資源分配されなくなっている。

今の若い世代には、選挙にいくことの意味をもう一度教育で訴えかけるとともに、投資が必要です。若い世代への投資は、「やりすぎじゃないの?」というくらい投資しない、ちょうどにはならないと思います。

(取材・文:阿部花恵