「育児は仕事の役に立つ」は本当か? 「チーム育児」の効果、東大の中原淳研究室が調べてみた

夫婦、家族もいってみれば組織です。

「育児は仕事の役に立つ」と聞いて、あなたは何を感じるだろうか。

「仕事の役に立つのは業務だけでしょ」と一刀両断する人、「仕事のために育児してるわけじゃない」と反発する人、「実はそう思ってた!」と頷く人、「育児は仕事の妨げになるから」と出産をためらっている人......さまざまな反応があるはずだ。

育児は仕事の役に立つ 「ワンオペ育児」から「チーム育児」へ』(浜屋祐子、中原淳/光文社新書)は人材開発・リーダーシップ開発を専門とする東大研究室の指導教員と院生が、夫婦が共に取り組む「チーム育児」が仕事に与えるよい影響について解説した一冊だ。筆頭著者である浜屋祐子氏の東京大学大学院の修士論文をベースにしながら、元学生と指導教員が、広くゆるく育児・仕事の両立の問題を対話している。対話を続けるなかで、立場が逆転していくところも非常に興味深い。

働く母親は増えている。18歳未満の子どもがいる人のうち仕事をしている人の割合が過去最高の68.1%(厚労省 2015年「国民生活調査」より)に達した今、チーム育児こそ時代の趨勢になっていくことは確実だ。

では、実際に「夫婦を中心とするチームで育児をする経験」は、仕事にどのようないい影響をもたらすのか? 共著者のひとりである東京大学大学総合教育研究センターの中原淳・准教授と、働き方改革実現会議有識者議員、少子化ジャーナリストの白河桃子さんの対話から、「チーム育児」の効果を検証してみよう。

写真01:(左)作家・少子化ジャーナリストの白河桃子さん (右)東京大学大学総合教育研究センターの中原淳准教授 (c)Kumi Hatano

「育児は仕事の役に立つ」という言葉は、誰からも攻撃されやすい

白河:『育児は仕事の役に立つ 「ワンオペ育児」から「チーム育児」へ』は子育て中のパパやママが薄々感じていたこと、証明してほしいと思っていたことの決定版がついに出た、と感じました。

子育て経験は実は仕事にも活きてくるし、夫婦で協力しながら子育てすることで家庭というチームも強くなるよ、ということが学術的なエビデンスに基いてしっかり論じられている。「共働き」の「共育て」、少子化解消の道は、私もこれしかないと思っています。

中原:本書のもとになっているのは筆頭著者である浜屋祐子さんの修士論文です。そういっていただけると彼女も大変喜ぶでしょう。また元指導教員としてもうれしいことです。彼女が社会人大学院生として3年前に僕の研究室に入ってきて「育児経験がビジネスパーソンの仕事上、どのようなポジティブな影響をもたらすのか研究したい」と言ったときは「すごく難しい研究だろうな」とは感じたんですね。この問題は、保育学とか、人材マネジメントとか、さまざまな学問のちょうど「境界」に属する問題だからです。

白河:さらに夫婦の問題だったら家族社会学とか出てきますもんね。

中原:そう。いろんな学問のちょうど中間点にあるテーマなんですね。だからこそなかなかしんどいだろうな、と思っていた。さらに「育児がいかに仕事にネガティブな影響を持っているか」という伝統的な価値観がいまだ根強い社会の中で、「仕事の役に立つんです」と言うのは勇気がいることでもありますよね。彼女は、そこをしっかりと論証してくれました。非常にうれしいことです。

白河:でも、この問題、子育て経験者は「育児は仕事に役立つ」事実に薄々気づいていますよね。本書を書くに当たり、苦労なさったことはありますか。

中原:浜屋さんの実証研究にもとづき、堅牢なロジックと論証をすることですね。「育児は仕事の役に立つ」というワンワードって、誰からも攻撃されやすい一言なんですよ。育児している人からすると「育児は仕事のためにするんじゃない!」となる。仕事している人からすれば「仕事の役に立つのは業務経験であって育児ではない」となる。なるべく誤解を避けるように丁寧に論証を組み立て、記述しているつもりです。

白河:ああ、確かに。既存の学問領域のあいだに踏み込む研究ってチャレンジングですよね。でも、仕事も育児も、ひとりの人間の人生の上に起こりうることだからバラバラなわけがない、と思っても学問として研究するのは難しい。

中原:いろいろな学問から、ちょっとずつ、浮いてしまうんですね。そのバランスをうまくとりながら実証的に論じていってほしい、というのが指導教員としての思いでした。浜屋さんは、それに果敢にチャレンジなさったと思います。

白河:それは本を読んで深く感じました。

中原:それから僕は今回、初めて育児系の本を書かせてもらったんですけれども、育児についてものを言うと、必ず誰かが「しらける」構造になっているんですよ。この構造には、かなり目配りをしたつもりです。

白河:わかります。子育てしながら働いている人以外はしらける、ってところはありますよね。あとは「育児と仕事を一緒にするな!」と怒る人もいるでしょうし。

中原:育児をやっていない50代男性は、この本のタイトルにしらけるでしょうし、反発するかもしれない。しかし、わたしたちの武器は「学問」です。言うべきことはいう。はっきり、きっちり論証する。しかし、この分野で数多く生じている、「過剰な分断」や「無意味なハレーション」や「誤解による炎上」が起きないように、慎重に書いている部分はあります。そのバランスが難しいですね。

白河:中原先生もお子さんがいらっしゃいますよね。今、おいくつですか? やっぱりご自身がチーム育児を実感していないと、本書のテーマを出されてもあまり響かなかったのでは?

中原:子どもは今、10歳と3歳です。わたしの子育ては不十分なところだらけですが、本書のテーマは、やはり、その経験からピンとくるところはあるでしょうね。

「チーム育児」が仕事に役立つことを数字で実証できたことの意義は大きいと語る中原さん (c)Kumi Hatano

早い段階から夫婦というチームで育児を動き出したほうがいい

白河:本書が主張するところのポイントについて整理させてください。女性だけで育児を抱え込む、いわゆる「ワンオペ育児」ではなくて、夫婦がチームとして育児を担うことの重要性はどんなところにあるのでしょう。

中原:「チームで育児をする」というのは、まさにリーダーシップ現象そのものなのです。リーダーシップ現象とは、目標があり、そこへ向かうためにメンバー間で協力したりやりとりしたりすることをいいます。チーム育児はこのリーダーシップ現象が家庭内で生じている状態なんですよ。家庭でリーダーシップをおこせる人が、仕事でできないわけがない。我々の言葉でいうと、ある状況での行動が、他の状況によい影響を与えることを「ポジティブスピルオーバー」といいます。要するに「チーム育児」は「職場での仕事」にポジティブスピルオーバーをおこす、ということになりますね。子育てって、ある意味では期限付きのプロジェクトですから。そこに浜屋さんは注目なさったのですね。

白河:夫婦だけでなく夫婦を中心として育児を支えるメンバーを「チーム」として捉えるんですね。そのやり取りの中でリーダーシップや他人を巻き込む力が必然的に身についていくる、ということでしょうか。

中原:夫婦のスケジュールのすり合わせはもちろんですが、お互いの家事・育児の分担を見直すとなると相談する必要もある。そもそも「育児」=「子どものお世話」だけじゃないんですよ。保育園へ通わせる場合はどこにするか選定しなきゃいけないし、入園後も先生たちとコミュニケーションをとったり、園の行事に行ったりしないといけませんよね。つまり、育児に関わるメンバーや施設とのやり取り、調整、コミュニケーションといった「体制づくり」も育児の一環だというのが浜屋さんの独自の視点です。

白河:夫婦、家族もいってみれば組織ですからね。

中原:そう。夫婦といえども所詮他人です。だから、感じてもらう、とか。わかっていてくれるはず、とかは、難しいのです。目的なんて言葉にしないと絶対に伝わりませんよ。目標を共有して、何をどういう風に分担していくのかを言挙げしていく。それが「チーム育児」です。これができるようになったら、当たり前ですけど職場に行っても人やモノを動かすことができるようになるんですよ。

白河:本書では、次の5つの仕事上の能力向上にもチーム育児の経験が「効く」ことがデータで明らかになりました。

・業務能力向上(仕事のコツやノウハウをつかみ、自分で業務を進められるようになること)

・他部門理解促進(他部門の業務や立場を踏まえた上で仕事を進められるようになること)

・部門間調整能力向上(部門をまたぎ他者と調整しながら仕事を進められるようになること)

・視野拡大(自身の仕事をより大きな立場や多様な観点から見つめられるようになること)

・タフネス向上(仕事上の葛藤やストレスに対処していけるようになること)

詳しくは本書で説明していますが、このことを数字できちんと実証したのが浜屋さんの研究の大事な部分だと思っています。

中原:おっしゃるとおりですね。

白河:いかに効率化していくか、ということが突き詰めていくと、必然的に能力も向上するんでしょうね。夫婦といえども他人、組織という考え方は、私はすごくいいと思うし、今の若い世代には響くと思います。私の周囲では「平成夫はうまく説得すれば変わるけれど、昭和夫は変わらない」ということをよく聞くんですけど、昭和生まれの世代の男性をチーム育児に引き入れるのは非常に難しいらしいんですね。

育児をしていく上で夫は頼りにならないから最初から除外してしまって、実母や病児保育の人などの家庭外メンバーでチームをがっつり回しているお母さんもいます。その体制が完全に出来上がってしまうと、もうあとから夫が入り込む余地がなくなってしまいます。

中原:このように育児から阻害されてしまうと、こんどは、家庭に居場所がなくなります。居場所のないところには帰りたくなくなる。これは仮説にすぎませんが、長時間労働が日本に蔓延する理由のひとつは、育児や家事に参加しなかったため、夫の居場所や役割が家庭にないためだと思います。だから鉄は熱いうちに打てじゃないですけど、やっぱり早い段階から夫婦というチームで育児を動き出したほうがいいんですよ。

白河:サザエさん的な家庭観はもう昔のもので、君らが将来築く家庭はこういう風に共働きになるよ、という例を小学生のうちから見せておいたほうがいいと思いますね。そうしたらその世代にとってはそっちが当たり前になりますから。

「共働き」の「共育て」こそが少子化解消の道で、これからのスタンダードになると断言する白河さん (c)Kumi Hatano

世の中は合理的な方向へと変化し続けていく

白河:これからは共働き、共育てが確実にスタンダードになっていきますからね。前田正子先生(甲南大学)の著書「大卒無業女性の憂鬱」の中にあった調査では「お金の心配がないから今後も働くつもりはない」と応えている主婦は2.7%しかいないんですよ。

つまりほぼ無理ってことなんですけど、なぜか「自分は養ってくれる男性と結婚できる」と思い込んでいる女性は結構多くて。でも働き方改革のように、ついに、残業上限などで男性の働き方に社会が手を付けようとしている。だから女性も今までと同じように「男は仕事」という性別役割分業を男性に求めないほうがいいと思います。

中原:今の働き方や性別役割分業っていうのは、たまたま今ここにあるだけであって、歴史的に見るとずいぶん変わってきているんですね。今あるものが未来永劫続くわけがない。少し前だったら「男が働いて女が専業主婦」というのがある意味で合理的な生き方だったんですよ。でも、それが社会の変化に応じて変わりつつある。もちろん、最終的な生き方の決断は、個人にありますので、他人がとやかくいうことではありません。

白河:女性がパートでは世帯収入が伸びないし、片働きはこの仕事の不安な時代、リスクも高いし、いろいろな問題がある。だから変わらなきゃいけない。

中原:世の中は合理的な方向へ、より合理的な方向へと動いていきますから。共働き子育てをいかに乗り切るか。そのための「地図」みたいなものは、この本の中で書けたとは思っています。

中原淳(なかはら・じゅん)

東京大学大学総合教育研究センター准教授。1975年、北海道生まれ。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・リーダーシップ開発について研究。著書に『経営学習論』(東京大学出版会)、『リフレクティブ・マネージャー』『会社の中はジレンマだらけ』(ともに共著、光文社新書)など多数。

白河桃子(しらかわ・とうこ)

少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授。女性のライフデザイン、キャリア、男女共同参画、女性活躍推進、不妊治療、働き方改革、ダイバーシティなどをテーマに執筆、講演、テレビ出演など多数。2015年より「一億総活躍国民会議」、2016年より「働き方改革実現会議」の民間議員も務める。

(取材・文 阿部花恵