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100万人が集まる町へ 岩手県紫波町のオガールプロジェクトが「永遠に未完成」の理由

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オガールプロジェクト最後の施設オガールセンターにオープンしたパン屋、ザ・ベイカー | 猪谷千香
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何年も塩漬けにされ、「日本一高い雪捨場」と揶揄されていた駅前の町有地が今、年間100万人が訪れるエリアになろうとしている。公民連携によるまちづくり「オガールプロジェクト」を10年がかりで進めてきた岩手県紫波町。2017年4月に最後のエリアの整備が終了、その中核となる公民連携施設「オガールセンター」のグランドオープンを迎えた。

このエリアには保育園が開所。隣接するオガールセンターには、紫波町の「こどもセンター」や、小児科クリニック、病児保育施設、キッズ英会話教室が入居し、新たな町の子育て拠点として期待される。このほか、人気ベーカリー「メゾンカイザー」の起業家からアドバイスを得たパン屋や、アウトドアブランド「スノーピーク」などのショップもオープンした。

プロジェクトの本格始動から10年。これまでオガールプロジェクトでは、広場や図書館、役場庁舎、バレーボール専用体育館、ホテル、分譲住宅などを次々と整備してきた。オガールセンターの完成で、プロジェクトは一段落するが、「施設や町並みが完成しただけ」と、オガールプロジェクトの関係者たちは話す。全国から注目を集めるこの町で、何が起きているのか。この先には何があるのか。紫波町を訪ねた。

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オガールプロジェクト最後の大型施設、オガールセンター。

■4月18日、岩手日報に掲載された全面広告

2017年4月18日、地元紙「岩手日報」の朝刊に、全面広告が掲載された。紫波中央駅前に広がるオガールエリアの町並みを俯瞰した大きな写真の下には、こんな言葉が掲げられていた。

紫波町・オガールプロジェクト いよいよスタート

オガールプロジェクトの関係者たちは、この朝刊を感慨深く手に取ったに違いない。紫波町の人口は約3万3000人(2017年4月現在)。食糧自給率170%という農業が盛んな土地であり、盛岡市のベッドタウンとして発展してきた一方、高齢化や厳しい財政という課題も抱えていた。このまま何もしなければ、人口は3割以上減り、財政規模も大幅に縮減するという試算が出されていた。

そこで、紫波町が起死回生の策として仕掛けたのが、オガールプロジェクトである。1997年に取得したものの、開発する予算が確保できず、休眠していた紫波中央駅前の町有地10.7ヘクタールを舞台に、PPP(Public Private Partnership)と呼ばれる公民連携の手法で、町の財施負担を最小限にしながら、役場庁舎の移転や新図書館の建設などに取り組むというものだった。

藤原孝・前町長とともに、この計画を民間の立場からけん引してきたのが、岡崎正信さんだ。紫波町出身で、大学卒業後は地域振興整備公団(現・都市再生機構)や建設省(現・国土交通省)で都市開発のキャリアを積んでいた。地元へ戻った後は、「ただ公共事業を待つだけでは、仕事は来ない」と本格的なPPPの手法を町に提案、同時に自らも海外のPPP事例を大学院で研究した。

藤原前町長も2007年に「公民連携元年」を宣言し、町役場の関係部署に横串を刺す「公民連携室」を新設。新しいまちづくりをスタートさせた。しかし、その矢先、かつてない手法であるPPPを地元紙に「黒船」と書かれ、懐疑的な記事が掲載されてしまう。思わぬ反応に関係者は落胆したが、それでも町民の理解を少しずつ得ながら、着実に計画を進めた。

2012年には芝生の広場と図書館や産直マルシェなどが入った「オガールプラザ」がオープン。そのプロセスは従来の公共事業と大きく異なっていた。まず、入居する優良テナントを決めてから、建物の規模や建設費用を算出。建設費用のコストカットのため、特別目的会社がオガールプラザを約11億円で建設。その後、公共施設部分を紫波町に売却した。売却した費用以外は、東北銀行や政府系金融機関である一般財団法人民間都市開発推進機構(MINTO機構)などの融資で賄った。補助金に頼らないまちづくりは一躍、脚光を浴びた。

その2年後には、ホテルとバレーボール専用体育館が入った「オガールベース」、2015年には新しい役場庁舎も完成した。更地だった町有地に、広場と大型施設3棟が建ち並び、2016年度には94万人が訪問するエリアにまで成長。紫波の言葉で「成長する」という意味を持つ「おがる」という名前を冠したプロジェクトは、文字通り町として発展してきた。現在では、政府が進める「地方創生」の先駆例として、全国からの視察が引きも切らない。10年を経て、オガールプロジェクトを「黒船」と呼ぶ人は、もういなかった。

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オガールプロジェクトの象徴であるオガール広場。

■オガールプロジェクトを他の自治体に「暖簾分け」

そして、プロジェクト最後の大型施設としてグランドオープンしたのが、オガールセンターである。岡崎さんが社長を務める特別目的会社「オガールセンター」が中心となって整備を手がけた。

現地を訪れると、まずパンの良い香りが流れてくることに気づく。3月末に開店したばかりのパン屋「ザ・ベイカー」だ。ガラス張りの厨房からは、スタッフがきびきびとパンを焼く姿が見られ、カウンターには焼き立てのパンが並ぶ。朝7時から開店、近くの住民だけでなく、週末は市外からわざわざ買いに来る人も多い。

「紫波町産の小麦粉でつくったパンを、地元の高校を卒業したばかりの子が販売している。少し前の紫波町では考えられないことです」と岡崎さんは話す。人気ベーカリー「メゾンカイザー」を起業した、老舗・木村屋總本店の嫡男、木村周一郎さんをアドバイザーに、岡崎さん自らが出資して開店した。

「実はこのパン屋は、公務員が立ち上げているんです」と岡崎さん。オガールプロジェクトに倣おうと、紫波町には地方自治体からの視察が殺到しているが、表面だけ真似しても似て非なるものができるだけだという。そこで、岡崎さんは本気で学ぼうとする地方自治体の公務員を「暖簾分けプロジェクト」として、オガールプロジェクトを進めるPPPの会社に迎え入れた。実際に紫波町までやって来たのは2人。大阪府大東市と岩手県花巻市の女性職員だった。

「彼女たちにはスタッフの採用や研修など、資金調達以外はすべてやってもらいました」と岡崎さんは話す。2人は3月末までにそれぞれの自治体に戻ったが、公務員にとって店舗の立ち上げは、民間のファイナンスやスピード感を知る上で得難い経験だったに違いない。公民連携は、役場と民間が足並みをそろえて、同じ目標に向かって進まなければならないからだ。

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地元で人気のパン屋、ザ・ベイカー。紫波町産の小麦粉が使われている。

■オガールプロジェクトで町の地価が上がる

では、オガールプロジェクトの仕上げとなるオガールセンターの舞台裏はどうなっているのだろうか。総事業費の約3億円は、オガールプラザと同じファイナンスの手法で集められたが、今回はこれまで違ってスムーズだったという。

「オガールセンターには、MINTO機構が4000万円、東北銀行も2億1000万円を融資しています。オガールプラザの時は、利回りが16%以上、キャップレートが6.5%以上じゃないと金融機関から資金を調達できなかった。つまり、相当儲かるプロジェクトじゃないとお金を貸してもらえませんでした。銀行に信用されていなかった。ところが、今回のオガールセンターでは、キャップレートが3.0%を切りました。信用度が急激に上がったわけです。金利も借入期間も、前回よりも有利でした。テナントの家賃も2割上がっています」

その背景には、オガールエリアの集客力と売上、そして地価上昇という実績があった。全国の土地価格を調べられるサイト「土地代データ」によると、2014年から2015年にかけて岩手県の平均地価が0.47%下落する中、紫波町の地価は3.94%も上昇。県内第2位の地価上昇率となった。紫波中央駅周辺の地価をみると、2012年から4年連続で上昇が続いている。
 
地方自治法第2条14項の条文には、こう明記されている。「地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない」。岡崎さんは、「それこそ地方自治体の本分」と指摘する。果たして、どれだけの地方自治体がそれを実現できているのか。紫波町を訪ねると疑問がわいてくる。

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オガールプロジェクトの立役者、岡崎正信さん。

■建物が完成してからが「スタート」の理由

オガールセンターの開業をもって、オガールプロジェクトはひとまず、完成となる。しかし、ハコモノの完成をもって終わりではない。「これからがスタート」と関係者は異口同音に話す。岡崎さんにその理由を聞いた。

「オガールエリア全体では、今年度の交流人口は100万人を越える勢いですが、既存施設の来客数はキープの状態。施設やテナントによっては減っているところもあります。オガールに新しい建物ができました、でも人は減りました、では困ります。同じ形態のビジネスは5年が限度です。最初の施設であるオガールプラザも5年経ちますので、倒れる前にテコ入れをします。まだ体力があるうちに改革していくことが大事です。死者は蘇生できませんから」

誰も使わないハコモノとなる前に、より魅力的なコンテンツにリフレッシュする必要があるのだ。オガールセンターにパン屋やアウトドアショップを開店したことにも、そうしたねらいがある。

「ライフスタイルの創造です。紫波町は町の文脈を編集し直すリノベーションをやってきました。それは街並みだけじゃなくて、自分自身の生き方も含めて編集し直すという意味なんです」

これまでのまちづくりは、立派な建物や道路を整備することに終始し、そこでどのように人々が暮らすのかまで描けていなかった。一方、紫波町がオガールプロジェクトを進めるため、2009年に策定した「紫波町公民連携基本計画」では、こんな未来予想図を描いている。

「魅力的なブールバール(現オガール広場)のある街の朝は、一番乗りの店主が店を開けた瞬間から賑わいを見せる。足早に行き交う出勤途中の人々の中に、役場庁舎に向かう職員の姿がある。高齢者は早朝講座のために情報交流プラザ(現情報交流館)に集まって来ている。統一されたデザインの2列の事業棟の間に位置するブールバールを紫波中央駅前大通りに向かって歩いて行くと、住宅地の住民が通勤電車に乗る前に、駅前でカプチーノを買っている。通りの北側を見ると、高校生が始業に間に合うように学校へ急いでいる」

そこには、オガールプロジェクトが完成した未来における人々の姿が生き生きと活写されている。オガールセンターのパン屋で買ったパンを頬張りながら広場の芝生に座って眺めていれば、それが決して、絵空事だったわけではないことがよくわかる。

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オガールセンターにオープンしたアウトドアブランドのショップ。

■新市街地と旧市街地がともに発展するまちづくり

オガールプロジェクトを手がけて一躍、脚光を集める岡崎さんは今、他の地域からまちづくりの手助けをしてほしいと声がかかり、全国を飛び歩く日々が続いている。関わっているプロジェクトはざっと指折り数えただけで、7つはある。

「家には泊まりに帰るという感覚ですね。昨日、出張から戻ったら、まだ辛うじて自宅に自分の部屋はありました」と笑う。最近ではオガールプロジェクトを支える人たちも増え、紫波町で仕事をしようという若い世代が集まりつつある。

岡崎さんのオフィスにもこの春から、変わった経歴の新入社員が働き始めた。川端元子さん。前職は霞が関の国家公務員だ。4年間働いた総務省をあっさり辞めて、縁もゆかりもなかった紫波町に引っ越してきた。

「総務省時代、2年間佐賀県庁へ出向したあと、霞ヶ関に戻ったらやりたいことが見えなかった。入省時から持っていた、現場目線で地域の未来を作りたいという想いをぶつけられる環境を探していました」

もっと現場に寄り添った仕事をしたいと思っていた時、以前から関心を持っていたオガールプロジェクトに関する求人を目にし、思い切って飛び込んだという。現在はテナントとコミュニケーションをとりながら一緒に企画を考えるなど、実地でまちづくりに携わっている。

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総務省を辞めて、オガールプロジェクトに飛び込んだ川端元子さん。

こうした変化は、オガールエリアだけではない。オガールプロジェクトは紫波町全体をボトムアップしていくという目的がある。紫波町で以前より空洞化が課題となっていた既存市街地、日詰地区のリノベーションが今、同時並行で進められているのだ。

その一貫として、2016年9月に、「リノベーションスクール@紫波」が開催。参加者は日詰地区で空き店舗などの遊休不動産を踏査し、どのように活用するか具体的な事業プランを練った。そのひとりが、「はちすずめ菓子店」店主、阿部靜さんだ。保育園で調理師をしていた阿部さんは、食物アレルギーを持つ子どもが、楽しいはずのおやつの時間やお誕生日会に他の子どもたちを違うものを食べなければならず、つらい思いをしているのを見てきた。

そんな経験から、阿部さんは、卵や乳製品などの動物性の食材を使わない「Vegan(ヴィーガン)」のお菓子やキッシュをイベントなどで販売スタート。良質の小麦やリンゴが豊富な紫波町のリノベーションスクールに参加したことがきっかけとなり、日詰地区で美容室だった空き店舗を利用し、世界初の「ヴィーガンアップルパイ&キッシュ専門店」を5月に開店した。

「みんなが同じものを、一緒に楽しく食べられるように」という阿部さん。現在進行形のまちづくりがまた一歩、前へ進んだ。

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商店街の美容室だった店舗で、ヴィーガンのパイやキッシュを販売する「はちすずめ菓子店」を開いた阿部靜さん。

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