単純な作業をこつこつ続ける障害者たちと一緒にブドウ栽培「上下関係はない、みんな仲間」

「園生に『今日もありがとね』と言われると、『こっちがありがとうだよ』と新鮮な気持ちになります」
なかのかおり

栃木県足利市にある「ココ・ファーム・ワイナリー」(関連記事「慈善ではなく、おいしいから」障害者のワイナリー「ココ・ファーム」収穫祭を訪ねて)。ワイナリーに隣接する障害者施設「こころみ学園」の園生と様々な職種のスタッフが一緒に働いている。「能力を生かし、それが仕事になる」というのは、障害の有無にかかわらず幸せなことだ。働く姿を紹介する連載の2回目は、栽培スタッフの桒原一斗さん(36)と石井秀樹さん(33)に、ブドウ畑の四季について聞いた。

■ 消防署を辞め、転職・ボランティアから始める

ブドウ畑を飛び回るヴィンヤード・ディレクターの桒原一斗さん(36)。もともと体を動かすのが好きで、高校を卒業後、地元の消防署に入った。消防署で働いていた19歳の時。市役所で、学園の園長だった川田昇さんの講演を聞いて興味を持つ。「急な斜面を切り開いて畑を作った歴史や、施設への考えを聞いて、ひかれました。『お母さんは赤ちゃんが泣いたら何か与えようとするけれど、抱きしめてあげるのが大事。知的な障害がある人に対しても同じ』という話でした」

桒原一斗さん

ココに行ってみたくなった。さっそく「ボランティアさせてください」と電話して訪ねた。学園で栽培しているシイタケの原木運びや、ブドウの手入れなどをした。外の作業は楽しいし、園生の表情にも活気があり、ここで働きたいと思った。家族や友人には反対された。「安定した公務員をやめることはないのに」と。

それでも転職して、ブドウ栽培の仕事に携わるようになった。気候や土壌が味になるワインを、飲んでみて知った。畑の作業は先輩に教えてもらったが、最初は失敗だらけ。園生をサポートしながら、一緒に覚えた。ある時、病気かと思って、園生に声をかけて摘み取ってしまったブドウが、実は残したほうがいいものだった。自分がワインの質を下げてしまったと落ち込んだ。1年を過ごすと、少しずつ働き方がわかってきた。

■ 生きがい持ち働けるよう改良・ブドウに合わせ途切れない仕事

1日の流れはこんな感じだ。

朝は学園の会議に出る。園生の1日の過ごし方を話し、不安定な人がいれば注意して見守るようにする。8時半、園生と外に出て、声をかけて作業を分担。「上下関係はなく、仲間です。自分よりキャリアが長い園生もいますし、ずっと一緒にやっていますから」。12時から、園生はお弁当を食べ、桒原さんも休憩しながら事務処理をする。作業は夕方5時ごろまで続く。

1年を通して、姿を変えていくブドウ畑。季節ごとの仕事について聞いた。

1月から2月は、葉も落ちて静かなブドウ畑で、剪定したり支柱を整備したり。「冬はブドウが『寝ている』ので急がないけれど、来年はこうしようと考えるのは張り合いがあります」。今年は畑の改良中で、測量や作業を園生とした。「畑の斜面が38度と急なので、膝が痛い人もいるし、お尻をつきながら降りるのが大変。高齢で足が悪くても畑に入れるように、斜面を削って段々畑の仕立てにして、千本の柱を打つ予定です」。平らなところを増やして、それまで参加できなかった園生も含め、生きがいを持って作業できるようにしたいという。

剪定後は枝拾い、畑の整備や挿し木の準備など、仕事が途切れる季節はない。ファーム内の畑は約5ヘクタール。4月には新しい苗木を植え、5月にブドウの花が咲き始める。「ブドウに合わせて作業します。一番忙しいのはゴールデンウィーク明けから収穫まで。4月下旬に芽が出て、余分な枝をとります。6月に開花し、小さい実がついたら、枝をぶらんと下げるポジショニング作業をみんなでやります」

●単純な作業もこつこつと・風に吹かれる係? カラス番は大活躍

7月は、多くできた房を摘み取る。捨ててしまうわけではなく、青い実は酢やジャムになる。並行して雨よけや日よけのため、ブドウに傘かけをする。単純な作業だが、園生はこつこつと取り組む。8月には仕込みの準備を始めつつ、ブドウを守る鳥よけ係の園生が大活躍だ。もう何十年とやっていて、カラス番に誇りややりがい、責任を持っている。11月上旬まで、太陽が昇る前から夕方までお弁当持参で、カラスが来たら缶を鳴らして追い払うという。

以前、畑に座っているだけで「風に吹かれる係」と言われた園生がいた。ある年、カラスに食べられて全滅した畑もあったのに、その園生がいる畑が無事だった。何もしていないようで、カラスが来ると「ブドウ食うなよ」と威嚇していたらしい。

お盆過ぎに収穫が始まり、園生と丁寧に摘み取る。ここで病気が出てくると大変。病気が広がらないように摘み取るのも大事だが、いいワインのためには完熟まで待たなければならないため、見極めるタイミングが難しい。搾ったジュースの味をみたり、皮を食べてみたり。糖度のデータを取り、種を見る。「畑から教えてもらい、次にどうしようか考える。その繰り返しで、これは完熟したとわかるようになりました」

醸造スタッフにブドウを届け、10月はワインの香りが漂ってくる。11月には新酒を発売。3週目の土日には、全国からお客さんが集まる収穫祭がある。この準備も畑の仕事だ。「収穫まではブドウを思う。収穫祭の前は、お客様を思ってどうしたら喜んでもらえるか考えて準備します。畑が会場になるので、ネットを外し、ワイヤーの危ないところをテープで巻いて。収穫祭が終わったらまたブドウのことを考えます」。年末は、醗酵が終わったワインを樽で寝かせ、畑では来年に向けて剪定も始まる。

■ ブドウ畑の頂上がパワースポット・園生に励まされ「天職」

自然に左右されるブドウ栽培。ココは除草剤を使わないので、刈らなければいけない草花も出てくる。虫も鳥も来る。作業が休みの日はあまりない。「ブドウが病気になったらどうしようとプレッシャーはある。毎朝、7時半ごろに来て、畑のてっぺんに立つと元気が出ます。『行けるべ』って思う。自分にとってパワースポットで、休みの日や年末年始も見に来てしまいます」と桒原さん。

ブドウの半分が病気になったら、半分しか収穫できない。1人ではプレッシャーに押しつぶされてしまうが、園生の頑張りに励まされる。病気の実を取り除くとき、園生に「食べたくない実を取って」と頼むと、目の前のことを一生懸命やってくれる。収穫祭の時は、園生も喜んでいる。「みんなのおかげでブドウがとれたよ」と言うと、話がうまくできない人もわかっている。

桒原さんがココに勤めて13年。辞めたいと思ったことはない。「消防署の仕事もやりがいがありましたが、待機よりもずっと動いているのが好き。ブドウ栽培は、一生続けたい、天職だと思います。この仕事は完成形がない。いつも、病気を少なくするのにこういう技が使えるなと考えている。やることがあるって楽しい」

■ 忙しい仕事から転身・みんなと年を取りながら根っこを

栽培スタッフの石井秀樹さん(33)は大学生のころ、ホテルのアルバイトをして、ワインに興味を持つようになった。卒業後は、ゲストハウスウエディングの仕事を3年間。自ら計画して実際のサービスまですべてやれるのが魅力だったが、長く続ける仕事ではないと思った。

石井秀樹さん

転職活動をする中で、ココを知った。ワインを造ってみたかったが、他の業種を紹介された。迷いもあったものの働いてみることに。身の回りの荷物を車に積みこんで、足利へ。担当になったのは栽培の仕事。きついという感覚はなかった。園生と過ごしているうち迷いがなくなり、「みんなと年を取りながら、ブドウの成長を見守りたい。縁あって来た足利に根っこを張りたい」と思った。今は結婚して幼い子供がいる。

「職場の仲間に知的な障害があるという戸惑いはなく、園生と一緒にいるのが好きです。みんなもこつこつやっているから、自分がさぼるわけにいかない。風が強い日も雨の日も、畑の仕事をする。園生に『今日もありがとね』と言われると、『こっちがありがとうだよ』と新鮮な気持ちになります」(石井さん)

2014年にはワインの専門家であるソムリエの資格を取った。知識を栽培に生かしたい。今はファーム内で10品種以上のブドウを栽培していて、さらにここでしかできない品種を見つけたいと挑戦している。

【ココ・ファーム・ワイナリー】

1950年代、地元の教師だった川田昇さんが、知的障害がある生徒と一緒に山の急斜面を開墾し、ブドウ栽培を始めた。69年、障害者の施設「こころみ学園」ができる。現在は入所を中心に18歳~90代のおよそ150人がいる。「園生が楽しく働ける場を」と、80年に保護者の出資でワイナリーを設立。約20種、年間20万本のワインを製造。ワイナリーが学園からブドウを購入し、醸造の作業を学園に業務委託する。ワイナリーのスタッフは30人。

なかのかおり ジャーナリスト Twitter @kaoritanuki

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