池上彰氏「世界の右傾化と、日本の右傾化は違う」 増田ユリヤ氏と語る

イギリスのEU離脱、トランプ政権の誕生から続く世界の大混乱、そして右傾化の流れはをどう見ていけばいいのか——。ハフポスト日本版はジャーナリストの池上彰さんと増田ユリヤさんに聞いた。

池上彰さん(左)と増田ユリヤさん=いずれも東京都新宿区
池上彰さん(左)と増田ユリヤさん=いずれも東京都新宿区

イギリスのEU離脱、トランプ政権の誕生から続く世界の大混乱、そして右傾化の流れをどう見ていけばいいのか——。ハフポスト日本版は『なぜ、世界は”右傾化”するのか?』(ポプラ新書)を6月に出版したジャーナリストの池上彰さんと増田ユリヤさんにインタビュー。池上さんは「日本は、実は海外からはすごく右傾化した国だって見られているんじゃないか」と懸念を示した。

また、この本で現場からのリポートを担当した増田さんは「日本人は政府の言ったことをそのまま聞いていけばばいいんだ、というような受け身の姿勢になりがち」と語った。話は6月23日告示の東京都議選に及び、池上さんは「小池百合子知事は、フランスのマクロン新党の動きを自身が率いる『都民ファースト』になぞらえたいのではないか」と指摘した。

▪️池上さん「フランスの選挙結果は、右傾化に歯止めがかかったということ」

———まず、この本で「右傾化」をテーマにしたきっかけはなんですか。

池上さん(以下、池上):2016年のアメリカ大統領選がトランプ氏の勝利で終わった時、翌年にフランスやドイツなどヨーロッパで大きな選挙を控えて世界的に「一国主義」や「右傾化」が進む可能性も指摘され、どうなるのか取り上げないといけないと思いました。

———5月上旬にあったフランス大統領選では結局、右翼・国民戦線(FN)のルペン氏は当選しませんでしたが、右傾化とはどんな現状だと見ていますか

池上:右傾化といっても、まさにカギカッコ付きの右傾化なんです。「アメリカファースト」という言葉が大統領選の際にトランプ氏から出ました。そしてルペン氏は「フランスファースト」を訴えました。またイギリスは、2016年6月の国民投票でEU(欧州連合)から離脱することを決めました

ここでは、自分の国さえ良ければいい、あるいは移民・難民の流入を防ぐことが「右傾化」だと定義しました。フランスはルペン氏に勢いがありましたが、最後はマクロン氏がその流れを止めました。先日のフランス総選挙でもマクロン大統領の新党が圧勝し、右傾化を押し戻す動きが出ていると思っています。

増田さん(以下、増田):フランス大統領選では、第1回投票の結果、大政党の候補者2人が脱落し、ルペン氏とマクロン氏が決選投票に残りました。既存政治への対抗の結果であり、社会党のオランド政権はテロを防げず、経済でも雇用でも問題を何一つ解決しないまま終わってしまったと捉えられたのです。また、今回の大統領選で、中道右派の共和党から出馬したフィヨン氏はスキャンダルがたくさん出てきて、市民はそんなことはたくさんだと思ったわけです。

アメリカやイギリスの状況を見て、フランス市民が「私たちはああはならない」との思いを強くしたこともあります。そんな中、マクロン氏は、スタッフのほとんどが素人で、10万件を戸別訪問して市民の意見を吸い上げました。市民・国民の声を政治に反映することを貫いたから勝ち残ったように思います。それまでは、そこが欠けていたということです。

池上:既成の政治に欠けていることへの反発ですね。アメリカだとヒラリー氏が既成の政治家で、それへの反発で既成の政治家でないサンダーズ氏やトランプ氏が支持を集めました。フランスは、それが共和党と社会党という既成政党に対する「ノン」との結果になったということですね。

———一時は世界的な右傾化が懸念されましたが、右に突っ走る状況ではないですね。

池上:明らかに違いますね。マクロン氏はEUをしっかり守ると主張しています。イギリスのEU離脱が決まった時はどうなるかと思いましたが、その点でも歯止めがかかったということですよね。

増田:マクロン氏の支援者たちの集まりでは、みんな「EUから出るなんてとんでもない」と言いました。特に女性からの声として多かったんですが、EUというグループがあったおかげで私たちの親の代と私たちは戦争をしないで済んだのよと。子供の代にもそれは続けていけないといけない、ここでEUを出るなんてとんでもないと。

つまり日本からは、どちらかというと経済からの見方をしますよね。そうじゃなくて、国際的な問題とか平和の問題とか、戦争の問題とか、そういうことが母親や子育てしている世代には特に響いたところがあったようです。

池上:日本にいると、EUは経済的な組織・同盟として関税や人と物の移動の自由の話だと思いがちですが、増田さんの今のお話を聞くと、そもそも欧州統合ってヨーロッパから戦争を無くそうという理想の元に始まり、みんながそう思っているんだなと感じました。

———イギリスでは先日の総選挙で与党・保守党が議席を減らしました。EU離脱はまずいという意識も高まったのでしょうか。

池上:まずいと気づいたというより、EU離脱の国民投票では「離脱することにはなりっこない」と投票しなかった人が多かったんです。今回、メイ首相への反発もあって特に若い人が投票したんじゃないかとされます。

▪️増田さん「オランダでは、市民それぞれが自分の意見を持って投票」

———フランス総選挙はマクロン氏の新党「共和国前進」の圧勝でした。

増田:しかし、大統領選では34パーセントの人がルペン氏もマクロン氏も選ばなかったんです。2人に失望している人たちの意見もうまく取り込めるかが大切です。どんな政策を立てて実行できるのかが重要で、今まではあまりに実現性が低かったので、そこを見ていきたいと人々は言っていました。

———増田さんは今回、各地を取材しました。特に印象深いことはなんですか。

増田:2015年秋にポーランドでは保守派の政権が成立し、右傾化だと言われました。例えば報道規制を打ち出し、とんでもないことになっていると日本では報道されました。しかし実際に訪れると、市民生活がすごく極端に変わったようなことはないんです。前の政権は8年間続いたんですが、それにちょっと飽きたとの面もあるようです。

ただしポーランドは1989年に社会主義から民主化する際に、キリスト教のカトリックの力を借りて成功させたので、その発言が強く影響している部分がありました。象徴的なのが、「妊娠中絶禁止法案」が可決されそうになったことでした。

これはカトリックの考え方に基づいたもので、例えば12歳の少女がレイプで妊娠したとしても子供を産まなければいけない状況に追い込まれるような法案でした。これは許せないと女性たちが立ち上がり、南部クラクフや首都ワルシャワなどで何万人もが集まって反対運動を起こしました。

さらにその動きはロンドンやベルリンなどヨーロッパの大都市に広まり、結局は廃案に追い込まれました。たとえ政府が極端な方向に走ろうとしても、民意によって覆されることもあるとの典型例を、たまたま取材に行った先で見ました。

また、オランダでは3月15日の総選挙の投開票を見ました。ウィルダース党首率いる自由党という非常に極右な政党が伸びるとの予想もありましたが、結果はそうでもありませんでした。投票日に投票場で取材すると、それぞれみんな自分の支持している政党があり、「私は教育が大事だと思うからここに入れた」とか「環境が大事だからここだ」とか、そういった自分の意見をしっかり持っていました。だから言われているほどには極端には振れないのかと感じました。

———アメリカはトランプ大統領が就任して、イスラム圏の国からの「入国禁止」政策を打ち出しました。翻って日本は、移民・難民についてどんな態度を示せばいいのでしょうか。

池上:世界が右傾化していると言いつつ、びっくりしたのはルペン氏の国民戦線の公約です。移民受け入れは1万人に制限すると言いました。一方の日本は、基本的に移民を受け入れていないんです。認定難民について16年は28人、15年は27人でしたが、ルペン氏の方がある意味、日本より国を開いているということです。

さらにフランスは、自国から生まれた者だけをフランス人とすべきだと主張しました。今は移民・難民でもフランスに来て子供を産めば、その子供は自動的にフランス人になれます。ルペン氏や国民戦線について右傾化・極右だと日本のメディアは言いますが、日本を目指しているのではないかとも指摘されます。日本は、実は海外からはすごく自国ファーストで右傾化した国だって見られているんじゃないかって思いました。

増田:私もフランスで取材をしていて、「日本はすごい愛国者がリーダーなんでしょ」とか、ともすると独裁者に近いようなことも言われました。また、「島国だからいいわよね、移民なんて来ないよね」ともしばしば言われました。

———日本は人口が減り、労働力も心配されている問題もあります。

池上:その一方で、日本は移民政策をきちんと打ち出さないですよね。そのくせに実は今、外国人労働者がたくさんいるでしょ。漁村に行けば漁師をやっているし、農村に行けば多くの中国人が働いています。日本の第一次産業は実は中国人やインドネシア人らに支えられているんです。そういうことをみんなが知らないまま、日本には表に出ない事実上の移民が入り込んでいます。

認定難民ではなく、いわゆる偽装難民、つまり日本で働くためにきている人も相当いるという現実はあるようです。入国したらとりあえずは受け入れ、6カ月経ったら働けます。それで、「あなたは難民ではありません」と言われたら、稼いだお金を持って帰っていくということを繰り返すしている人もいるようです。

▪️池上さん「フランス総選挙の結果を心強く思っているのは、実は小池知事ではないか」

———では日本は、右傾化していると言えるのでしょうか。

池上:世界の右傾化という概念と、日本の右傾化とは違うと思います。移民・難民を受け入れない、あるいはその国の国民から生まれた人しか国民として認めないということ自体が、実は世界から見るとすごく閉ざされた、いわゆる右翼的な国だと思われていることだと思います。我々の国の中での右傾化とは全然違う意味で世界の右傾化が起こっているじゃないかと思うんです。

増田:日本人が日本国民として非常に危機的だと感じているかどうかというところも、一つのポイントでしょう。例えば、日本人が危機的状況に追い込まれていたら政治ももっと変わるんじゃないかと考えたりもします。今はなんとなく安定しているから、なんとなく進んで行くのかと。それでも、東日本大震災が起きようと、安保法制で大騒ぎになろうとも、変わらずになんとかやっていく国民性もあるので、なんとも言い難いところではあります。

本当に民主主義なのかは疑問だと思います。政府の言ったことをそのまま聞いていけばいいんだ、というような受け身の姿勢に国民がなりがちだとも思うんです。フランスでは、自分たちがおかしいと思ったところは変える方向に動いているんです。そういう意味で、日本にはなにか閉塞感のようなものを感じます。

池上:なんとなく緩やかに衰退しつつあるというか、確かに安定しているんですけれど、安定していてなんとなくいいやって言っていると、客観的に見るとどんどん衰退が進むのかなと思っています。

———ところで、東京都議選が6月23日に公示されます。今の話とは直接は関係ないかもしれませんが、どう見ていますか。

池上:いや、関係ないことはないですよ。文科相が加計学園(をめぐる文書)について再調査すると突然言い出したのは、都議選が控えているからですよ。このままでは戦えないとの声が自民党東京都連から出たんでしょう。

増田:マクロン氏も、右・左という話じゃなかったです。右とか左っていう今までの観念を市民が求めていないんです。

池上:これまでの東京なら自民か民進かという選択肢、つまり右でも左でもなかったでしょ。そこが今回は両方とも苦戦するかもしれないと指摘されています。フランス総選挙の結果を心強く思っているのは、実は小池百合子都知事じゃないかと思うんです。これまで政治に関係なかった素人が次々に当選しました。「都民ファースト」も、この調子でいけるのではないかと思っていることでしょう。

増田:ドイツでは、メルケル首相の支持率が回復しています。難民はヨーロッパにとって大きな問題ですが、中でもドイツには2015年は109万人もの難民が流入し、それを受け入れるといったメルケル首相に対して反発の声も高まりました。しかし、滞在場所の確保から難民申請の手続きまで100パーセントとは言えないかもしれませんが、メルケル首相はやってのけました。

フランス人に言わせると「メルケルさんはすごい」そうです。フランスには、門を閉ざしてしまったイギリスに渡るチャンスを待っている難民が数多くいます。フランスで手続きをしたらイギリスに渡れなくなるため、収容施設にも行かず、林の中や高速の高架下などで野宿しているような状態です。

池上:ドイツは州ごとに難民の受け入れ人数を決めて、経済力と人口に合わせて各州に難民を割り当てています。そうすると、その州の企業までが「うちの空いている倉庫に入れましょう」と受け入れるようになる。これはすごいことです。

ドイツは将来、少子化で労働力が減ってくる時に、難民の子供たちが労働力になるんですよ。明らかにそこまで計算していますよね。

増田:きちっと対応することで、テロリストを生まないということです。その人たちを放ったらかしにしたら、どんな風に育つのか分からない。でも、きちっと育って国に帰れる状況になれば、国に帰ればいいということですね。

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『なぜ、世界は”右傾化”するのか?』(ポプラ新書)
『なぜ、世界は”右傾化”するのか?』(ポプラ新書)
池上 彰(いけがみ・あきら) 1950年、長野県松本市生まれ。慶応義塾大学卒業後、NHKに記者として入局。1994年から2005年まで「週刊こどもニュース」に、ニュースに詳しいお父さん役として出演。2005年に独立。2012年から16年まで東京工業大学教授。現在は名城大学教授。著書に『伝える力』(PHPビジネス新書)、『おとなの教養』(NHK出版新書)、など多数。

増田 ユリヤ(ますだ・ゆりや) 1964年、横浜市まれ。国学院大学卒業後、27年余りにわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務める。日本テレビ「世界一受けたい授業」にも出演。日本と世界の教育問題現場を幅広く取材・執筆している。主な著書に『新しい「教育格差」』(講談社現代新書)、『移民社会フランスで生きる子どもたち』(岩波書店)など。

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