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障害者が働くワイナリーの取締役はバイオリニスト「世の中に左右されず、純粋に生きている人たちに教えられる」

2017年07月10日 01時02分 JST | 更新 2017年09月05日 16時40分 JST

栃木県足利市にある「ココ・ファーム・ワイナリー」(関連記事「慈善ではなく、おいしいから」障害者のワイナリー「ココ・ファーム」収穫祭を訪ねて)。

ワイナリーに隣接する障害者施設「こころみ学園」の園生と様々な職種のスタッフが、ブドウを栽培したりワインを造ったり、一緒に働いている。「能力を生かし、それが仕事になる」というのは、障害の有無にかかわらず大事なことだ。

働く姿を紹介する連載の最終回は、ワイナリー取締役のバイオリニスト・古澤巌さん(57)と、保護者会の会長・長谷川翼さん(75)を紹介。音楽家のプロ意識や社会貢献、保護者の思いについて聞いた。

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古澤巌さん

■ 世界でキャリア積む・ブドウ畑からジプシーバンド

2016年11月のワイナリー収穫祭。私が到着した時、バイオリニスト・古澤巌さんのバンドが登場した。ブドウ畑で新酒を楽しむお客さんに向かって、カフェのテラスで演奏が始まり、ご機嫌な空気に包まれた。

古澤さんは桐朋学園大を首席で卒業、政府の給費留学でアメリカへ。オーストリアで修業、東京都交響楽団のソリスト兼コンサートマスターを務めるなどキャリアを築いた。

80年代、知人に紹介されてココに来た。「こんな素敵なところが山の中にあるんだ」と驚いた。まだワインブームではなかったが、オリジナルのパッケージやデザインもおしゃれ。時々、園生に向けてコンサートをしたり、タンクの前で演奏したり。カフェのテラスで練習すると、園生がシイタケ栽培の原木を担ぎながら踊った。

ココから86年、葉加瀬太郎とのジプシーバンド「ヴィンヤード・シアター」が誕生。クラシックの世界にいる時、ルーマニアやハンガリーに伝わるジプシー音楽に出会い、レコードを擦り切れるほど聴いてコピーした。90年代は別のバンドでジプシー音楽とクラシックを弾いた。10年前から今のレーベルに移り、ポップスを弾くようになった。東儀秀樹や葉加瀬らとツアーを組む。

■ 楽しむお客さんの姿に安心・鍛錬し過酷な屋外で弾ける

交流があったココに誘われ、取締役になった古澤さん。足利の隣町で毎年、演奏会を開く際、ベルリン・フィルのメンバーをココに連れて行く。お気に入りのワインは微発泡の「あわここ」で、自宅にストックしている。

取締役としての大事な仕事は、11月の収穫祭で演奏すること。「日本は雨が多いし、音響の関係であまり外では演奏しない。収穫祭で屋外のバンド演奏を続けているのは、センスがあり、ココの飛んでいるところ。お客さんがブドウ畑でワインを飲み、楽しそうにしている中で弾くと安心する。コンサートホールではない楽しさです」

毎年、バンドの演奏順を決め、全体をセットする。自分のバンドは、ツアーで一緒に組むメンバーとかなりの練習をして、公演回数を積んでから収穫祭に臨む。屋外のテラスは演奏には難しい環境。音も良くないし、リハーサルもできない。秋は、雨や突風で吹きさらしの日もあれば、Tシャツ1枚でいいような暑い日もある。演奏に集中しづらく、弾くのが大変で、最初はつらかった。「経験を積み、50歳を超えた今、楽しんで弾ける。やっとここまで来た」と古澤さん。

「例えばジプシーは、仕事で呼ばれた結婚式の間中、何時間も外で震えて待ち、いざという時に弾かなきゃいけない。もともと、音楽家はそういうもの。過酷な自然の中で弾ければ、どこに行っても弾けますよ」

■ どれだけ楽しませるか無限大・90歳まで弾き続けたい

音楽家の仕事は厳しい努力の連続だという。「お客さんにどれだけ楽しんでもらえるかしか考えていない。全くもって気を抜けないし、終わりがなく、満足することがありません」

90歳まで弾き続けるのが目標だ。バイオリンは、長く弾き続ける人は極端に少ない。古澤さんが「世界最高のものを知りたい」と弟子入りしたスーパースター級の先生は、90歳まで素晴らしい演奏をしている。「アーティストだから変わり者でいいのではなく、まともです。雲の上の人だけれど、人としてちゃんとしている。身近でコミュニケーションしていると、絵にかいたような紳士で、愛嬌があってやさしい」という。

尊敬される音楽家は、音にもそういう性格が出ている。演奏を聞いただけで世界中の人が魅了される。「私も90まで弾きたい。本格的にバンドを始めてもうすぐ30年。あと何年かで60歳なので、キャリアの折り返し地点が目前なんです」

■ 合気道、演奏に生きる・難しい依頼にも応える

体力や気力を維持するために心がけているのは、「やりたいことをやる」。そして地に足をつけること。飲んでみたいコーヒーが2種類あれば、どちらも飲んでみる。夜更かしができないので早寝早起き。毎朝、ジムでトレーニング。合気道を長くやっている。

合気道は力をかけず、触ったか触らないかぐらいで倒せる。「先日、弦楽器の4人で弾いた時、若い人は力を入れてブイブイ弾いていましたが、私は汗ひとつかかずに大きい音が出せました」

こんなエピソードもある。何年か前、アイススケートのショーに呼ばれ、スケート靴をはいて演奏した。事前に「できるんですか」と聞かれ、「ええまあ」と答えたけれど、実は小学生の時に一度やっただけ。1週間、毎日2時間の練習をしてきゅっと止まれるようになった。真っ暗なリンクに出て行き、センターでピタッと止まって無事に勤めた。

■ 障害者向けコンサート・被災地にも飛んでいく

ココとは別の活動で、障害のある人との関わりは長い。「全国の縁のある場所」で、障害者向けのコンサートを開いている。「ホールに大変な思いをして来る障害の重い人もいます。ココの園生は元気。最初はシイタケの原木も運べないぐらいひ弱だったのが、鍛えられて日に焼けて健康になる。障害者に限らず、理想的だよね。こう生きるべきと思う」

震災の被災地にも足を運ぶ。福島で毎年、公演をしている。会場は神社だったが、昨年はホール公演になり、チケットはすぐに売り切れた。「自然の中で、世の中に左右されず純粋に生きている人たちに教えられます」。熊本にも行き、ショーをした。自分でアンプを引っ張り、ストリートで演奏する感じで赴くこともある。

取材の終わり、古澤さんに「コンサートができるところはありませんか」と聞かれた。求められるなら、大きなツアーでは行けない、他の音楽家が行かない場にも行きたいという。

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古澤巌さん最新アルバム「愛しみのフーガ~Mr.Lonely

■ 自分の生活の場、わかっている・「安全が確保できる施設も必要」

こころみ学園で5月の日曜日、保護者会と園生のカラオケ大会があった。保護者会の会長でワイナリー社長でもある長谷川翼さんに取材をお願いして、足利を訪ねた。

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長谷川翼さん

長谷川さんは会社員だった40年ほど前、宇都宮市に転勤してきた。「息子は、泣かない、育てやすい子でした。コミュニケーションが取りにくく、障害児支援の学級がある小学校を選び、養護学校へ。他者を傷つけることはないけれど、体力があった。県内のこころみ学園を知り、シイタケやブドウ栽培などの作業があるので合っているとほれ込みました」。養護学校を卒業後、16歳の時に学園に入って生活するように。「一番、力がある」と言われシイタケの原木運びに活躍した。

初めて学園に来た日。長谷川さん夫妻が帰る時、追いかけてきた息子を車のバックミラーで見て涙が出た。それが1~2カ月後、週末に自宅で過ごして学園に戻ると、一目散に自分の部屋に走っていった。学園にはいろいろなタイプの人がいて、助け合っている。「危ないよ」と注意して先生のような役割をしてくれる仲間も。「息子は学園が好きで、自分が生活する場とわかっています」

障害者の施設について賛否はあるが、「家族で食事に行った時、息子は食べ終わるとドアを開けて店の前の道路を突っ切ってしまった。予測できない行動がある場合は、安全が確保できる広い施設も必要なんじゃないかと思います」と長谷川さん。

ワイナリーができて「収穫祭を手伝ってほしい」と声をかけられて以来、淡々と応援してきた。「2000年の沖縄サミットでココのワインが採用されると聞いた時は、そんなに有名だったの?と驚きました」。5年前、保護者会の会長としてワイナリーの社長も引き受けた。

■300人で旅行、カラオケ大会・仕事ができてもできなくても安心して過ごせる場

保護者会は学園で2カ月に1度、開かれる。家族が集まり、生活の様子を聞いたり、一緒に過ごしたり。ほかに毎年、スタッフや家族・園生の総勢300人で1泊の旅行に行く。年に一度のカラオケ大会もある。

私は長谷川さんに呼ばれてカラオケ大会にお邪魔した。広い食堂に家族が集まり、園生が歌って踊って盛り上がる。選曲は演歌を中心に、「赤いスイートピー」「千の風になって」「恋のマイアヒ」など幅広い。希望が多く、途切れなく続く。学園の施設長・越知真智子さんが司会を務めて一人ひとりを紹介し、ブドウジュースやワインもふるまわれた。

長谷川さんは、園生や保護者と声をかけ合い、カラオケを見守った。「息子は年齢を重ね、畑には出なくなり、健康の心配もある。カラオケを歌うタイプでもありません。でも周りの人に愛されて過ごしています。できる人には農作業やワイン造りの仕事がある。そうでない人も、安心して暮らせる。ここ以外に息子の居場所は考えられません」

カラオケ大会の様子から、園生や家族、スタッフの間にある信頼関係が伝わってきた。大会が終わり、最寄り駅へのバスに乗り込んだ家族を、何人かの園生が見送った。気づかう言葉をかける家族をニコニコと見つめる。小さいころも、年齢を重ねた今も、親と子の思いは変わらないのかもしれない。

学園を見守るブドウ畑は、力強い緑の季節になっていた。

【ココ・ファーム・ワイナリー】

1950年代、地元の教師だった川田昇さんが、知的障害がある生徒と一緒に山の急斜面を開墾し、ブドウ栽培を始めた。69年、障害者の施設「こころみ学園」ができる。現在は入所を中心に18歳~90代のおよそ150人がいる。「園生が楽しく働ける場を」と、80年に保護者の出資でワイナリーを設立。約20種、年間20万本のワインを製造。ワイナリーが学園からブドウを購入し、醸造の作業を学園に業務委託する。ワイナリーのスタッフは30人。

なかのかおり ジャーナリスト Twitter @kaoritanuki