外国人は「日本のホテル事情」に失望している? 観光大国になるために足りないもの

日本が「観光大国」になるには、「昭和の観光業」の考え方を捨て、観光には「多様性」が必要だという事実を受け入れることがどうしても必要です。
Hotel Room
Hotel Room
danielvfung via Getty Images

『新・観光立国論』が6万部のベストセラーとなり、山本七平賞も受賞したデービッド・アトキンソン氏。

安倍晋三首相肝いりの「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」委員や「日本政府観光局」特別顧問としても活躍している彼が、渾身のデータ分析と現場での実践を基に著した『世界一訪れたい日本のつくりかた』が刊行された。

本連載では、訪日観光客が2400万人を超え、新たなフェーズに入りつつある日本の観光をさらに発展させ、「本当の観光大国」の仲間入りを果たすために必要な取り組みをご紹介していく。

日本にはまだまだ「上」を目指せる潜在能力がある

「最近、街を歩いていると外国人観光客の姿をずいぶんよく見掛ける」

そんなふうに感じる方も多いのではないでしょうか。

本記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら

それもそのはずです。2013年に1036万人だった訪日外国人観光客は、なんと3年を経過した2016年には2404万人にまで膨れ上がっており、こうしている今も日本を目指す外国人観光客は右肩上がりで増え続けているのです。

さかのぼれば、2007年の訪日外国人観光客はわずか800万人強でした。残念ながらあまり景気のいいニュースを耳にしない日本で、「観光」は気がつけば10年で3倍もの成長を遂げている「希望の産業」なのです。

私は2015年に上梓した『新・観光立国論』のなかで、日本がもつ観光のポテンシャルが極めて高いことを指摘させていただきました。

また、少子高齢化によって社会保障が重い負担となっていくこの国では、「観光」こそが大きな希望になりうることを提言させていただきました。そのような立場からすると、日本がポテンシャルを発揮してきた昨今の状況は、本当にうれしく思っています。

ただ、その一方で「まだまだこの程度で満足してもらっては困る」というのも率直な感想ではあります。

確かに、日本の観光は順調に成長しています。たとえば、観光でいくら稼いだかを表す「国際観光収入」のランキングでは、日本は2013年に世界第19位でしたが、2015年には第12位までランクを上げて、トップ10入りが目前となっています。

しかし「上」を見上げれば、アメリカ、中国、スペイン、フランス、イギリス、タイ、イタリア、ドイツ、香港など、まだ多くの「観光大国」があるという厳しい現実もあるのです。

そこで、日本のポテンシャルをどうすれば正しく引き出すことができるのかを、『世界一訪れたい日本のつくり方』という本にまとめさせていただきました。これは『新・観光立国論』で提言したことをベースにした「実践編」ともいうべきものです。

この本を読んでいただければ、右肩上がりで成長を続け、なんの問題もないかにみえる日本の観光が、実はまだまだ多くの改善点、伸び代に満ちあふれているということがわかっていただけると思います。

外国人富裕層ががっかりする「日本のホテル事情」

今回はそのなかひとつとして、「ホテル」の問題を指摘させていただきます。

日本経済は長年、成長をせずに来ました。これから人口減少が加速しますので、経済基盤が緩みます。観光戦略はその対策のひとつです。そう考えるとやはり、重視すべきは「観光客数」より「観光収入」だというのは明らかです。

そこで、観光収入を決定する要因を探したところ、驚くべき事実を発見しました。さまざまな分析をする中で、世界の高級ホテルに関するデータを見つけて、大きな衝撃を受けたのです。

Five Star Allianceという有名な「5つ星ホテル」の情報サイトがあります。そのデータによると、世界139カ国に3236軒の「5つ星ホテル」があります。では日本はどうかというと、日本国内でこのサイトに登録されている「5つ星ホテル」はわずか28軒しかありません。これは、ベトナムの26軒を少し上回る程度です。

「ひとつの国にある超高級ホテルの数なんてそんなものじゃないの」と思うかもしれませんが、実は外国人観光客が年間2900万人訪れているタイには110軒の「5つ星ホテル」があります。バリ島だけでも42軒です。年間3200万人訪れているメキシコにも93軒の5つ星ホテルがあるのです。

タイはすばらしい実績を上げています。2900万人の観光客しか来ておらず、物価水準も先進国の半分以下であるにもかかわらず、タイの観光収入をドル換算すると、世界第6位の観光収入を稼いでいる計算になります。

タイが観光でこれほど稼げる理由のひとつに、110軒の5つ星ホテルの存在があります。タイの実績は「特殊な娯楽」を求める人に支えられているという批判をたまに聞きますが、それは事実無根のただの偏見にすぎません。

年間2400万人の観光客が訪れ、G7の一角をなす「経済大国」であるはずの日本に、タイの4分の1、メキシコの3割しか「5つ星ホテル」が存在しない。これは明らかに、日本が国際観光ビジネスを重視してこなかった結果だと思います。

実際、2年前にこんなことがありました。あるアメリカの大富豪の事務所から、紅葉の時期に京都に泊まりたいが、安いホテルしか見つからず、「予算の最低基準」を下回る。いいホテルを探してくれないか、という連絡があったのです。

私も手を尽くしたのですが、結局アパホテルしか空いておらず、その大富豪の訪日自体が白紙になりました

もちろん、アパホテルが悪いと言いたいわけではありません。しかし世界のお金持ちには「予算の最低基準」があり、それを下回ると訪日すらあきらめる人が多いのです。これは究極の「もったいない」ではないでしょうか。

今まで日本は観光産業に力を入れてきませんでしたので、ある意味、仕方ないともいえますが、今後「観光大国」になることを考えると、高級ホテルを整備して単価を上げることが必要なのです。

そんなものがなくても、日本にはすばらしい文化や「おもてなし」の心があるので、観光客の満足度には影響がないと主張される方もいらっしゃるかもしれません。しかし、残念ながらそれは精神論をふりかざしているだけにすぎず、「観光大国」を目指すうえでの合理的な解決策とはいえません。

たとえば、日本には「一流」と言われる旅館が多くありますが、スタイルが非常に独特で、短期滞在に合わせた限定的なサービスなので、やり方を変えないかぎりグローバルスタンダードには合いません。

いくら日本人に評価されても、グローバルスタンダードから見ると良くて「3つ星」くらいです。外国人に泊まって欲しいならば、必要最低限の調整が必要です。「郷に入るなら郷に従え」という意見もありますが、外国人は「なら、郷には入らない」と考えます。これでは、観光戦略は成功しません。

日本には「5つ星ホテル」が何軒必要か

Five Star Allianceに登録されている3236軒の「5つ星ホテル」がある139カ国を訪れた外国人観光客数は11億4907万人(2015年)ですので、1軒当たりの外国人観光客は35万5090人になります。

この計算でいくと、2020年に4000万人の訪日観光客を目指している日本には、最低113軒の5つ星ホテルが必要となります。2030年の6000万人だと169軒です。

実際、世界各国の国際観光収入と「5つ星ホテル」数の相関関係を分析すると、なんと相関係数は0.911。極めて高い数値を示します。この計算をしたとき、私は強い衝撃を受けました。

しかし、よく考えてみると1泊数千円の宿に泊まるバックパッカーが1人来るより、1泊10万円のホテルを利用する富裕層に来てもらったほうがよほど稼げるのは当たり前です。このような人は、ホテルに限らず、あらゆる観光資源にたくさん支出してくれる存在なのです。

「5つ星ホテル」を多くもっている「観光大国」がいかに潤うのかは、さまざまなデータが雄弁に物語っています。

たとえば、アメリカは国際観光客数では世界一のフランスに及ばす第2位というポジションに甘んじていますが、国際観光収入では圧倒的な世界一です。

一方、フランスは世界で最も外国人観光客が訪れているのに、国際観光収入では第4位に転落しています。1人当たり観光客収入で見ると、アメリカは世界第6位なのに対し、フランスはなんと世界第108位にすぎないのです。ちなみに、タイは第26位と、かなり健闘しています。

つまり、たくさんの外国人観光客が訪れているものの、アメリカを訪れる外国人観光客よりあまりおカネを使わないというのが、フランスの課題なのです。

「観光収入」は高級ホテルの存在がカギ

このような「逆転現象」をさまざまな角度から分析をしていくと、「5つ星ホテル」がカギとなっている事実が浮かび上がります。

実はアメリカにはなんと755軒の「5つ星ホテル」があり、これは、全世界の「5つ星ホテル」の23.3%を占め、断トツの世界一なのです。一方、フランスの「5つ星ホテル」はタイよりも少し多い125軒しかありません。つまり、渡航先で多くのおカネを費やす「富裕層」を迎え入れる体制の差が、そのまま1人当たり国際観光収入の差になっているのです。

それを踏まえて、日本を見てみましょう。先ほども申し上げたように、日本の国際観光収入はベスト10入りが目前に控えるようなポジションまで上がってきていますが、「1人当たり国際観光収入」で見ると世界で第46位という低水準に甘んじています。

都市別に見ると、東京にある5つ星ホテルは18軒で、世界21位です。興味深いことに、東京は観光都市ランキングでは世界17位です。

このように見てくると、日本には2400万人もの外国人観光客がやってきているものの、彼らからそれほどおカネを落としてもらっていないという問題が浮かび上がるのです。

ここで誤解をしていただきたくないのは、「ボッタクリ」のようになんでもかんでも高くして、外国人観光客からもっとおカネを搾り取れなどと言っているわけではないということです。

あまりおカネを使いたくないという観光客でもそれなりに楽しめるようにするのと同じように、おカネを使うことに抵抗がない観光客たちに、気兼ねなく「散財」してもらうような環境を整備すべきだと申し上げているのです。

その象徴がまさに「5つ星ホテル」なのです。せっかくおカネを使うことに抵抗がない人がやってきても、安いホテルしかなければ、そこに泊まるしかありません。それどころか、「ホテルのグレードが合わないから別の国に行こう」と考える人がいるのは、先ほどご紹介したとおりです。

このような「稼ぎ損ない」を極力抑えていくことが、これからの日本の観光では極めて重要なテーマとなってくるでしょう。

「庶民向け」だけでは伸び代が小さい

「観光大国」と呼ばれる国の特徴に、さまざまな収入、さまざまな志向の観光客を迎え入れる環境が整っているということが挙げられます。

バックパックを背負って「貧乏旅行」をする若者やショッピングと食事目当てでやってくる近隣諸国のツアー客だけでなく、自家用ジェットでやってくる世界の富豪まで、さまざまなタイプの客が楽しめる「多様性」がカギなのです。

しかし、残念ながら今の日本の観光には「多様性」がありません。これは「観光」というものが、「産業」ではなく「庶民のレジャー」だった時代が長かったことの「代償」です。

いわゆる「1億総中流」のなかで誰もが楽しめ、誰もが泊まれることが最も重要視されたので、あらゆるサービスが低価格帯に固定化されてしまったのです。

人口が右肩上がりで増えていく時代に自国民が楽しむレジャーという位置づけならば、それも良かったかもしれません。しかし、人口が減少していくなかで、外国人観光客も対象とした「産業」として発展させていく場合、このような画一的な価値観は大きな足かせになることは言うまでもありません。

日本が「観光大国」になるには、このような「昭和の観光業」の考え方を捨て、観光には「多様性」が必要だという事実を受け入れることがどうしても必要です。

そのような意味では、「5つ星ホテル」を増やすことは、日本が早急に手をつけなくてはいけない改革のひとつなのです。

(デービッド・アトキンソン:小西美術工藝社社長)

【東洋経済オンラインの関連記事】

注目記事