「au×HAKUTO MOON CHALLENGE」って何? 日本初、民間の月面探査について知っておきたい10のこと

2017年07月31日 16時27分 JST | 更新 2017年09月06日 11時55分 JST

2017年末、日本が月面探査を目指す。しかも、民間の手で。

遠い未来のように思われていた話が、実現一歩手前まで来ている。夢のようなプロジェクト「au×HAKUTO MOON CHALLENGE」を担うのが、月面探査チーム「HAKUTO(ハクト)」だ。

しかし、ちょっと待って。HAKUTOってどんなチームなのか。一体何をするのか。意外とプロジェクトの全容は知られていない。

そこで、10の素朴な疑問を、HAKUTOを運営するispace社のコミュニケーション・マネージャー、秋元衆平さんにぶつけてみた。これさえ読めば、HAKUTOのすべてがわかる。

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ispace社コミュニケーション・マネージャー、秋元衆平さん

1.HAKUTOって何?

——そもそもHAKUTOは、宇宙で何をするのでしょうか。

HAKUTOは日本初の、民間で月面探査をするチームです。Googleがスポンサーとなっている非営利組織「Xプライズ財団」が主催する月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」に参加しています。このレースは宇宙産業に画期的なイノベーションを促すことを目的としており、後述の「3つのミッション」を最初に達成した優勝者には賞金3000万ドル(約33億7000万円)が授与されます。2010年の応募締め切り時には34のチームが名乗りを上げましたが、現在はHAKUTOを含め、5チームがレースに残っています。

2008年、このレースに参加するためヨーロッパで結成されたチーム「ホワイトレーベルスペース」に誘われる形で、2010年に日本支部となるホワイトレーベルスペース・ジャパンが立ち上がり(編注・2013年5月に「ispace」として株式会社化)、本格的に日本でも活動が始まりました。2012年に作られた試作の月面車に白兎を意味する「はくと」という名前がつけられたのですが、その名前が正式なチーム名「HAKUTO」となったのです。

【史上初の月面探査レース優勝へ】au×HAKUTO MOON CHALLENGE トレーラームービー2017

2.何を競うの?

――月面探査レースとは、何を競うものなのでしょうか。

このレースは、月面探査のスピードを競うもので、達成しなければいけない目標は、

1. ロボットの探査車(ローバー)を搭載した月着陸船(ランダー)をロケットで打ち上げる

2. 月面に降り立ったローバーを着陸地点から500メートル以上移動させる

3. 高解像度の動画や静止画データを地球に送信する

の3つ。

自分たちの力でお金を集めて、打ち上げのロケットから、月に着陸する着陸船や月面を探査する探査機まで手配したり、開発したりする"宇宙開発レース"です。

――Xプライズ財団は、どうしてこんなレースを思いついたのでしょうか。

このレースを企画した発想の源は、1927年、チャールズ・リンドバーグがプロペラ機でニューヨークからパリへの単独無着陸飛行に成功したのが、実は「オルティーグ賞」という賞金レースだったことにあります。いわば、賞金というニンジンをぶら下げ挑戦者を募ったわけです。

リンドバーグはもともと有名な飛行士ではなく、レースではダークホース的な存在でした。そして当時の飛行機は、夢のようなテクノロジーで、一般の人たちからすると、鉄の塊が空を飛んで海を越えるなんて想像できなかったのです。しかしリンドバーグが優勝したことがきっかけとなって、航空機のメーカーやパイロットを志願する人が飛躍的に増え、航空業が産業として発展しました。

そうした歴史に着想を得て、宇宙という分野で賞金レースを行い、民間でビジネスができるようにしていこう、というのがXプライズ財団の狙いです。

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HAKUTOのローバー フライトモデル3

3.何のデータを送るの?

――月面に着陸した後、ローバーはどのようなデータを地球に向けて送るのでしょうか。

月面に着陸してローバーを走らせた時の静止画と動画を送ります。静止画は、360度のパノラマ画像も必要になります。動画は、ほぼリアルタイムで送る、その時ローバーが見ているライブ映像と、8分以上撮影した高解像度の映像データです。

4.どうやったらデータが月から地球に届くの?

——月から送られたデータは、どのようにして地球で受信されるのでしょうか。

地球と月の間で通信を行います。地球の自転と月の公転は一致しているので、月は地球に対してずっと表側を向いているのですが、月と直線で通信するためには常に月に向いているアンテナが必要になります。そこでインドをはじめ、地球上のいろんな場所からアンテナを借りて通信をしていきます。ここは、HAKUTOが相乗りするチームインダスの担当です。

5.いつやるの?

――では、レースはいつ行われるのでしょうか。

今回のレースは、2017年末を期限としてロケットを打ち上げることが条件となっています(【追記】Xプライズ財団とGoogleは8月16日、レース期限を2018年3月31日とすると発表した)。HAKUTOのローバー「SORATO」は2017年12月28日、インドのチーム「チームインダス」のランダーに相乗りして、インドのロケット「PSLV」で打ち上げられる予定です。PSLVロケットからランダーが切り離されて、ランダーが月に向かい、減速して月面に着陸し、そこからHAKUTOとチームインダスのローバーが月面を走ることになります。

でも実際には、レースはすでに行われている、と言っていいでしょう。月面探査をするための開発レースでもあるからです。だから、打ち上げと月面着陸は、レースの終盤なんですね。

6.失敗する可能性は?

――月面探査レースに参加する、と表明した時は「本当に実現できるの?」といった反応はありませんでしたか?

ホワイトレーベルスペース・ジャパンが設立された2010年頃は、相当多かったですね。どこの誰に話しても「本当にやるの?」とか、「夢みたいですね」といった反応ばかりで、ビジネスというより、サークル活動のように捉えられていました。その時は全員ボランティアで、費用もほとんど自分たちのポケットマネーで活動していましたから、「本当にやる気があるのか」とさえ言われたこともあります。

――そうした否定的な周囲の反応から、「これは実現できるんじゃないか」と、潮目が変わったのはいつですか?

一番大きなきっかけは2015年1月、レースに参加するチームの開発技術を評価するマイルストーン賞(中間賞)で、ローバーの性能を評価する「モビリティ」部門をHAKUTOが受賞したことです。実際に月に行っても500メートル走らせ、月の画像を送信できる性能があると、公式に認められました。当時残っていた18チームの中で5チームしか選ばれなかった賞なので、「優勝する可能性がありそうだ」という期待感も高まり、そこから企業スポンサーも付き始めました。

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開発途中のローバー「SORATO」

――3つのミッションを実現させるのは、どれだけ難しいのでしょうか。

いずれのミッションも、すでに50年以上前、アメリカや旧ソ連、そして中国などの宇宙開発競争のなかで実現できている技術ですから、不可能ではありません。問題は、実現させるためのお金をどうやって集めるか、ということでした。

――技術的には可能だとはいえ、実際にやってみたら何が起こるかわからないと思うのですが、さまざまなトラブルはどれくらい想定されているのでしょうか。

おそらくいろいろなトラブルが起きるだろうと思っています。実際に打ち上げて月面に着陸したらローバーが動けないとか、画像が送れないとか、動いたけどセンサーが機能しないとか、さまざまなケースが考えられます。

でも、私たちはこのチームがスタートしてから一貫して「リスクを恐れず、まずはトライしてみよう」という精神でやってきています。さまざまなリスクを考慮して機能を追加してしまうと、開発のスピードが落ちてしまいます。

リスクを最小限に抑える努力はしながらも、ある程度のリスクを織り込んで前に進み、意思決定のスピードを早められることが、民間でやることの意義じゃないかと思っています。

7.どんな思いを持ってプロジェクトに関わっている?

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――HAKUTOのみなさんは、どのような気持ちでプロジェクトに携わっているのでしょうか。

挑戦することの大切さを常に意識していますね。そして、私がこのチームに参加した時も、ワクワクする気持ちが大切だと思いました。ワクワクする気持ちこそが、人の行動の源泉になるからです。

今の時代はどうしても、現実的になって挑戦することが少なくなっているような気がします。私たちが民間初の宇宙探査なんて常識では考えられないようなプロジェクトをやることで、いろんな人たちにワクワクしてもらい、「本当はやりたいけど、なかなか手が届かないこと」にチャレンジしてもらうきっかけになればいいなと思っています。それが、HAKUTOのスローガン『「夢みたい」を現実に。』へ込めた思いです。

だから、誰も通らなかった新しい道に足を踏み入れて培った小型軽量の月面探査ローバーの技術や、auをはじめ宇宙に直接関係のない多くの企業や一般の方から多大な支援をいただいてきた今までの歩みも、私たちにとっては失敗を恐れずにチャレンジし続けてきた成果だと思っています。これまでの流れそのものが、ある意味でプロジェクトの成功を物語っていると言ってもいいでしょう。

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HAKUTOのミッションを実現させるため、通信技術の面でサポートするau。彼らもまた、前例のない月面探査レースに、未知数の可能性をかけてチャレンジする企業の1つ。技術開発を担う、KDDI総合研究所で通信部門を担当する次世代アクセスネットワーク部門長の岸洋司さん、映像技術を担当するメディアICT部門長の柳原広昌さん、研究マネージャーの辻智弘さんに、月から地球への通信を実現させるための苦労と、レースにかける思いを聞いた。

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(写真左より)KDDI総合研究所 研究マネージャーの辻智弘さん、メディアICT部門長の柳原広昌さん、次世代アクセスネットワーク部門長の岸洋司さん

8.なぜauがHAKUTOに関わっているの?

——auが今回のプロジェクトで担う役割は何でしょうか。

 簡単に言えば、月から地球に映像データなどを送る時の「通信網」を月に作る、ということです。

携帯で撮影した画像や動画を送信するなど、地球上で映像データを伝送することは簡単に思えますよね。なぜそれができるかと言えば、地球上では、携帯の電波を受ける局が津々浦々にあり、通信環境が整っているからです。でも、月にはその環境が全くありません。月面上でイチから通信網を作って、データを送るということが、今までにないチャレンジです。

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KDDI総合研究所での開発風景

——なぜ、auがHAKUTOとともにミッションにチャレンジしようと思ったのでしょうか。

柳原 1963年に衛星通信をスタートさせたことをはじめ、誰もやったことがない技術開発に挑戦しようというのがauの社風です。なので、誰もやったことがないことにチャレンジするHAKUTOに共感し、応援すると同時に通信技術の面で貢献できるのではないかと考えたのが、プロジェクトに参加したきっかけです。

成功の確約ができない、むしろ失敗の確率が高いプロジェクトに参加することにはリスクが伴いますが、成功するとわかっているものに関わるのはチャレンジとは言えません。自分たちにとっても技術を磨く場になりますし、チャレンジ精神をわかりやすい形で実現できると確信し、思い切って参加しました。

——技術開発を担う現場では、この話が来た時、正直どういう気持ちだったのでしょうか。

 HAKUTOのミッションに対しては、私も学生時代に地球物理を研究していたこともあって「日本が月に行けるんだ。実現できたらすごいな」と、まるで他人事のように思っていました。いざ、自分が関わることになったら「えっ...本当にできるのかな」と思ったのが正直なところです。大変なことになったな、というプレッシャーを感じるようになりました。

——それでも成功させようという強い思いが消えなかったのはどうしてですか。

 見たことのない景色を自分の手で見られるようにしたい、という思いが一番強いですね。そのためには、月面に通信環境が整っていなければデータを送ることもできません。それを自分の手で実現させたいというのが、一番大きなモチベーションです。

9.データを送るのはどれだけ大変なの?

——今回技術開発する上で苦労していることは何ですか。

柳原 今回映像を送信する上で知恵を絞らなければならないのは、コストを出来る限り抑えるため、一般家庭で使うような民生品を使って開発をしていることです。高精細のカメラを搭載して、専用のシステムを使うというわけではなく、ごく普通のカメラを使い、お店でも売っているようなチップを使わなければいけません。

——民生品を使うことは、映像を送る上でどれだけ厳しい制約になっているのでしょうか。

 一番ボトルネックになっている点は、とにかく軽量化を図らないといけないことです。4K映像に対応した高性能な民生機器などを使えば、きれいな画像は撮れますが、重いものをロケットに積んでしまうと、ものすごくコストがかかってしまいます。だから1グラムでも減らす努力がされています。その制約の中で選定されたハードウェアを使って、どうしたらより高い品質をソフトウェアの工夫で達成できるかを試行錯誤しています。

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月面の光環境を想定した、鳥取砂丘でのローバー走行実験

201609鳥取砂丘フィールド試験

——無線通信の面でもそういった制約はあるのでしょうか。

 電力を消費しない、という点も大きな制約になります。送る電波の電力が強ければ強いほど、通信としては遠くまで飛ばせるから楽なんです。しかし、今回は小型のローバーを動かす電源は、太陽電池で動くソーラーパネルしかありません。当然、モーターを動かすために電力を消費しますから、通信で使える電力は限られたものとなります。そうしたぎりぎりの状況の中で、通信を途切れさせないことが最も重要なポイントです。

10. auが今回の挑戦で伝えたいメッセージは?

——今回のプロジェクトを通じて、auとして伝えたいことは何でしょうか。

柳原 夢を追いかけ、実現させるためのチャレンジ精神を持ち続ける意味です。技術によって、夢のある豊かな社会を作ることができると信じています。

 手が届きそうな夢って、実際に手を伸ばさないと実現しないと思います。私たちは技術を使って手を伸ばします。でも、手を伸ばすためには一歩一歩の積み重ねが大切。夢を実現するための手段が突然出てくることはありません。長い道のりの中で新しい技術が次々と生まれていきます。私たちはそうした技術を研究し、実践していきます。こういう積み重ねを楽しいと思える若い人たちが、ぜひ後に続いてほしいと願っています。