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花田優一さん、父・貴乃花親方の厳しさに「これ以上いたら俺死ぬと思って」 15歳で海外に出て靴職人に

2017年08月01日 14時00分 JST | 更新 2017年08月01日 22時56分 JST
時事通信社

大相撲の元横綱・貴乃花親方を父に持つ靴職人の花田優一さん(21)が7月31日放送の日本テレビ系「しゃべくり007」に出演、15歳の時に家から海外に出たのは父が厳しかったことが一因で、「これ以上いたら俺死ぬと思って」と当時を振り返った。

花田さんの母親は、元フジテレビアナウンサーの花田景子さん。15歳でアメリカに渡り、18歳でイタリアに移って靴作りの修業を始めた。東京で店を構えた今では1年先までオーダーを持つ人気店という

番組で、司会のくりぃむしちゅー、上田晋也さんから「お相撲の世界になんで行かなかったの」と尋ねられ、花田さんは「体も大きくなかったですし」と回答。さらに、「一番は、ちっちゃい時の憧れが、父だけだったんですよ。スポーツ選手とかでもなくて。逆に憧れすぎると、その世界に入って、その人よりも有名になろうなんて思わないですよ」と説明した。

続けて花田さんは、子供のころについて「父が鬼のように怖かったんですよ」と語り、貴乃花親方がある日突然、厳しい父親に豹変してしまったエピソード次のように振り返った。

15になると新弟子が入ってくるじゃないですか。そうすると、同級生の子たちが出てくるのに、息子ができてもないのに弟子に叱れるワケがないと。小学6年までは、年に1、2度だったんですよ、怒られるのが。卒業式の日に母と3人でご飯を食べていたら、「明日からお前が調子に乗ったら引きずり回すから」って。次の日学校から帰って「ただいま」って言ったら、「何だそのただいまは」ってなって。

中学生だと、今日学校で何あったって言われて、「普通」とか言うじゃないですか。「普通って何だよお前」って。「なんか話せよ」みたいな。鬼だったんですよ。これ以上いたら俺死ぬと思って、早くモノになってこの地獄から抜け出さなきゃと思いました。

上田さんから「それで海外行こうと思ったの」と聞かれ、花田さんは「早く強くならないと」「逃げました」と語った。

イタリアから帰国して、貴乃花親方にどう受け止められたのか聞かれ、花田さんは「父は厳しかったんですけどね。『おまえナメんなよ』みたいな」。ただ、唯一、認めてくれたのはイタリアの師匠と貴乃花親方が会い、「『遊んでいたわけじゃねえんだな』と言われたとき、すごく嬉しかったです。自分で師匠を見つけたことが、父としてすごく嬉しかったようでした」と語った。

一方、以前に貴乃花親方から靴を作ってくれと言われたため採寸しようとすると、「採寸もしないと作れないのかと言われ」、叱られたという。仕方なく「寝ている間にそおっと(採寸しました)」と話して、出演者を笑わせていた。

花田さんのInstagramを紹介する。

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