日航機墜落から32年、慰霊の登山

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日航機墜落事故現場に立つ「昇魂之碑」には遺族らが次々と訪れた。事故機の副操縦士のおい、佐々木雅人さん(中央)も家族で手を合わせた=12日午前7時53分、群馬県上野村の御巣鷹の尾根、飯塚晋一撮影

流した涙に触れるために 日航機墜落32年、慰霊の登山

 日本航空のジャンボ機が1985年に墜落し、520人が犠牲になった事故は12日、発生から32年を迎えた。今年は仏教で節目とされる三十三回忌に当たる。遺族らは早朝から、現場となった群馬県上野村の御巣鷹(おすたか)の尾根に登り、犠牲者を追悼した。

 遺族らは、登山口に置かれた杖をついたり、「頑張れ」と声をかけ合ったりしながら、墜落現場まで登った。遺体が見つかった場所には、それぞれの墓標がある。遺族らは1年ぶりに墓標の手入れをし、花を手向けて、手を合わせていた。

 東京都の吉田公子さん(83)は長女の由美子さん(当時24)の慰霊に訪れた。由美子さんは宝塚歌劇団出身の俳優だった。公子さんが墓標に手を合わせると、頭の上をチョウが舞った。「由美子がチョウチョになって来てくれたのよ」。目を細め、うれしそうに空を見上げた。

 「娘が人生を終えた場所には、流したであろう涙がある。それに触れるために、登っています」

 義兄の佐田弘さん(当時53)を亡くした埼玉県の中村晴男さん(74)は、ビールを飲みながら「兄さんは酒が大好きだった。今年も一緒に飲めました」と笑った。

 JR宝塚線事故や東日本大震災など、ほかの事故や災害の遺族も登り、教訓を伝え続けようと誓った。遺族の高齢化が進んでいることもあり、登山道には日航社員らが立ってサポートした。(伊藤嘉孝、丹野宗丈)

(朝日新聞デジタル 2017年08月12日 12時42分)
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