政治

小池知事、関東大震災の朝鮮人犠牲者めぐり持論⇒「虐殺の事実から目を背けるもの」と批判の声

8月25日、小池知事が記者会見で語った内容とは。

2017年08月26日 18時25分 JST | 更新 2017年08月26日 22時44分 JST
Toru Hanai / Reuters
東京都の小池百合子知事

市民団体などが9月1日に都立横網町公園(東京都墨田区)で開催する「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式」に、都知事名の追悼文を送らない方針を決めた東京都の小池百合子知事。

これまで歴代都知事が踏襲してきた追悼文の送付を取りやめる決定をしたことで、8月25日の定例記者会見では、その理由を尋ねる質問が報道陣から相次いだ。

■小池知事「民族差別の観点というより、災害の被害で亡くなられた方々の慰霊を」

会見で小池知事は、関東大震災(1923年)が発生した9月1日と東京大空襲(1945年)があった3月10日に横網町公園内の東京都慰霊堂で毎年営まれる「遭難者慰霊大法要」に都知事が出席することを挙げ、こう説明した。

「これまでも都知事として関東大震災で犠牲となられた全ての方々への追悼の意を表し、全ての方々への慰霊を行なってきた」

「今回は全ての方々への法要を行いたいという意味から、特別な形での追悼文提出を控えた」

関東大震災発生当時は「朝鮮人が暴動を起こした」「朝鮮人が井戸に毒を入れた」といったデマが広がり、多数の朝鮮人や中国人などが虐殺された。追悼式では、こうした流言飛語がもとになり、犠牲となった人たちも合わせて追悼している。

政府の中央防災会議が2009年にまとめた関東大震災に関する報告書では、死者・行方不明者10万5千人超のうち1~数%が殺害によるものと推計している。

会見では報道陣が「民族差別が背景にあるような形で起きた不幸な悲劇について、特別にその追悼の辞を述べることについて特別な意味は見出されないのか」と、小池知事の見解を質す場面もあった。

これに対し小池知事は、「民族差別という観点というよりは、災害の被害、さまざまな被害によって亡くなられた方々に対しての慰霊をしていくべき」と、持論を述べた。

また、前回(2016年)に追悼文を送付した一方、2017年に方針を転換したことについて、小池知事は「昨年は慣例的に、事務的に(返事を)戻していた」「そのことについて、たまたま知ったということから、今回は私自身が判断をした」と釈明した。

続けて報道陣から「昨年、追悼文を送付していたことを認識していなかったのか」と問われると、小池知事は「そのようなメッセージはあちこちから申し出がある」「知っているものと、知らないものと、そして問題のあるものと、問題のないものがあるかと思う」と、明確な回答を避けた。

追悼文の送付中止によって「朝鮮人が殺害された事実が否定されることに繋がるのでは」という懸念の声も出ている。

これについて小池知事は、「さまざまな歴史的な認識があろうかと思う」とした上で、「関東大震災という非常に大きな災害、それに続くさまざまな事情によって亡くなられた方々に対して慰霊する気持ちは変わらない」と述べるにとどめた。

■追悼文の取りやめ、背景は自民都議の都議会質問か

時事通信社
関東大震災時の東京・銀座

「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式」は毎年、日朝協会や日中友好協会などが主催し、都立横網町公園で営まれている。

追悼式をめぐっては、これまで石原慎太郎氏、猪瀬直樹氏、舛添要一氏など歴代都知事が「知事」の肩書で追悼文を寄せている。

小池知事も2016年は「多くの在日朝鮮人の方々が、言われのない被害を受け、犠牲になられたという事件は、わが国の歴史の中でもまれに見る、誠に痛ましい出来事」などとする文を主催者に送っている。

一方で2017年は、主催者側が追悼文送付を都に要請したところ、担当する都建設局が送付しない方針を伝えたという。

歴代知事が踏襲してきた追悼文取りやめの背景には、3月の都議会一般質問における自民党議員の質問があった。

自民党の古賀俊昭都議3月の一般質問で、「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式」に追悼文を寄せることについて、小池知事に見解を質した。

古賀都議は、横網町公園にある「朝鮮人犠牲者追悼碑」に「誤った策動と流言飛語のため六千余名に上る朝鮮人がとうとい生命を奪われました」と記されていることや、追悼式の主催団体の案内文に虐殺の犠牲者数が「6000余名」と書かれていることを取り上げ、「根拠が希薄な数」などと問題視した。

古賀都議は、「流言飛語に関しても、当時の我が国の治安状況を知るべき」とした上で、「世相と治安状況の中で、日本人自警団が過敏になり、無関係の朝鮮人まで巻き添えになって殺害された旨の文言こそ、公平、中立な立場を保つべき東京都の姿勢」「東京都を代表する知事が歴史をゆがめる行為に加担することになりかねず、今後は追悼の辞の発信を再考すべき」と、小池知事に迫った。

古賀都議の質問に対し、小池知事は「毎年慣例的に送付してきた。今後については私自身がよく目を通した上で適切に判断する」と答弁。見直しを示唆していた。

朝日新聞デジタルによると、都建設局はこの答弁などを受けて追悼文の送付中止を検討し、その方針を小池氏も了承したという。

■主催者側「虐殺の事実から目を背けるもの」と抗議 識者からは批判の声

追悼式を主催する市民団体らの実行委員会は26日、小池氏の対応に抗議する声明(25日付)を発表した。

声明では、関東大震災時に引き起こされた在日朝鮮人に対する虐殺の事実から目を背けるものとしか見えない」と指摘。「歴史修正主義、排外主義の潮流に身を置くことを示しているように思われる。近隣諸国や世界の目からも厳しい批判が寄せられる事態を生むかもしれない」などと、小池知事を批判した

ヘイトスピーチに関する著作があるフリージャーナリストの安田浩一さんはTwitterで「天災ではなく、デマによって多くの人が殺された『事件』は性格が違う。だからこそ歴代知事も独自に追悼文を寄せていたのではなかったのか」と指摘した。


■小池知事の定例会見(8月25日)における、追悼文の送付中止に関する報道陣との質疑応答

――毎年9月1日に都立公園で市民団体主催で開催されている関東大震災の朝鮮人犠牲者の追悼式への追悼文送付に関して。歴代の知事は追悼文を送ってきたが、今年から知事が送ることを取りやめるという。知事はどのような考えで追悼文の送付を取りやめると決定したか。

横網町公園での追悼行事に関してのご質問だと思いますけど、今年も私は3月に関東大震災の大法要にも出席しております。9月に行われる都内の戦災遭難者慰霊大法要もあります。

その場で都知事として関東大震災で犠牲となられた全ての方々への追悼の意を表したところでございます。

ということで、この全ての方々に対しましての慰霊を行っているということで、今回特別な意味で行ったわけではございません。追悼文を送ったということではございません。それに尽きます。

――朝鮮人犠牲者の追悼式典に関して追加で。知事から「犠牲者全体への追悼の意を込めて」説明があったが、主催者側からは「一般の犠牲者、震災の犠牲になられた方と、不幸にして流言などによって虐殺をされた、人の手で殺された犠牲者の方に追悼というのは意味が違う」というような意見が出ている。

それぞれ主催をされる方々のお申し入れというのは、なんと言うんでしょうか、切り口は異なっているかと思います。

いずれにしても、不幸な死を遂げられた方に対しての慰霊をする気持ちには変わりません。

3月、それから9月、都知事として、また都として全ての方々への哀悼の意を表するということは大変意味の深いことだというふうに思っております。

――民族差別が背景にあるような形で起きた不幸な悲劇について、特別にその追悼の辞を述べる、送るということについて、何かしら特別な意味というのは見出されないか。

民族差別という観点というよりは、私はそういう災害で亡くなられた方々、災害の被害、さまざまな被害によって亡くなられた方々に対しての慰霊をしていくべきだというふうに思っております。

――去年は出されて、今回は取りやめを決めた。この判断の違いっていうのは理由があるのか。去年は判断誤っていたとか、そういう観点か。

一言で申し上げますと、こういう追悼文であるとか、さまざまなメッセージについては都知事自らが案文を考えたりするわけではなく、また慣例的に、そのまま事務的に繰り返し日付だけ変えてかどうか知りませんけれども、送られるということもあるようでございます。

昨年は慣例的に、事務的に(返事を)戻していたといったことでございまして、それはあとで私はそのことについて、たまたま知ったということから、今回は私自身が判断をしたということでございます。

――去年は送られたのは知らなかったということか。

そのような文言という、メッセージというのはあちこちからお申し出がございますので、知っているものと、知らないものと、そして問題のあるものと、問題のないものがあるかと思いますけれども。

こういった背景と判断が必要なものについては、きちんとそれ以降、私自身に確認を取るようにということを伝えたところでございます。

――都知事が今年、追悼文の送付を断られたことによって、朝鮮人コミュニティの中では、「関東大震災のときに朝鮮人が殺害された事実が否定されることになるのでは」という受け止めや批判の声が出ている。

さまざまな歴史的な認識があろうかと思っておりますが、この関東大震災という非常に大きな災害、そしてそれに続くさまざまな事情によって亡くなられた方々に対しての慰霊をする気持ちは、これは変わらないものでございます。

――昨年の追悼文の一節を読むと「この極度の混乱の中、多くの在日朝鮮人の方々がいわれのない被害を受け、犠牲になられたという事件はわが国の歴史の中でもまれに見る誠に痛ましい出来事でした」とある。ご自身として内容についてどのようにお考えか。内容に違和感があるのか。

基本的に関東大震災という大変大きな災害があり、そしてそれに付随した形で、関連した形でお亡くなりになった方々というのは、なんて言うんでしょうか、国籍を問わず多かったというふうに思っております。

その意味で、3月、そして9月の大法要ということについては全ての方々に対しての慰霊を行っていくという点については変わりがないわけでございます。

これまで毎年出していたということについては、そういう見方もあるだろうというふうに思いますけれども、私は、今回はその全ての方々への法要を行っていきたいという意味から、今回、特別な形での追悼文を提出するということは控えさせていただいたということでございます。多くの方々が被害に遭いました。以上です。

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