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チビチリガマ荒らされる 沖縄戦で80人以上が集団自決した洞窟

「人のお墓に……ショックと怒り」

2017年09月13日 10時14分 JST | 更新 2017年09月13日 10時14分 JST
朝日新聞社提供
1990年ごろに撮影されたチビチリガマの内部。みそつぼや一升瓶などがある(沖縄県読谷村提供)

チビチリガマ荒らされる 沖縄戦で80人以上自決の洞窟

 12日正午過ぎ、沖縄県読谷村にある洞窟「チビチリガマ」が荒らされている、と警察に通報があった。嘉手納署が現場の状況を調べている。

 読谷村役場によると、ガマ入り口の説明版が引き抜かれ、内部では瓶やつぼが割られて散乱していたという。

 母の両親やきょうだい計5人が犠牲となった遺族会会長の与那覇徳雄さん(63)によると、ガマの入り口の看板が引き抜かれ、小さな骨や生活に使っていたビンなどを集めていたガマ内部では、ビンが割れ、入れ歯が動かされていた。遺族会は、ガマは犠牲者の墓でもあるとして立ち入りを禁止していた。「人のお墓に......。ショックと怒り」と憤った。さらに「なぜこんなことが起こったのか。許してはならない。遺族はまた苦しむ。だが、また立ち上がって平和を発信したい。こんなものには負けない」と話した。

 チビチリガマは、沖縄戦の際、避難していた約140人のうち80人以上が集団自決した場所。ガマの入り口前には「世代を結ぶ平和の像」が建てられているが、1987年に右翼団体員によって破壊され、95年に修復された。

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 〈チビチリガマ〉 読谷村にある自然壕(ごう)(ガマ)。村史によると、沖縄戦の際、住民約140人が避難していたが、米軍が沖縄本島に上陸した翌日の1945年4月2日、このうちの83人が集団自決した。毛布などに火がつけられ、「地獄絵図さながらの惨状」となったという。遺族は長年口を閉ざし、戦後38年たって真相が明らかになった。87年、遺族らにより入り口に「世代を結ぶ平和の像」が建立されたが、同年、右翼団体員により破壊された。沖縄国体の会場で掲揚された日の丸が焼き捨てられたことへの報復だったとされる。95年に再建された。

(朝日新聞デジタル 2017年09月12日 17時51分)
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