政治

安倍首相「新党ブームは経済の低迷を生み出した」→正確ではない

政治家発言、ファクトチェックしてみた

2017年10月06日 16時44分 JST | 更新 2017年10月06日 16時44分 JST
Asahi
演説する安倍晋三首相=9月30日、京都府舞鶴市の舞鶴市総合文化会館

【ファクトチェック】新党ブームは経済低迷を生む?

 朝日新聞は今回の衆院選で、政治家らの発言が事実に即しているか、誤りがないかを検証する「ファクトチェック」を行います。各党の党首や幹部らの記者会見や街頭演説などで、「内容は本当か」という疑問があったり、「ミスリードかもしれない」という印象を受けたりするような発言を、随時取り上げます。

 検証の結果は、「○」「×」「△」の3段階で評価します。正しいときは「○」、間違いだった場合は「×」です。発言に誤りが含まれていたり、重要な情報が欠けていたり、誇張があったりした場合には「△」とします。

■安倍晋三首相

 かつて1990年代、新党ブームがあった。この新党ブームが生み出したものは何か。それは残念ながら政治の混乱と経済の低迷でありました。(9月30日、京都府舞鶴市で開かれた自民党の国政報告会で)

△(一部正しくない)

 安倍首相は3日、栃木県鹿沼市での街頭演説でも「私が当選したころ、新党ブームだった。その結果は混乱と経済の低迷だった」と言及した。

 首相が初当選したのは、1993年の衆院選。その前年に細川護熙氏が結成した日本新党が新党ブームの火付け役になり、翌93年には政治改革などをめぐって自民党が分裂。新党さきがけや新生党も誕生し、同年8月の非自民・非共産の細川連立政権発足につながった。

 だが細川政権は連立を組んだ党派の足並みの乱れや、細川首相による唐突な国民福祉税構想発表などで弱体化。8カ月後の94年4月に退陣した。安倍首相はこうした経緯について9月30日の演説で「政治の混乱」と評した可能性がある。

 ただ、安倍首相の言う「経済の低迷」はどうか。日本は当時、バブル経済の崩壊から立ち直れずにいた。

 当時の日経平均株価をみると、89年12月に3万8915円の史上最高値を記録した。しかし、宮沢喜一政権の92年8月には、バブル崩壊のあおりを受けて1万4千円台まで落ち込んだ。経済の低迷は、細川政権の発足前から始まっていた。

 細川政権発足後の株価は、米国の景気回復などから回復し、一時は2万円台で推移した。その後、一時1万6千円台まで下がることがあったものの、新生党の羽田孜氏が首相に就いた94年春ごろも2万円前後を保っている。自民党が参加した村山富市政権では、再び一時1万4千円台に下落した。

 新党の相次ぐ誕生と経済の低迷に直接の因果関係があるとは言えず、安倍首相の主張は正しいとは言えない。(鬼原民幸)

■安倍晋三首相

 この自衛隊の存在自体に対して、憲法、これは朝日新聞の調査で憲法学者の7割以上が憲法違反だといっているわけでありますし......(9月25日、NHKのニュース番組で)

△(最新の結果と違う)

 首相はこれまでも「朝日新聞の調査」を挙げつつ、自衛隊の合憲か違憲かについての憲法学者の見解を何度か紹介している。朝日新聞デジタルと記事データベースによると、朝日新聞は憲法学者らに対して自衛隊が違憲か合憲かについて計2回調査していることが確認できる。ただ、首相は衆院を解散する意向を表明した9月25日に出演したNHKニュース番組では、どの調査を指すのか明らかにしていない。

 朝日新聞は直近では2015年6月下旬に憲法学者ら209人を対象にアンケートを行い、122人から回答を得た。「現在の自衛隊の存在は憲法違反にあたると考えますか」と尋ねたところ、「憲法違反にあたる」と答えたのは41%(50人)であり、首相の「7割以上」には該当しない。なお、「憲法違反の可能性がある」と答えたのは22%(27人)だった。

 一方、1991年10~11月には全国172人の憲法学者を対象に、憲法と国連平和維持活動(PKO)協力法案などとの関係についてアンケートを実施し、81人から回答を得た。その際、憲法9条と自衛隊について尋ねたところ、「9条に照らして、自衛隊はそもそも違憲」と答えたのは78%で、首相の「7割以上」は正しい。ただ、調査から26年が経過しており、現在の憲法学者の見解を説明するために用いるデータとしては適切とは言えない。(園田耕司)

■前原誠司 民進党代表

 そしてこの国会、皆さん、冒頭解散というのは、戦後初めてですよ。戦後初めて。(4日、京都市内での街頭演説で)

×(間違い)

 国会の冒頭で衆院が解散されたのは、戦後初めてではない。前原代表は安倍晋三首相が臨時国会の冒頭で解散したことを批判する文脈で強調したが、実際には過去3回あった。

 最初の冒頭解散は1966年だった。当時の首相は佐藤栄作氏。「黒い霧事件」で政治不信が高まる中、与野党の話し合いで解散が決まった。86年の冒頭解散は「死んだふり解散」と呼ばれる。中曽根康弘首相(当時)は解散を否定し続けていたが、臨時国会を召集し、いきなり解散した。96年には当時の橋本龍太郎首相が臨時国会の冒頭で解散した。

 ただ、前原氏は5日、京都市で開いた集会で「冒頭解散。戦後初の暴挙ですよ。まったく議論せずに」と述べた。衆院事務局などによると、過去3回のケースでは、首相は改造内閣を含めた新内閣発足後に国会で演説し、質疑を受け、その後に召集された国会の冒頭で解散している。

 安倍首相は今回、8月3日の改造内閣発足後、国会で所信表明演説をしたり、代表質問を受けたりしていない。このため、改造内閣を含めた新内閣発足後に国会で首相演説やそれに対する質疑がないまま冒頭解散したという条件であれば、「戦後初めて」になる。前原氏は4日の演説や5日の集会で、こうした前提条件には触れなかった。

 一方、臨時国会の召集を求めていたのは民進など野党4党だった。野党4党は6月22日、「森友・加計(かけ)学園」の問題について真相を解明する必要があるとして、憲法の規定に基づき、安倍内閣に召集を要求。召集は3カ月あまりたった9月28日で、その日に衆院は解散された。(東岡徹)

(朝日新聞デジタル 2017年10月06日 15時18分)
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