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あの「平手打ち」は何だった? 保坂展人・世田谷区長に聞く”体罰”

日野皓正さんとドリームジャズバンドの今後

2017年10月09日 10時35分 JST | 更新 2017年10月09日 13時42分 JST
Kei Yoshikawa

トランペット・プレーヤーの日野皓正さんがジャズ演奏会で、男子中学生に「往復ビンタ」や「平手打ち」をした。ひとりでドラムを叩き続けた生徒への、日野さんの"指導"だったとされる。

流出した動画を確認する限り、日野さんの行為は、感情を抑えきれない未熟な大人が頼る「体罰」や「暴力」にしか見えない。

この演奏会は世田谷区教委が主催する「ドリームジャズバンド」というワークショップの今年度の集大成のコンサートだった。

世田谷区の保坂展人区長は、教育ジャーナリスト出身で、体罰などに厳しい態度をとってきた。

だが、保坂区長はいつまでたっても「体罰」という言葉を使わず、明確なメッセージを発していないようだった。9月26日の単独インタビューで考えを聞いた。

ーー世田谷区長として把握している事実関係から教えてください。

(この件が起きたのは)演奏の最後の方だったと聞いています。ソロの演奏に入った時に、中学生が演奏をなかなか止めず、さらに他の楽器のパートの子どもたちに対して「自由に入ってくれ」というある種の指揮を執り始めたということもあったようです。

ーー日野さんは何をしたのでしょうか。

日野さんはまず、生徒のスティックを取り上げたようです。(そのあと生徒は)スティックを使わず、手でたたき始めたので、制止しようとして髪の毛をつかんだり、平手打ちの動作をしたりした。

生徒は避けた。「当たってないのではないか」と見た人もいますが、当たっていようが当たっていなかったとしても、「それが良くないことだ」という本質は変わりません。

ーー聞き取り調査で中学生本人は何と言ったのでしょうか。

中学生のお父さんの話を聞こうと思ったところ、お子さんもお連れになりました。お父さんからすれば、「自分の子どもが大変悪かったので、申し訳ない、迷惑をかけてしまった」と。「日野さんには感謝しているので、バンドを継続してもらいたい」とも話していました。

また、生徒の方も「自分が悪かったんだ」と。日野さんに何回か謝って最初は許してもらえなかったけど、何度目かにお許しが出たという話をしていました。

(頬などに)手の跡が残ったのか、怪我はなかったのか。そうした点も確認しましたが、「それは全くありません」と話していました。

Luis D'Orey / Reuters
日野皓正さん

ーースティックを取り上げて髪を掴んで、当たってはないものの、平手打ちのような行為をしてそれで終わったということですね。

そうですね。

ーー「体罰」あるいは刑法上の意味での「暴行」はあったとお考えですか。

もし当たっていなかったとすれば、もう一度当たるように平手ではなく拳でとか、そういう風に発展していけば当然暴行事件ということに行くところだったと思います。エスカレートすればという前提です。

ただ、今回の行為自体がコンサートにふさわしくないし、二度とあって欲しくない。日野さんにもその旨を伝えています。体罰イコール暴力事件、暴行事件ということに関してはその手前だったんじゃないかと。

ハフポストの記事では、私の発言として「ギリギリ体罰ではない」と見出しに取っていますが、ちょっと正確じゃないなと。体罰じゃないとは言っていない。

HuffPost Japan

ーーでは、あの行為は、何と言えばいいのでしょう。

体罰に差し掛かっていくギリギリ手前だった、という認識でみています。私のオリジナルの認識ではなく、教育委員会がその認識のもとに「極めて指導としては行き過ぎだ」ということで改善を求めています。

行き過ぎた指導という意味では非常に不適切、あってはならない行為だった。体罰を容認しているのでは、というのは全くおかしな議論です。是非改めて欲しいということは、はっきりと言っています。

Kei Yoshikawa

ーー私も現場にいませんでしたし、警察ではないので事実認定はできません。ただ、文春オンラインの動画を見る限り、保坂区長がおっしゃった通り、髪の毛を掴んでいます。体罰ではない?

個々の具体的な評価は、色々あると思います。体罰ではないか、という意見があるのも承知しています。

今回の行為は「不適切だったので改めて欲しい」ということを(日野さんに)言っていますが、僕自身が、体罰かどうかを「判定」「認定」する立場でもないです。怪我をしたとかどうかなど、状況によってガラリと変わりますので、ご本人にも確かめました。

ーー文部科学省が2013年、「体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について」という通知を出しました。「ふざけていた生徒に対し、口頭で注意したが聞かなかったため、ボールペンを投げて当てる」「給食の時間を含めて、生徒を長い間別室に留め置く」なども、体罰の事例として挙げられました。やはり日野さんの行為は、体罰に入るのでは。

そうは思いませんね。スティックを取り上げるというところは、全体のドリームジャズバンドの進行から言えば当然誰かがやらなければいけなかった。

全体として、音楽というのはハーモニーで盛り上がっていき、それぞれが輝きを出し、全体として大団円で終わる、フィナーレを迎えます。

そういう点で見ると、放置して良い行為ではなかったので、是正する何事かは必要だった。ただ、髪を掴んで平手打ちの動作ということは明らかに行き過ぎだという見解です。

ーーハーモニーが大事であるからこそ、言葉で説明する方が良かったと思います。

言葉で説明した方がよかったでしょうね。(あの行為は)良いとはいってない。改めてくださいと言ってる。

Kei Yoshikawa
取材をするハフポスト日本版の竹下隆一郎編集長(左)

ーー髪の毛を掴んだのも、暴行あるいは体罰ではなく、あくまでも"体罰手前のギリギリの行為"というご認識ですか。

ギリギリ手前、トータルに総合的に見ると。

ーー水掛け論になってしまいますので、話を変えます。今回、保坂区長はハフポストのブログで、生徒の保護者が「なぜ息子が日野さんに怒られたのかが、よくわかります」という言葉を紹介しています。「愛があれば体罰は認められる」「理由があれば行き過ぎた指導も許される」という正当化につながりませんか。

私は、この一連の事柄の瞬間にはいませんでしたが、当事者間で、子どもさんがお詫びして、修了式もやっているんですね。現場が大混乱して、「修了式どころではない」という雰囲気はまるでなかった。

この問題の非常に残念なところは、生徒ご本人にとって二つあります。一つは、現場で起きたことにより、精神的および身体的な苦痛をどのくらい受けたのかという点です。身体的な苦痛については、先ほどの通り、それほどない、と。精神的にも謝ったことですんだと思っている、本人自身も。

二つ目は、演奏会は撮影禁止だったものの、どのように動画が週刊誌側に出ていったのかは確認できませんが、平手打ちのシーンやスティックを取り上げた場面が繰り返し朝から晩まで流れたことで、ネットで映像が半ば「未来永劫」に残り続ける。

今回ドリームジャズバンドの卒業生の何人かと、たまたま会う機会がありました。「バンド事業がなくなるのではないか」と非常に心配をしていた。

事業は継続の方向で検討していますが、(日野さんを)不問に付すということはありません。

来年度も事業は始まりますが、その間にどうしてこういうことが起きたのかをしっかりと検証します。「やり方を変えてくれ」ということを日野さんに言い、さらに日野さんにお願いしてきた教育委員会、事業を受けてきた財団の側にも振り返って反省するところを考えてもらいます。

例えばスタッフの体制がそれでいいのか。子どもの細かいところちゃんと受け止めきれているのか。総力を挙げて新体制を構築します。

ーー過去に日野さんが同じような"行き過ぎた指導"をやっていた例はありますか。

そんなに聞いてないですね。観客と言い合いになったっていうのは去年ありました。それはステージと客席のやり取りなので、今回と全く違う。

Kei Yoshikaa

ーー私たちメディアの報道で生徒がさらに傷つくこともあるでしょうし、日野さんと生徒に信頼関係があり、今回はどちらも納得したということかもしれません。

ただ、こだわるのは、教育の現場で、「理由や愛があれば手をあげていいのだ」という風潮につながってほしくないからです。保坂区長も2013年のTweetで「体罰を美化する」ことへの問題提起をされています。

(今回の件は)僕は繋がらないと思います。実際、日野さんへの批判は渦巻いた訳です。

(1980年代に愛知県知多郡美浜町のヨットスクールで体罰をともなう行為で訓練生が亡くなった)戸塚ヨットスクールの事件が明らかになった当時、「交通事故でも(人は)死んでるじゃないか」という評論家もいました。「(子どもを)叩き直してくれる」という理由で、厳しい指導は必要だという意見もありました。

体罰を容認する風潮というのは10年前や20年前に比べてはるかに少なくなってきていると思います。

学校の先生がこの件に関して、「(体罰の)手前なら良い」と思うこともあり得ない。体罰容認の風潮は厳しく戒められているのが現状です。

Kei Yoshikawa

——保坂区長は1980年の三重県の尾鷲中学校の校内暴力事件、さらに「子どもの権利条約」の批准など、学校現場の暴力や子どもの権利の問題に長年取り組まれて来ました。今回の件を「体罰の手前」とあいまいな文言ではなくて、きちんとしたメッセージを打ち出さないと、この問題が永遠に解決しない。

きちんとしたメッセージというのは、どういうメッセージですか。

——髪の毛を掴んだことなどの行為は「絶対に許せない。以上」というメッセージです。保坂区長のブログやコメントの中に「事業を継続してほしい、という声がある」とか「生徒さん側は日野さんに感謝している」などの要素が入ることであいまいになっています。

私はドリームジャズバンドという事業全体を見ています。その後も親子に会っただけではなく、関係者のヒアリングもしています。

教育委員会、次に区議会があって、区議会の中の文教委員会というので議論があって「体罰だ」という意見が議員の方から出てます。

ただその方も含めて、ドリームジャズバンドの事業については是非改善をして続けてほしいという意見でした。

またその体罰ということまでには至ってないんじゃないかという意見も出ています。

そういう議論を踏まえていった中で表明しているわけで、あいまいだとは思っていません。

ーー私がもし街の中で誰かに髪を掴まれ、当たらなかったとしても平手打ちの振りをされたらすぐ警察に行きます。

被害者はどれだけの精神的苦痛と身体的苦痛を受けたのか、そこは大きな要素じゃないでしょうか。

被害者の方は「自分は被害者じゃない」というぐらいに言ってるわけなので、そういう風に言っていたとしても、本当に怪我をしていたり相当程度の有形力が働いたりしたとすれば、また違う判断になったと思います。

ある種ギリギリのところで日野さんも力加減をしたのかなという風にも見えましたね。総合的に聞き取りをした結果では。

ーー長年取材されてきた感覚として、日本は体罰に対して厳しくなってると感じますか。

それはあると思います。暴力に対して寛容な社会ではないと思います。

ーー学校での暴力を無くすためにはどうしたらいいと思いますか。

世田谷区では「せたホッと」という仕組みがあり、体罰やいじめなどに関して、子どもが、電話やメールをしたり、直接相談に行けたりできます。第三者機関として学校など関係各所に是正を求めていきます。

日本にまだほとんどない仕組みで、子どもたちが直接駆け込めて、学校や教育委員会の仕切りではなくて第三者がきちんと子どもの意見を聞いて学校にも乗り込めます。そういうことも見て頂けるといいかなと思います。

Kei Yoshikawa
保坂展人世田谷区長の教育に関する著書

ーー保坂さんは、児童虐待防止法に尽力されましたし、ジャーナリストとしても、子どもの側に立って体罰の報道をされてきました。今回の件でメディア側にコメントを求められたとき、ジャズバンドの継続の話よりも真っ先に、教育現場での"力の行使"はダメだというメッセージを、保坂さんだからこそ打ち出して欲しかったという声がありました。事実関係を把握するまで待っていたのですか。

そうですね。実際何があったのかということをだんだん掴んでいったのは相当経ってからですからね。1週間近くはかかりました。ただ、これは行き過ぎた指導だということは当然言っています。

おっしゃるように最初から体罰はいけないということを、どんな場面であってもそうだってことを言った方が良かったという指摘は、受け止めます。

ーーやはり明確なメッセージを出して欲しかった。

明確なメッセージというのは2つあります。言葉で言うことと、現実をどういう風にコントロールして改善していくか、です。

2番目の方が非常に重要なんですね。行政の長ではなく、ジャーナリストの立場だけでしたら、もう少しシンプルな言い方をした可能性はあります。

ただ、2番目の「改善して良くなるところ」を見ているので、その結果で勝負してるのが今の仕事です。そこを全部含んで言っているのでちょっとわかりにくいとかいう声が出てるのかなと思います。

ーーもしご自身が取材する立場だったら?

取材しないと思います。被害にあった人がいなくて、素晴らしいという人ばかりで確かに動画はあるんだけど、それによってどんな損失があったんですかというと、あえていえばそういう会場にいた方とか動画を見て不快感を覚えた方とかそれに対して体罰は容認されちゃうのかというような、二次的三次的間接的影響ですね。これは取材対象としては事件取材ではないし、そもそも事件ではないと思っていますから。

Kei Yoshikawa

ーーあの場に私がいたら、恐怖を感じたはずです。次の事業が始まるとき、ジャズバンドに入ろうと思ったときに日野さんがいたら怖いと思います。対策は本当に取れるのでしょうか。

長い目で見て頂くしかないです。今回の判断がもし間違っていたとしたらドリームジャズバンドには子どもたちが来ないということになります。

おっしゃるように悪い意味で問題になったという印象が強ければ、どう改善をするかということにかかっている。子どもたちが持っている不安に応える作業がまだ残っています。

だから、今回のインタビューで聞いて頂いたことに加え、(次の事業が終わる)来年の8月にどんな具合になったのかというところで見て頂いてその時になって、保坂の判断がどうあったのか、間違えていたのか、評価してもらいたいと思っています。