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皇后さま83歳の誕生日 天皇陛下の退位特例法成立「計り知れぬ大きな安らぎ」

被災者に思い寄せ「どうか希望を失わず、これから来る寒い季節を、体を大切に」

2017年10月20日 09時15分 JST | 更新 2017年10月20日 09時16分 JST
朝日新聞社提供
傷ついた人々に寄り添い続けて 皇后さま83歳

 83歳の誕生日を迎えた皇后さま。宮内庁を通じて公表した文書回答では、東日本大震災の被災者や、72年前に投下された原爆の被害者への思いをつづった。日々の活動からも、長い年月を経ても、傷ついた人々に、変わらず寄り添っていく気持ちがにじむ。

 皇后さまは文書の冒頭で霧島連山・新燃岳の噴火など各地の災害に触れたうえで、東日本大震災にも言及。「今なお1万8千人を超す人々が仮設住宅で暮らしていることを深く案じています」と思いやった。

 8日には、都内で歌手・矢口周美さん(65)の東日本大震災被災地支援コンサートを鑑賞した。矢口さんがまとっていたのは、岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」のチップを原料にしたストール。複数の会社の協力で製作されたといい、皇后さまは「すごいですね。みなさんの力の結集でこの布ができて」と話したという。

 このストールは矢口さんや製作に協力した大阪府阪南市の繊維メーカーの意向で皇后さまに贈られた。

 2009年6月に福井県を訪れたときは、福井豪雨の復旧工事で伐採された木でつくったコカリナを身につけた。矢口さんの夫でコカリナ奏者の黒坂黒太郎さん(68)が依頼して作り、贈ったものだった。

 「皇后さまはハンドバッグに小さなコカリナを入れ、時間がある時に吹いていると女官長から聞きました。コカリナを吹くことで被災地に思いを寄せていらっしゃるのでは」と黒坂さんは話す。

 また皇后さまは文書で、国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のノーベル平和賞受賞決定にも触れた。日本の被爆者の心が、戦いの連鎖を作る「報復」にではなく、将来の平和の希求に向けられてきた点に世界の目が注がれることを願う、とも述べた。

 13日夜には、被爆者で昨年5月にオバマ前米大統領と対面して抱き合った森重昭さん(80)と米兵遺族との交流を描いた映画「灯籠(とうろう)流し」の都内での上映会にお忍びで訪れ、森さん夫妻と鑑賞した。森さんに「よくここまでしてくださいました」とねぎらいの言葉をかけたという。

 関係者によると、皇后さまは愛読する雑誌「婦人之友」で上映会を知り、参加を希望したという。(多田晃子、緒方雄大)

■皇后さま回答全文

 皇后さまは83歳の誕生日にあたり、この1年について尋ねた宮内記者会の質問に文書で回答を寄せた。

     ◇

【質問】 この1年も九州北部豪雨をはじめとする自然災害などさまざまな出来事がありました。6月には「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が成立し、9月には眞子さまのご婚約が内定しました。この1年を振り返って感じられたことをお聞かせください。

【皇后さま】 熊本地震から1年半が経ちましたが、この1年間にも、各地で時には震度6弱にも及ぶ地震、激しい集中豪雨による川の氾濫(はんらん)や土砂崩れなどがあり、こうしている今も、九州では新燃岳の噴火が間断なく続いています。昨年の熊本地震に始まり、豪雨により大きな被害を受けた九州北部では、今も大勢の人たちが仮設住宅で生活を続けていること、更に地震や津波の災害から既に6年以上経た岩手、宮城、福島の3県でも、今なお1万8千人を超す人々が仮設住宅で暮らしていることを深く案じています。また、北九州には、地震で被災した後に、再び豪雨災害に見舞われた所もあり、そうした地区の人たちの深い悲しみを思い、どうか希望を失わず、これから来る寒い季節を、体を大切にして過ごして下さるよう心から願っています。

 本年は年明け後、陛下とご一緒にベトナムを訪問いたしました。これまでアジアの各地を訪問して参りましたが、子どもの頃「仏印(ふついん)」という呼び名でなじんでいたこの地域の国を訪れるのは初めてで、たしか国民学校の教科書に「安南(あんなん)シャムは まだはるか」という詩の一節があったことなどを思い出しつつ、参りました。今回訪問したことにより、ベトナム独立運動の先駆者と呼ばれるファン・ボイ・チャウと日本の一医師との間にあった深い友情のことや、第2次大戦後の一時期、ベトナムで営まれていた日本の残留兵とベトナム人の家族のことなど、これまであまり触れられることのなかった、この国と日本との間の深いつながりを知ることができ、印象深く、忘れ難い旅になりました。

 今年は国内各地への旅も、もしかすると、これが公的に陛下にお供してこれらの府県を訪れる最後の機会かもしれないと思うと、感慨もひとしお深く、いつにも増して日本のそれぞれの土地の美しさを深く感じつつ、旅をいたしました。こうした旅のいずれの土地においても感じられる人々の意識の高さ、真面目さ、勤勉さは、この国の古来から変わらぬ国民性と思いますが、それが各時代を生き抜いてきた人々の知恵と経験の蓄積により、時に地域の文化と言えるまでに高められていると感じることがあります。昨年12月に糸魚川で大規模な火災が起こった時、過去の大火の経験から、住民間に強風への危機意識が定着しており、更に様々な危機対応の準備が整っていて、あれほどの大火であったにもかかわらず1名の死者も出さなかったことなど、不幸な出来事ではありましたが、そうした一例として挙げられるのではないかと思います。

 米国、フランスでの政権の交代、英国のEU脱退通告、各地でのテロの頻発など、世界にも事多いこの1年でしたが、こうした中、中満泉さんが国連軍縮担当の上級代表になられたことは、印象深いことでした。「軍縮」という言葉が、最初随分遠い所のものに感じられたのですが、就任以来中満さんが語られていることから、軍縮とは予防のことでもあり、軍縮を狭い意味に閉じ込めず、経済、社会、環境など、もっと統合的視野のうちに捉え、例えば地域の持続的経済発展を助けることで、そこで起こり得る紛争を回避することも「軍縮」の業務の一部であることを教えられ、今後この分野にも関心を寄せていく上での助けになるとうれしく思いました。国連難民高等弁務官であった緒方貞子さんの下で、既に多くの現場経験を積まれている中満さんが、これからのお仕事を元気に務めていかれるよう祈っております。

 この1年を振り返り、心に懸かることの第一は、やはり自然災害や原発事故による被災地の災害からの復興ですが、その他、奨学金制度の将来、日本で育つ海外からの移住者の子どもたちのため必要とされる配慮のことなどがあります。また環境のこととして、プラスチックごみが激増し、既に広い範囲で微細プラスチックを体内に取り込んだ魚が見つかっていること、また、最近とみに増えている、小さいけれど害をなすセアカゴケグモを始めとする外来生物の生息圏が徐々に広がってきていることを心配しています。こうした虫の中でも、特に強い毒性を持つヒアリは怖く、港湾で積み荷を扱う人々が刺されることのないよう願っています。

 カンボジアがまだ国際社会から孤立していた頃から50年以上、アンコール・ワットの遺跡の研究を続け、その保存修復と、それに関わる現地の人材の育成に力をつくしてこられた石澤良昭博士が、8月、「マグサイサイ賞」を受賞されたことは、最近のうれしいニュースの一つでした。博士が「カンボジア人によるカンボジア人のための遺跡修復」を常に念頭に活動され、日本のアジアへの貢献をなさったことに深い敬意を覚えます。

 医学の世界、とりわけiPS細胞の発見に始まるこの分野の着実な発展にも期待をもって注目しており、これにより苦しむ多くの病者に快復の希望がもたらされる日を待ち望んでいます。

 スポーツの世界でも、様々な良いしらせがありました。特に女子スピードスケートの世界スプリント選手権で、日本女子が初めて総合優勝に輝いたこと、陸上競技100メートル走で、ついに10秒を切る記録が出、続いて10秒00の好記録がこれを追う等、素晴(すばら)しい収穫の1年でした。現役を引退するフィギュアスケートの浅田真央さん、ゴルフの宮里藍さん、テニスの伊達公子さんの、いずれもすがすがしい引退会見も強く印象に残っています。

 将棋も今年大勢の人を楽しませてくれました。若く初々しい棋士の誕生もさることながら、その出現をしっかりと受け止め、愛情をもって育てようとするこの世界の先輩棋士の対応にも心を打たれました。

 宗像・沖ノ島と関連遺産群がユネスコの世界遺産に登録されることも喜ばしく、今月、宗像大社を訪れることを楽しみにしています。

 今年もノーベル賞の季節となり、日本も関わる二つの賞の発表がありました。

 文学賞は日系の英国人作家イシグロ・カズオさんが受賞され、私がこれまでに読んでいるのは1作のみですが、今も深く記憶に残っているその一作「日の名残り」の作者の受賞を心からお祝いいたします。

 平和賞は、核兵器廃絶国際キャンペーン「ICAN」が受賞しました。核兵器の問題に関し、日本の立場は複雑ですが、本当に長いながい年月にわたる広島、長崎の被爆者たちの努力により、核兵器の非人道性、ひと度使用された場合の恐るべき結果等にようやく世界の目が向けられたことには大きな意義があったと思います。そして、それと共に、日本の被爆者の心が、決して戦いの連鎖を作る「報復」にではなく、常に将来の平和の希求へと向けられてきたことに、世界の目が注がれることを願っています。

 今年も大勢の懐かしい方たちとのお別れがありました。犬養道子さん、医師の日野原重明先生、三浦朱門さん、大岡信さん、元横綱の佐田の山さん、新潟県中越地震の時に山古志村(現長岡市)の村長でいらした長島忠美さん、宮内庁参与として皇室を支えて下さった原田明夫さんなど。また、この1年は「うさこちゃん」のディック・ブルーナさん、「くまのパディントン」のマイケル・ボンドさん、「コロボックル物語」の佐藤さとるさん、絵本作家の杉田豊さんなど、長く子どもたちの友であって下さった内外の作家や画家を失った年でもありました。

 今から25年前、アルベールビル冬季五輪のスピードスケート1000メートルで3位になった宮部行範さんの、48歳というあまりにも若い逝去も惜しまれます。入賞者をお招きした赤坂御所で、「掛けてみます?」と銅メダルを掛けて下さったことを、ついこの間のことのように思い出します。

 昨年の10月には、三笠宮様が100歳の長寿を全うされ、薨去(こうきょ)になりました。寂しいことですが、大妃殿下がご高齢ながら、今も次世代の皇室を優しく見守っていて下さることを本当にありがたく、心強く思っております。

 身内では9月に、初孫としてその成長を大切に見守ってきた秋篠宮家の長女眞子と小室圭さんとの婚約が内定し、その発表後程なく、妹の佳子が留学先のリーズ大学に発っていきました。

 また、この6月からは、私どもの長女の清子が池田厚子様のおあとを継ぎ、神宮祭主のお役に就いております。

 陛下のご譲位については、多くの人々の議論を経て、この6月9日、国会で特例法が成立しました。長い年月、ひたすら象徴のあるべき姿を求めてここまで歩まれた陛下が、ご高齢となられた今、しばらくの安息の日々をお持ちになれるということに計りしれぬ大きな安らぎを覚え、これを可能にして下さった多くの方々に深く感謝しております。

(朝日新聞デジタル 2017年10月20日 07時00分)
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