これからの経済

NHK過労死記者の母「職場で一番弱い未和が犠牲になった」【講演全文】

「同じ職場のチームワークのあり方にも問題があったと私たちは思っています」

2017年11月09日 07時51分 JST | 更新 2017年11月09日 07時52分 JST

朝日新聞社提供
シンポジウムに臨む佐戸未和さんの母・恵美子さん=8日午後、東京都千代田区、飯塚晋一撮影

「職場で一番弱い未和が犠牲に」過労死記者の母講演全文

 4年前に過労死したNHK記者、佐戸(さど)未和(みわ)さん(当時31)の母、佐戸恵美子さん(68)が8日、厚生労働省が主催する「過労死等防止対策推進シンポジウム」に登壇して講演した。発言内容(全文)は次の通り。

    ◇

 佐戸未和の母、恵美子でございます。手元の原稿を読ませていただきます。

 2013年7月25日午後2時半、当時駐在していたブラジルのサンパウロで、私たち夫婦は長女未和の悲報を受けました。娘の職場の上司の方から、主人の携帯に「未和さんが亡くなられた」と。状況も死因も皆目わからず、半狂乱になった私は主人に引きずられるようにしてその日の最短便に乗り、2日後に帰国。死後4日目の変わり果てた娘と対面しました。

 夏場で遺体の損傷が激しいため、翌々日に葬儀を出し、私は放心状態のまま家にこもり、毎日毎日、娘の遺骨を抱きながら娘の後を追って死ぬことばかりを考えていました。人生の道半ばに達することもなく、生を絶たれた未和の無念さ、悔しさを思うと哀れでならず、親として我が子を守ることをできなかった深い後悔の念にさいなまれ、自分を責め、今もなおもがき苦しんでいます。

 あまりに突然の死。真夏、夏場の炎天下の2カ月にわたる都議選と参議院選挙の選挙取材直後の急死。これは過労死ではないかと思いました。

 娘の勤務先から入手した勤務記録を見たとき、主人は泣いていました。候補者、政党取材や演説への同行、出口調査、街頭調査、票読み会議や形勢展望会議、情勢についてのテレビ報道、テレビ出演、当確判定業務などに奔走し、土曜も日曜もなく連日深夜まで働いており、異常な勤務状況でした。まともに睡眠を取っていませんでした。

 労災申請にあたり、娘の勤務記録のほか、タクシーの乗り降り記録、パソコンに残っている受発信記録、携帯電話での交信記録を調べた結果、亡くなる直前の1カ月間の時間外労働時間は209時間。その前の月は188時間でした。どうしてこんなに長時間労働が職場で放置されていたのでしょうか。

 娘は報道記者で、事業場外みなし労働制が適用されていたようで、職場の上司は娘の死後、「記者は時間管理ではなく、裁量労働で個人事業主のようなもの」と何度かおっしゃいました。こうした管理者の意識が、部下の社員の労働時間のチェックもコントロールもせず、無制限な長時間労働を許すことになり、また組織としても、社員の命と健康を守るため適切な労働時間管理を行うという責任と厳格なルールが欠けていました。

 同じ職場のチームワークのあり方にも問題があったと私たちは思っています。記者はめいめいが自己管理という縦割りの考え方が強く、選挙取材中、チーム内で互いに協力し、助け合うこともなかったようです。一番若くて独身で身軽な未和が、土曜も日曜もなく連日深夜まで働いていることを、チームのベテラン記者の誰かが気遣ったり、配慮することもなく、職場で一番弱い未和が犠牲になりました。失わずにすんだ命でした。

 未和が亡くなった後、会社から娘に対して都議選と参議院選での正確、迅速な当確を打ち出したことにより選挙報道の成果を高めたとして、報道局長特賞が届きました。災害や事件で一刻の猶予もならぬ人の生死に関わるような取材活動に奔走した結果ならともかく、選挙の当確を一刻一秒早く打ち出すために、200時間を超える時間外労働までして娘が命を落としたかと思うと、私はこみ上げてくる怒りを抑えることができません。

 なぜ職場でこんな長時間労働が放置されたのか。徹底的な自己検証と、過労死への深い反省がなければ、どんな働き方改革も取り組みも職場には浸透しません。私たちは、未和を今後会社が進める一連の働き方改革の人柱になったと思い、過労死の再発防止と改革の推進を見つめていきます。

 娘はかけがえのない宝、生きる希望、夢、そして支えでした。未和のにおい、未和の体の温かさを私はこれからも忘れることはありません。私たちと同じ苦しみを背負う人が今後二度と現れないことを切に願っています。ご清聴ありがとうございました。

(朝日新聞デジタル 2017年11月09日 05時18分)
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