これが新しい「町のコーヒー屋さん」のカタチ。カフェ群雄割拠の時代

カフェスペースはないの? 東京・目黒の住宅街に異彩を放つ"コーヒースタンド"がある。

東京・目黒の住宅街で異彩を放つ"コーヒースタンド"「SWITCH COFFEE TOKYO」(スイッチコーヒー)。

TSUTOMU HARA

オーナー兼焙煎士の大西正紘さんは、慶応義塾大学在学中にコーヒーのキャリアをスタート。卒業後はオーストラリア・メルボルンの「The Premises」や福岡の「ハニー珈琲」など名店で修行を積み、27歳で自身のお店を開業した異色キャリアの持ち主だ。

「うちは豆やさん」と自称する店内に椅子はなく(店先のベンチシートのみ)、約10平米という小さなスペースに、天井近くまでの高さがある巨大なプロバット社製の焙煎器が存在感をもつ。店頭で、試飲用に5~6種類のコーヒーがミニサーバーで並べられているのは、冷めても美味しいという自信の表れに感じられる。

2013年のオープンから4年目。食のセレクトショップ「ディーン&デルーカ」の一部店舗でもスイッチコーヒーの豆を目にし、waltzなど感度の高い都内のワインバーやレストランなどにもコーヒー豆は卸されている。

スイッチコーヒーは駅から7〜8分歩いた静かな住宅街にある。カフェスペースもない。なぜか。 「おしゃれ」なだけでなく「本格的」なカフェ群雄割拠のこの時代、大西さんが確立した新しい「コーヒー屋さん」のカタチを聞いた。

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■コーヒーにこだわるのは当たり前

大西さんは、街にコーヒー屋さんが溢れる現実を冷静に見つめている。

「確かにコーヒー屋さんは増えましたよね。だからこそ、『○○農園の豆を扱っている』とか、『一杯一杯、丁寧に淹れている』とか、『原産地に行って買い付けた』...とかって売り文句は、今ではどこのお店でもやっているし、コーヒー屋さんがコーヒーにこだわっているのは当たり前の時代です」

「よっぽど振り切って、(バリスタなどの選手権で)チャンピオンや1位をとるとか、日本で最高峰のクオリティを用意するぐらいでないと、そのフィールドでは競っていけないし、そういった競争で残れるお店はわずかだと思います」

店頭で、試飲用に5~6種類のコーヒーがミニサーバーで並べられている。
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店頭で、試飲用に5~6種類のコーヒーがミニサーバーで並べられている。

■「コーヒーに詳しくない人」がターゲット?

コーヒーが好きでお店を始めてる人ばかりだから、手を抜いたり、こだわらないコーヒー屋さんはまずないのだという。スイッチコーヒーでも、豆の選定から焙煎、抽出まですべて自分たちで行っている。

そんなこだわりのコーヒーを、大西さんは、いわゆる「コーヒー好き」ではない層へ届けようとしていた。

「まず、どの層に向けて売りたいか?を考えたときに、新しいコーヒー店ができたら行くという、いわゆる『コーヒー好きなお客様』にアピールしようとすると、ものすごい競争率なんです」

「コーヒーブームとはいえ、そういったスタンプラリーのようにコーヒー店を巡っていくコーヒー好きの方々は全人口の数パーセントで、コーヒーに詳しくない人の数はもっとたくさんいる。もっといえば、「コーヒー好き」のお客様は、狙わなくても、常にいいコーヒーさえ用意できていれば、自然と来てくださる種類のお客様なのです」

「反対に、多くの『コーヒーに詳しくない人』にとっては、いいコーヒーってイマイチどこで買ったらいいのかわからないように感じていたので、僕が目指したのは"美味しいコーヒー豆へのアクセスをよくしたい"ということでした』

「わざわざ電車に乗ってコーヒーを飲みに来てくれる人たちが満足してくれるコーヒーを出すのはもちろんですが、この辺りに住んでいる地域の人がたまたまウチを知って、毎朝飲む用のコーヒーの質が上がればいいな、と」

天井近くまでの高さがある巨大なプロバット社の焙煎器
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天井近くまでの高さがある巨大なプロバット社の焙煎器

■当たり前のように美味しいコーヒーを飲む

そんな大西さんの考え方のベースは、就職活動に違和感を感じて「好きなコーヒーを仕事にする」と決めて旅立ったメルボルンでの経験が大きく占めるという。

「2006~2007年くらいはまだ、みんながこぞってスタバに行っていて、大学で『コーヒーを自分で淹れている』というと、ちょっと変わったヤツと思われていた時代。今のように、ファッションでコーヒーを淹れるようなスタイルはなかったんです。一応、就活しましたよ。でもなんか違うなと思って」

「単純に好きなコーヒーを使った仕事だったらなんでもよかったのですが、メルボルンで働く日本人バリスタの方に、『メルボルンは今コーヒーショップがたくさん増えている』とうかがって興味がわき、渡濠しました。とにかく、いっぱいコーヒーを淹れる環境へ行きたかった」

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「日本のカフェだと、頑張って1日100杯抽出したら、『すごい出た!」というレベルですが、オーストラリアでは、どこのカフェも忙しいんです。平均したらおそらく1日200~300杯くらいはカフェラテを作っているほど、コーヒーの消費量が多い」

「日本で主流のじっくり時間をかけて一杯淹れるというスタイルより、流れ作業とは言わないけれど、自然にサッと美味しいコーヒーを淹れて、当たり前のように美味しいコーヒーをみんなが飲んでいるという、コーヒーがきちんと循環しているところに身を置きたかったんです」

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■メルボルンで感じたカフェ文化のありかた

筆者はこれまで、人気カフェのオーナーたちに話を聞いてきたが、こぞって「メルボルンへ出張で...」と口にしていたのを思い出した。メルボルンには、そんなに美味しい、新しいコーヒーがあるのだろうか?

「オーストラリアは元々イギリス移民の国と知られていますが、イタリア系やギリシャ系移民も多く、カフェという文化が根付いていました。コーヒーと言ったらエスプレッソが出てくるのが普通」

「なかでもメルボルンには、街のいたるところにカフェがあって、どこを向いてもカフェ(笑)。コミュニティとして機能していたのが、コーヒーショップだったんです」

「おそらく2005年あたりから、品質重視のコーヒー豆を揃えるコーヒーショップが出てきて、競争も激しくなり、より美味しいコーヒーが生まれ、真似するお店も出てきて...。メルボルンは、品質のいいコーヒーを淹れようという流れがすごく速かった」

「なので、新しいコーヒーのブームが出てくるのもメルボルンは早いほうだと思います。ですが正直、味を比べたら、日本のコーヒーはもう、メルボルンに限らず、世界のなかでもトップレベルに美味しいですよ」

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■「コーヒーがきちんと循環している」環境

コーヒーの消費量が高く、競争によって味が向上したメルボルンでは、自然にサッと美味しいコーヒーを淹れて、当たり前のように美味しいコーヒーをみんなが飲む。

「日本では、フリーで水が出てきたり、お茶がタダだったりしますけど、向こうの人は水の代わりにコーヒーを飲むほど。わざわざ飲みにいくものではなくて、"朝起きたらコーヒー"なんですよね」

まさに、大西さんがいう「コーヒーがきちんと循環している」環境なのだ。それは、適当に買ったワインが美味しかったり、外国人からすると日本では普通に入った定食屋が美味しかったりみたいな感覚なのかもしれない。

「気取らず日常的に飲むコーヒーのレベルが高くなればいい」と考える大西さん。だからお店の場所も、朝起きて頭ボサボサのまま買いに来られるような、住宅街のなかで良かったのだという。

大西さんの話を聞いている間も、絶えず近所に住む人たちがふらっと立ち寄って一杯のコーヒーを手にして帰っていった。ラフな姿ながら、パッと目を引く外国人の男性2人組も、馴染みのお客さんだった。

その都度、大西さんも「あ、こんにちは」と挨拶をする。

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「うちに来る人は、コーヒーに詳しくないけれど、基本的な飲み方が大抵決まっていて、予想した以上に、コーヒーメーカーやドリッパーなど何かしら器具は揃っている人が多い」

「もちろん淹れ方などを聞かれたら教えるのですが、こちらからあまりたくさん話すと小難しく感じてしまうと思うし、お客さんに『こうやってみて」とか宿題を与えないようにしています』

「挽くのが面倒ならばお店で挽いて帰ればいいし、淹れ方が難しければ、お湯かけて漉しとけば飲めるものと伝えてます。そっから先をこだわりたければ教えますが、コーヒーを手間や難しく感じることなく、"毎日飲めるコーヒー"を、美味しく飲んで欲しいので。だから、うちは年間360日以上、ほぼ毎日オープンしています」

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確かに、町のコーヒー屋さんは、その日のコーヒーが飲めればいい。豆を売っているだけでいい。カフェスペースや椅子は必要ないのだろう。

大西さんが考える「毎朝飲む用のコーヒーの質が上がればいい」というスタンダードは、「みんなが美味しいコーヒーを毎日飲むのが当たり前」に繋がっていく。カフェ群雄割拠のこの時代にこそ、そんな町のコーヒー屋さんが求められているのかもしれない。

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■Profile

大西正紘|Masahiro Onishi

2010年、オーストラリアへ渡り、メルボルンの「The Premises」に勤務。2011年、福岡の「ハニー珈琲」に勤務。2013年、オーナー兼焙煎士として「Switch Coffee Tokyo」をオープン。代々木八幡駅前に新しいコーヒースタンドを開店予定。

<営業時間>10:00~19:00

<定休日>不定

<住所>東京都目黒区目黒1-17- 23

<電話>03-6420- 3633

<常時おいている珈琲豆>6種類 ・珈琲豆の価格帯 1950円~2500円/250g

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■取材・文 藤井存希

大学時代に受けた食品官能検査で"旨み"に敏感な舌をもつことがわかり、食べ歩いて20年。出版社時代はファッション誌のグルメ担当、情報誌の編集部を経て2013年独立。現在、食をテーマに雑誌やWEBマガジンにて連載・執筆中。 InstagramFacebook