とも稼ぎ世帯の家事分担のリアルを描いた広告動画は、なぜ350万回も再生されたのか

「一度決まった方針に納得いかず、進行を止めたほど試行錯誤を続けてきました」
「ふたりでわけあうもの」のワンシーン
「ふたりでわけあうもの」のワンシーン
P&G JAPAN

生活用品などの広告で「男女」「夫婦」の描かれ方を巡り批判が集中し、TwitterなどSNSで炎上する現象がここ数年、たびたび起きるようになった。応援するつもりで発信しても、批判の対象になることすらある。

そんななか、台所洗剤「JOY」(P&G)のキャンペーン動画「ふたりでわけあうもの」への共感が広がっている。11月22日の「いい夫婦の日」にちなんで制作した作品で、2日に公開後、3週間近くで340万回以上再生されている。

「わけあいたいのは、わかりあいたいから。」というメッセージとともに、とも稼ぎの夫婦双方の日常の中の、家事分担を巡る葛藤をリアルに描いた。夫婦の間のすれ違いの解決のヒントとして、手助けや気遣いといったことを「気持ちを分け合う」という言葉で表現しているのが印象的だ。

Twitterでも「朝からいいもの見た...言葉にしないで飲み込んでること、言いたくないこと言わせてること、ないかな」など、共感のツイートが目立つ。

1年前からこのプロジェクトに取り組んできた、同社の JOYブランドマネージャーの長神真梨子さんと、同社広報シニアマネジャーの田上智子さんに制作の過程を振り返ってもらった。(以下敬称略)

■プロジェクトをいったん止めて、問い直した

田上)このプロジェクトは、最初からはっきり「気持ちのシェア」という方針が明確になっていたわけではありませんでした。自分たちが一度決めた方針にどうしても納得いかず、いったん進行を止めて仕切り直したほど、試行錯誤を続けてきました。

プロジェクトチームが立ち上がったのは、ちょうど1年前。最初は「夫が皿を洗う」という家事の作業に焦点を当てたキャンペーンの案を作りました。皿洗いを入り口に、夫が家事に参加するきっかけになればいいと思ったのです。

ですが正直、どこかしっくりこなかったんです。皿を洗う夫が出てくる動画を作れば、本当に女性が喜び、男性も本当に皿洗いをやろうと思うようになるのか、確信が持てませんでした。

家事の問題を問いかけていくことの難しさを感じていたこともあり、春ごろ、チームをまとめる長神が「ここで一回止まろう」と呼びかけてくれて、もう一度、考え直すことにしました。

このプロジェクトで本当に何を伝えたいのか、なぜこのプロジェクトをやろうと思ったのか改めて話し合いを重ね、お客様へのインタビューにも再度時間をかけました。そうするうち、「作業を分け合う」から「気持ちを分け合う」に焦点が移っていきました。本当にこれでいこうとなったのは6月か7月ごろだったと思います。

「気持ちを分け合う」という言葉の意味は

長神)女性を中心にたくさんインタビューして、「皿洗いで何が困っていますか」と尋ねると、「皿を洗う」という作業の大変さを話す方も多くいらっしゃいましたが、さらに掘り下げると、いろんなものを抱えて、あれもこれもやらなければならず、いっぱいいっぱいになってパートナーとも気持ちが共有できていない。本当は手助けや気遣いが欲しいが言えていないーーという悩みが見えてきて、そこに寄り添いたいと考えました。

田上)気持ちを分け合うことに焦点を当てたからと言って、皿洗いという作業をどのくらい夫婦で分担しているかは問わない、という意味ではないんです。家事分担がゼロで「ありがとう」と言われたらそれはないだろうと思うし、一方で家事の作業量をきっちり半分ずつ分担したら、お互いハッピーになれるのかといったらそれは違うだろう、と議論の中で固めていきました。そうするうちに、作業を分担する大切さを残しつつ、夫婦や家族が幸せになるのは、やはり気持ちが分かり合えるからだ、となっていきました。

チームの中には男性社員もいます。その一人が「気持ちが分かり合えていたら、おのずと家事をやるようになる」と言っていて、なるほど、と思いました。理想論かもしれませんが、行為の分担か気持ちの分担か、という二者択一ではなく、気持ちも作業も、が理想だし、両方が相関しあっているのだろうと思いました。

長神)例えば、共働きの中でも、男性女性、シチュエーションや時期でグラデーションはまったくちがう。専業主婦のお客様も多い中で、家事の分担の程度から、「気持ち」の部分に焦点を当てれば、より多くの人たちに伝わるのでは、という思いもありました。

■「むかし」と「いま」を行きつ戻りつした理由

動画は、結婚前の2人が肉まんから家事、まくら、風邪まで「分かち合う」シーンと、働きながら家事や子育てに手いっぱいで分かち合う余裕のない現在の様子が交互に映し出されていく。

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長神)動画の演出担当の森ガキ侑大監督から提案がありました。「『家事をして欲しい』と言われた男性の中には、他人から家事をして欲しいと言われたことがそのままストンと落ちない人もいるかもしれない。(相手と分かち合うことが幸せだった)かつての自分の姿も映し出すことで自ら気づくという形をとることで、自分から家事を分担しようと思うのではないか」とおっしゃっていました。

田上)例えば、結婚前に遊びに行って、お鍋を一緒に作って一緒に食べて一緒に洗ったことを、若い頃の楽しい記憶として覚えている方は多いと思います。森ガキさんの指摘もすごく分かる。家事に関しては、どうしても自分はこうだという思いが強くなりがちだけれど、なるべく多くの人の思いをくんで、多くの人に響く内容にしたいと注意したところです。

■家事・育児をする夫婦のリアルな描写

動画では、都市部のとも稼ぎ世帯の多くが「あるある」と共感できそうな日常の風景が登場する。朝、夫が自転車に子どもを乗せて登園するシーンや、妻が自宅で調理中に仕事の電話を受けたりするシーンだ。

田上)最初、子どもの登園も妻が送る設定でしたが、私の意向で夫に変えてもらいました。あの夫をあまり「悪者」にしたくなかった。夫なりに頑張っている。だけど気持ちがすれ違うってしまうという状況にしたかったんです。

実際、いまの30代は夫が比較的家事育児を担っているという家庭が増えていると思います。割と夫が家事を担っていて、それでもいっぱいいっぱいというのを伝えたかった。

■気持ちを分け合えた瞬間の描き方

後半、居間で子どもと遊んでいた夫に、皿を洗いながらいらだたしげに、妻が「あなたもたまには家事やってよね」と言い、「分かったよ」と不機嫌そうに返す夫のシーンがある。そんな2人に、以前はともに台所に並んだこともある2人から「2人は一体何を分け合いたかったのだろう」という問いかけを挟んでシーンが反転していく。台所に2人で立ち、ともに皿を洗う夫婦。

田上)多くの人に「うちの話だ」と思ってもらうために、リアルさを追求する一方、少しだけ手を伸ばせば届く距離の「こうなったらいいな」を混ぜながら描いていきたいなと考えていました。

長神)最後のシーンは、夫がごめんと言った後、どのタイミングで妻が警戒を解くか、何パターンも撮り直しました。妻も夫も笑顔になって、という最後は、少しきれいすぎる終わり方かもしれないですが、リアルから一歩踏み込み、「こうなったらいいな」という場面を見せたいと考えました。夫が皿を洗うシーンをどこまで見せるとか。どのタイミングで笑うか、とかすごくディスカッションしました。

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田上)「妻が笑って許すタイミングが早すぎる」とかもありましたね。歩み寄って笑うとあらかじめ設定されていましたが、夫がごめんと言うか言わないかとか、妻がありがとうと言うか言わないかとか、何度も話し合って決めました。誰も到達できないような超「理想主義」まで行かないまでも、これくらい夫がやってくれたらうれしいところが描けたらと思いました。いい夫婦の日なので、1日くらいそういう日があれば頑張れるかなと。

炎上への心配もありました。ありがとうという前に、手を動かせと言われるんじゃないか、と。だから気持ちだけシェアすればいいという誤解が生じないように、どう発信しようか、という気持ちは常にありました。

長神)商品を買ってもらうためにどう商品の良さを伝えるかというマーケティングの部分と、エモーショナルにお客様により添うという思いのバランスをどうとるかという点でずっと葛藤はありました。でも、あえて恐れずにやってみようという言葉を掲げた。炎上への心配もありましたが、どうやすればプロジェクトの思いを伝えきれるかというところに注力できました。ただ、評価は、こうした動画を作ったことだけでなく、消費者がどう受け止め、どうアクションにつながったかにかかってくると思う。そういう意味では、「この動画みて、JOYを買おうと思った」という内容のツイートを見つけた時は、うれしくて思わずスクリーンショットを撮ってしまいました。

田上智子さん
田上智子さん
MASAKO KINKOZAN/HUFFPOST JAPAN

■無自覚への自覚の大切さ

広告の中のジェンダー表現などに詳しいジャーナリストの治部れんげさんは、JOYのキャンペーン動画が共感を広げた背景と意義をこう語る。

都市部で働く子育て世代の夫婦の日常が、ここまでリアルに描かれている広告は、この動画が出るまで、あまりなかったと思います。

例えば、夫が子どもを園まで送っていくシーン。玄関先で娘を外に出し、ゴミも一緒にとって、自転車の後ろに乗せて、という風景から、夫が日常的に送り担当をしていることが伝わってきます。ほかにも、妻が台所で鍋の加減を見ながら、仕事と思われる電話に応対しているシーンもありました。

家庭のなかに仕事が入りこんでくる場面は、仕事をしている女性なら、共感できると思います。いらだった様子で皿を洗う妻を夫が気にしているという緊張感が漂う家庭の様子も、日常の場面でした。

たとえば、この動画が、女性だけに焦点を当てて「ママは本当に大変ですよね。これからも皿洗い続けてね、JOYで」という内容だったとしたら、これほど共感は広がらなかったと思います。家事って大変だよね、だったら一緒にやるのがいいよね。というのが時代の気分に寄り添えていると思います。

たびたび起きている、広告を巡る「炎上」を取材して感じることですが、日本のCMの制作現場に女性が少ないという性別の偏りの問題もさることながら、多様な価値観が反映されていないことも課題なのだと思っています。

過去の炎上のケースは、価値観やものの見方が一方的だったり、図らずとも固定観念や型に押しつけていたりしたことが背景にあったと思います。他方、P&Gの方々の、この動画への姿勢をみると、いろんな見方がありうるのを多方面で検討していたのが印象的でした。自分が気づいていないことがあるということを前提に議論している、言い換えれば自分が気づけていないことに自覚されていて、私自身も勉強になりました。

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