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「爆発がないのがいい」ソマリアからドイツに逃れた青年は、語学の習得で生きる道を見出す

「職業訓練を受け、働きたいです。ドイツで大学に進むのは難しいから」

2017年11月26日 15時43分 JST | 更新 2017年11月26日 16時36分 JST

私はこのたびドイツを訪れ、混乱の続く母国から逃れてきた難民の子供たちや母親、青年に出会った。過酷な体験がありながら、取材に応じ、笑顔を見せてくれた。(1回目:「ドイツに残りたい」イラクから逃れた16歳少女が描いた涙、2回目:シリア人の27歳母は、臨月のまま3人の子を連れて難民ボートに乗った

最終回は、ドイツ語を学ぶソマリア出身・ケディルさん(20)の物語。難民がドイツ語を身につけ、働いて定着するには課題も少なくない。ドイツの現状について専門家にも話を聞いた。

●ドイツ語授業、45分を5つ

ドイツ南西部の都市・シュツットガルトを訪れたとき、語学学校で移民・難民向けのドイツ語の授業を見せてもらった。この日は7人が出席していた。

朝から授業が詰まっている。45分の授業が5つ。休憩をはさみながら、教科書を見たり聞き取り問題をしたり。講師が1人ずつ声をかけてドイツ語でやり取りする。大学でドイツ語を習った私が見ても、簡単ではない。後で聞くと、受講生のレベルが高いクラスという。

ある時間は、教科書で消防士のインタビューを読解していた。わからなくなると、母国語や英語で説明し合う受講生もいて講師に注意されていた。

●ソマリアから徒歩とボートで

混乱が続くソマリア出身のケディルさん(20)は、ドイツ語で積極的に質問していた。休み時間に話を聞くと、ドイツに来て2年という。

なかのかおり

「母国で高校を卒業し、カレッジに行きたかったけれど逃れてきました。エチオピア、スーダン、リビアとサハラ砂漠を越え、歩き続けた。地中海をボートで渡りイタリアへ。スイスを経てドイツにたどり着きました」

きょうだいは10人で、一番年上。「どの国に逃れたらいいかの情報は、難民から料金を取ってボートに乗せる業者に聞きました。移動にかかるお金は、母国で働いている両親が出してくれました。初めはスカンジナビアに行きたかった。スカンジナビアのほうが、よりよい環境だと聞いたので。警察に見つかってドイツにとどまることになったんです」

今は難民の認定を申請中。1年間、福祉施設で有償ボランティアをしていて、アパートを借りられるという。2か月ほど前から、この語学クラスに通い始めた。

●「爆発がないのがいい。ドイツで働きたい」

「ドイツは、爆発がない。安全なのがいい。ドイツ語はとても難しくて、やっと話せるようになりました」と話すケディルさん。

家族や友人と離れたのは寂しいが、シュツットガルトにはソマリアから来た友達がたくさんいる。「ソマリアに帰りたいかと聞かれたら...安全になったら帰りたい。おばさんがアメリカにいるので、アメリカに行くかもしれません。職業訓練を受けないとドイツに残れないので訓練を受け、働きたいです。ドイツで大学に進むのは難しいから」

●「先のことはわからない」

他にも、アフガニスタンやシリアから逃れてきた受講生がいた。アフガニスタンの男性は「ドイツで生活するほうがいい。でも、1人なので生活が厳しいし、結婚も簡単にはできない。先のことはわかりません」と切実な思いを話した。

シリアの夫妻は「シリアから世界中に逃れているけれど、ドイツの人はいい人だと聞いて来ました」という。

こうした移民・難民向けのドイツ語講師は、ドイツ語が母国語でない人もいる。訪問した授業はシュツットガルトに住む井上百子さん(36)が担当していた。

移民・難民が多いドイツでは、社会に統合できるようにドイツ語を学ぶ「統合コース」を設けている。条件により無料や少ない負担金で受けられる。語学講座(45分を600コマ)と、ドイツの歴史や政治を学ぶ講座(100コマ)からなり、受講した後は試験がある。

文字の読み書きが難しい人にはクラスが追加され、再履修もできる。クラスは連邦移民難民庁が認定した教科書を使う。語学学校や失業者向けの講座を受け持つ学校など、認可を受けた機関のもとで運営される。

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シュツットガルトで2015年9月26日、レイシズムや難民の団結を示すデモに1200人以上が参加した。(Photo by NurPhoto/NurPhoto via Getty Images)

●多様な立場、ハードな授業...課題も

「語学が堪能な受講生もいれば、母国語しか話せない人もいます。年齢も10代から50代と幅広く、ドイツに来て数か月の人も、28年目の人もいました。宗教や文化の違いから緊張感があります」

学歴も様々で、医師や弁護士と、学校にほとんど通ったことがない人が同じクラスにいて、教え方に苦心する。ハードな授業についていけない人もいるのが問題だ。

「難民の施設や大部屋に住む受講生は勉強に集中できないし、母国や残してきた家族のことが気になる。強制送還の話も聞きます」。さらに「講師の多くも、非正規雇用で時間給という不安定さがあります」と井上さん。

●人手が足りない分野の労働力に

両親が難民としてドイツに来た背景があるアジア系の女性も、ドイツ語の講師をしている。難民の境遇を理解できるが、複雑な思いもあるそうだ。

「難民がドイツ語を身につけ職業訓練を受けて、介護など人手が足りない分野で働くのを期待されています。ドイツはお金持ちの国ですが、貧困の問題もある。メルケル首相の難民受け入れには、いろいろな意見があります」

【専門家に聞く】

ドイツの街を歩くと、イスラム教の人向けの食品店やレストランが目についた。移民が多いドイツは、多様な人を受け入れる土壌がある。それでもドイツ語を身につけるには大変な努力がいる。「ドイツに来たが、先のことはわからない」というのも正直な気持ちだろう。働いて社会に定着するのは、簡単ではないと感じた。

9月のドイツ総選挙は難民問題が争点だった。基本的な疑問について、ドイツの政策に詳しい早稲田大・坪郷實教授(比較政治学)に聞いた。

① なぜドイツには移民・難民が多い?

●憲法で規定・労働者として受け入れの歴史も

ドイツの基本法(憲法)では政治的な亡命権が規定されていて、難民を保護しなければならない。ナチスの時代、多くのドイツ人がアメリカなどに亡命して受け入れられた経験もあり、過去をどう克服するか取り組んできた。

労働力不足で外国人労働者を受け入れた歴史もある。また1990年代、旧ユーゴスラビアから多数の難民を受け入れた結果、定住する外国人が多くなった。シュレーダーの「赤と緑」の連立政権期に「移住法」が定められ、移民国であると表明。移民の背景を持つ人は20%を越えている。

2010年以降、中東やアフリカで内戦が続き、たくさんの人が国内か近隣国に避難したが、お金やチャンスのある人はヨーロッパを目指した。EUの難民政策が機能しない中で、ドイツは人道的な観点から難民受け入れを決めた。

ドイツの経済は好況ということもある。経済界は、「語学の勉強や職業訓練を含めた対応は必要だが、技能や学歴のある若い難民が多い」と賛成している。

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ポツダムでドイツ語を学ぶ難民たち。2015年11月 (Photo by Sean Gallup/Getty Images)

② 受け入れに反対意見は?

●難民への態度は悪化・多様な人の共生目指す「統合政策」

難民に対する態度は、悪化している。難民への暴力の数も増えた。2014年以降、反難民を掲げる政党が議席を獲得し増やしている。

一方で、市民が難民と交流し支援する活動が活発な地域がある。ドイツには古くからキリスト教会系の福祉団体などがあったが、70年代から市民活動が活発になり、難民の支援も増えた。人道的な考えやナチスへの反省も背景に、ドイツの「歓迎文化」が現実になった。

ドイツは、難民が社会に統合できるように政策を掲げている。この「統合政策」は、移民や難民のためだけではない。青年の無業者、宗教・性的少数者、障害者など多様な人を含め、すべての人が地域で共に生きる社会を目指す政策であることを忘れてはならない。

③ 難民はずっと生活を保障される?

●自治体が生活の保障・その後は働いて自立する必要

難民は各州に配分して受け入れ、自治体が生活の保障をして、住まいや生活費、教育やドイツ語の講習、職業訓練を提供する。難民と認定されると、3年間の滞在資格が得られる。「ドイツ語を解する難民」にはそれから3年後、「ドイツ語をおおむね解する難民」には5年後に、定住が許可される。ある程度の期間を経たら働いて、税金を払って社会の構成員となり自立する必要がある。

「安全な国の出身」とみなされると難民と認められず、帰還しなければならない。強制送還についても問題になっている。

④ ドイツ語を覚えて仕事につくのは大変?

●ドロップアウトも・市民グループの支援で補う

ドイツ語のクラスや職業訓練の機会は提供されているが、ついていけずドロップアウトするケースもある。統合政策を掲げるなら、すべての移民・難民が社会に参加できるチャンスが保障されなければならない。

難民の受け入れと社会への統合は、自治体が取り組んでいる。自治体だけの支援は限界があるので、市民グループによる難民支援の活動が補っている。ドイツ語を教えたり、市役所などで手続きのサポートをしたり、福祉の相談に乗ったりしている。

なかのかおり ジャーナリスト Twitter @kaoritanuki

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