あの人のことば

日本が「長寿大国」と言えなくなる日。ハーバード大教授に聞く、深刻すぎる理由

WEBメディア7社『健康格差』共同プロジェクト 最終回

2017年12月02日 13時24分 JST | 更新 2017年12月02日 13時24分 JST
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太っていて不健康な人は、本人が悪い。自己責任だ。

本当にそうだろうか。

仕事が不安定で、お金がなければ新鮮な野菜や果物より、手軽なファストフードを食べてしまう。十分な医療も受けられない。

健康格差 あなたの寿命は社会が決める』(講談社現代新書)は、日本の経済や社会の停滞とともに生まれた、深刻な『健康格差』について描いた。

著者のNHK取材班と出版した講談社・現代新書編集部の担当者は「この問題を多くの人に伝えたい」とハフポスト日本版などネットメディア7社に伝えてきた。

ハフポストはこの思いにこたえるため、本の最後の6章を飾る、ハーバード大学大学院のイチロー・カワチ教授("​​​​​​健康格差"の世界的権威)のインタビューを全文公開します。

第6章 拡大する日本人の「命の格差」

 日本は長らく世界で最も平均寿命の長い「長寿国家」だった。しかし、バブル崩壊後は、寿命の延びるペースが頭打ちだ。2016年時点で日本人の平均寿命は、女性が87・14歳、男性が80・98歳と過去最高を更新したが、最近は寿命が延びる速度がだんだん低下し、OECD加盟の先進国に追いつかれつつある。

「長寿国家・ニッポン」に、いま何が起きているのか。

 番組では「健康格差」問題の世界的権威といわれるハーバード大学大学院のイチロー・カワチ教授にインタビューを試みた。日本生まれのカワチ教授は、ニュージーランドで臨床医を経験し、公衆衛生研究の先進地であるアメリカへ渡った。世界屈指のアカデミアとされるハーバード大学では、年間400人超の大学院生が受講する人気授業「社会と健康」を担当。「健康格差」がなぜ生まれるのか、社会経済的な要因を明らかにする「社会疫学」を教えている。

 近年、日本人の間で「命の格差」が急激に広がっており、「長寿国家・ニッポン」は今後他国に次々と追い抜かれていくと予測するカワチ教授に、「健康格差」が忍び寄る日本社会の問題点と解決の糸口を徹底的に聞いた。

「健康格差 あなたの寿命は社会が決める」(講談社現代新書)より
イチロー・カワチ教授
  

――これまで、世界最高の平均寿命を誇る長寿大国と言われた日本ですが、近年、雇用環境や社会構造の激変で、国民の健康を取り巻く環境が急速に悪化し、「健康格差」が急激に拡大しつつあると言われています。カワチさんは、この状況をどのように見ていらっしゃいますか?

 私はこれまでハーバード大学の公衆衛生学の講義で、日本を世界の「長寿大国」として紹介してきましたが、今後もそう紹介していけるのか危機感を抱いています。

 日本は経済成長にともない国民の多くが中流階級となった時代に、長寿世界一になりました。ですが、バブル崩壊後は、寿命の延びるペースが頭打ちです。2016年時点で日本人の平均寿命は、男女ともに世界2位ですが、男性は、イタリア、スペイン、オーストラリア、スウェーデンといった国が急速にキャッチアップしてきました。近いうちに、日本はこうした国々に追い抜かれてしまうのではないかと危惧しています。

――日本人の健康を取り巻く環境は年々厳しさを増しているということですか。

 その通りです。日本でも、近年は所得や雇用の格差が拡大していて、子どもの相対的貧困率はOECD平均を上回りました。また、労働者に占める非正規の割合は4割に迫っていて、終身雇用で職が安定している国というイメージもガラリと変わりました。それが将来の寿命にも負担をかけるのではないかと懸念しています。

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労働者に占める非正規の割合は、4割に迫っている。

――日本の「健康格差」問題は、所得格差、非正規雇用の増加、子どもの貧困などの問題とも重なっています。この状況を放置しておくと、どのようになるとお考えですか。

 まず「健康格差」の問題をこのまま放置しておくと、日本の長寿大国は危うくなります。「健康格差」は「命の格差」に直結します。「命の格差」が確実に拡がると、日本人が誇るべき長寿すら脅かされていきます。国民の中には「健康格差」というのは、貧困層などごく一部の人たちの問題であって、国民全体の問題ではないと考える人も多いと聞きますが、「健康格差」は単なる貧困問題ではありません。

――「健康格差」を放置すると、貧困層だけでなく、自分たちには関係がないと思っていた中流や上流の階層にも、税金や保険料の負担としてのしかかりますね。

 お金の面だけではありません。「健康格差」には、いわゆる「とばっちり効果」があります。一部の層だけ健康を悪化させることが、ひいては社会全体の健康のレベルを下げるんですね。つまり、中流や上流の階層の健康も脅かす。非常にネガティブな効果があると、われわれは考えています。

――ところが日本社会では、自らの健康を守るのは自己責任で、国や地方自治体が口を挟んだり、公的資金を投入するほどの問題ではないという意見が根強くあります。

 そうした世論があることは認識しています。でも「健康格差」は、自己責任論では解決できません。一見、個人の責任に見える生活習慣、たとえば食生活や運動といったものは、実はさまざまな社会的な決定要因や環境の影響などが入り混じって醸成されることが、公衆衛生学的に十分証明されています。

 たとえば、欧米で問題になっている「フードデザート」(food deserts=食の砂漠)問題がよい例です。

 アメリカでは、商業施設の大規模化や郊外化が進んだ結果、小規模の食料品店の多くが撤退を余儀なくされました。とりわけ影響を受けたのが野菜や果物や精肉などの生鮮食料品を扱う店舗です。販売期間が短い生鮮食品を扱う店舗は一定の売れ行きが確保できないと経営を維持していくのが困難です。

 そのため、街の中心部にある生鮮食品を扱っている中小の小売店は、郊外の大型店との競争に敗れて、次々に廃業に追い込まれました。その結果、車を運転できない高齢者や自家用車を持つことのできない貧困層は、生鮮食料品を購入したくともできない状況になってしまったのです。地域にスーパーマーケットや生鮮食料品店がないのですから、食生活を改善しようとしても、健康的な食品にはたどり着けません。これを自己責任と言えるでしょうか。

 またアメリカでは、新鮮な野菜よりファストフードのほうが安いですから、低所得でもお腹を満たしたければ、そちらに行ってしまう。さらに、貧困層の人は2つ、3つのパートタイムの仕事を持たなければ生活ができません。そうなると運動をする暇がない。家庭で自炊をする余裕もない。ということで、ファストフードで済ませてしまうことになる。

 こういう生活環境の人々に対しても、「自己責任で生活習慣を改善しろ」というのは、あまりに過酷な要求と言わざるを得ません。やはり、行政が手助けしなければならない問題なんです。

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アメリカでは、新鮮な野菜よりファストフードのほうが安い。

――どこまでが自己責任で、どこまでが環境のせいなのか、をしっかり見極めないといけませんね。

 10年ほど前まで、アメリカでも自己責任論がありました。「あの人が肥満なのは、レイジー(怠惰)だから」などと、よく言われていたんですね。でも、先ほどお伝えしたような「人の置かれている環境は健康に大きな影響を与える」ことを明らかにした社会疫学の研究成果が出てきたことで、人々の考え方も「すべてが自己責任とは言い切れないのではないか」というように変わってきました。

――では、どのようにすれば、食生活を取り巻く環境を変えていけるのでしょうか。

 ある取り組みをご紹介します。

 たとえばお菓子の包装は、アメリカでは大きな一袋で売られていますし、レストランに行けば、1つのプレートに料理が山盛り。これではつい食べすぎてしまいます。ならば、食品メーカーが包装を小分けに変え、食器メーカーが器のサイズを小さくすれば、つい食べすぎてしまうアメリカ人が減るかもしれません。

 これは、行動経済学の分野で「ナッジ」(ひじで人を軽く押す意)といわれる概念です。これは特に健康を意識しなくても、自然と健康にいい方向に人を導いてくれる仕組みです。こういう仕組みを駆使して、食生活を取り巻く環境を少しずつでも、変えていくことが大切なのです。

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アメリカのスーパーマーケットでは、お菓子の包装が大きな一袋で売られている。

――個人に「食生活を改善しろ」というだけではないということですね。

 そうです。アメリカは車社会で、あらゆる店にドライブスルーが設けられています。マクドナルド、銀行のATM、ドラッグストアの処方箋受付もそうです。車から出て歩くことが少ない社会になっています。都会でも同じです。私の住むボストンでも、自転車で通勤しようにも駐輪するスペースがありません。スペースという限られた資源において、駐車場が優先されてしまっているのです。

 一方、日本では、特に通勤通学では電車での移動が主です。そのため、駅には階段が多いから自然と歩きますし、学校などには大きな駐輪場もあるため自転車に乗る人も多い。アメリカに比べれば、マシに見えます。

 肥満の原因というのは運動不足にもありますから、肥満予防の政策は必要です。たとえば、食生活では政府と食品メーカーが協力して砂糖や脂肪を減らすことができますし、運動しやすいように都市計画を改めて、徒歩や自転車を推奨するなど、政策レベルで効果的な取り組みがもっとできるのではないかと考えられるわけです。

――「健康格差」は、社会の問題として考えれば、いろいろな打つ手があるというわけですね。

 健康に関すること、特に生活習慣は、社会的な要因が大きく影響するジャンルです。もっと根本的なところに目を向けて政策を組まなければ、なかなか生活習慣というのは改善できないのです。日本も他人事ではないと考えています。

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日本では、通勤通学に自転車に乗る人も多い。

――では「健康格差」を解消するために、日本の行政は何を急ぐべきだとお考えですか。

 まずは雇用問題だと考えています。日本の「健康格差」は、雇用の問題が大きく響いています。やはり、すべての労働者の4割に迫ろうとする非正規雇用が生み出す諸問題を解決するために、大胆な政策が必要だと思います。

 例えば、ヨーロッパでは非正規雇用者に対する差別を禁じる法律があります。日本でも、非正規雇用の社員に対して、平等な賃金や年金の給付、賃金交渉の権利を保障するといった政策が必要です。職の不安を除くことはもとより、やはり「同一労働、同一賃金」の実現が必要ではないか。もちろん、こうした政策ひとつだけで完全に「健康格差」をなくすことはできませんが、効果的だと考えます。

 また地域でも、さまざまな政策を組む必要があります。

 いま私が危惧しているのが、日本の「ソーシャル・キャピタル」の減少です。「ソーシャル・キャピタル」とは、人々や組織間のつながりを「資源」として捉える概念です。人の絆と言えばわかりやすいでしょうか。日本では、伝統的に組織や地域の「ソーシャル・キャピタル」の力が強く、社会が抱える様々な問題を「助け合い」で解決してきました。私は、日本人が長寿であり続けた大きな理由に、この「ソーシャル・キャピタル」があると考えています。

 でも近年、日本ではこの力が急速に衰えています。その大きな理由が、やはり格差の拡大です。社会的な格差が広がると、社会との摩擦や、人と人との♯軋轢{あつ・れき}が生じて「ソーシャル・キャピタル」がすり減ります。その結果、地域や社会の「助け合い」の力が弱まり、その結果、持てるものと持たざるものとの間で「健康格差」が生まれ、その差はどんどん広がっていきます。

――確かに日本は、もともと地域の結びつきというのが強い社会でした。

 「お互い様」とか「情けは人のためならず」とか「向こう三軒両隣」といった、日本特有の表現がありますよね。それは、いわゆる日本の「ソーシャル・キャピタル」であり、人々の絆の証だと私は思っています。これが「健康格差」の拡大を食い止めてきたと言っても過言ではありません。

――いわゆる「助け合い」の精神ですね。人と人との結びつきが、個人の健康にまで影響しているとは意外でした......。

 いま私たちの研究グループでは、「ソーシャル・キャピタル」が、個人の健康維持にどのくらい貢献しているか検証を進めています。千葉大学の近藤克則教授らと共同で、東日本大震災の被災地でフィールド調査を実施しているのですが、被災前、人のつながりが強かった地域では、つながりが希薄だった地域よりも、被災した後の健康状態が良いことがわかってきました。

 また、アメリカでは大きな災害が起きると、必ずといっていいぐらい略奪が起きます。しかし、日本ではそれが一切なかったと聞きました。日本人はあまり自覚していませんが、「地域の力」は、実に重要な日本の資源と言えるのだと思います。

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東日本大震災直後、宮城県気仙沼市・大島での配給の様子(2011年3月25日撮影)

――「地域の力」という点で、アメリカ社会はどうなのでしょうか。

 アメリカでは、所得格差が拡大するに従って、富裕者だけが集まる地域ができあがってしまいました。そして、残った人は貧困な地域に住むという分断です。そのような状態が定着した結果、社会のさまざまな層の距離感が拡大して、「ソーシャル・キャピタル」が低下していきました。

 距離感があると社会全体がセルフィッシュ(利己的)になっていき、摩擦が増え、衝突が起きます。そして、格差が定着してしまうと、上の階層にいる人が、格差がある状況を当たり前だと考え始めるようになります。現在置かれている状況が、定常の状態だと考えるようになると、貧困や格差の問題に取り組むモチベーションそのものが下がってきてしまいます。これが大きな問題なんです。私には、日本もだんだんと、このようなアメリカ社会に近づいてきているように思えてなりません。

――「格差がある、いまの状態が普通であって、そんなの個人で何とかすればいいじゃないか」といった考えですね。日本社会に昔からある「助け合い」の正反対ですね。

 その通りです。私は、「助け合い」や「連帯感」は、平等な社会でなければ実在できないと考えます。

 私たちの研究グループは「ソーシャル・キャピタル」の資源をどのように活用すれば、住民の健康に貢献できるのかについても模索しています。そうしたアプローチの事例が、第4章で紹介した、愛知県武豊町が実施しているサロン活動です。参加者を追跡調査したところ、サロンに参加するに従って、地域の「ソーシャル・キャピタル」が強化され、これに呼応するかのように、運動機能や認知機能も改善し、健康状態も良くなってきました。

 私たちの研究グループ「JAGES」(日本老年学的評価研究)は、武豊町の調査研究を行っていましたから、サロンが始まる前から住民の健康の状況と、地域の状況をすべて把握していましたので、サロンが始まる前と後、そして、参加者と非参加者を比較しながら、サロンの効果を実証的に調べることができました。

――「ソーシャル・キャピタル」のほかにも、日本の「健康格差」を解消していくうえで大切なキーワードがあれば、ぜひお聞かせください。

 「雇用」「人の絆」と挙げてきましたが、私が何よりも重要だと考えているのは、教育における格差の問題です。

――教育というのは、義務教育のことでしょうか。

 違います。肝心なのは、義務教育に入る前の「早期教育」のことです。

 医学的には、生後3ヵ月から3年までの早期教育は、健康と育児の発達のためにきわめて重要だと証明されていますが、実はこの時期の教育格差が、日本では最も顕著なのです。

 私の考えでは、すでに幼稚園に入学する前から、貧困世帯と富裕世帯では、顕著な格差が生じています。幼少期の生活習慣は人生を左右します。ですので、小学校に入学する時期には、すでに格差ができてしまっています。義務教育では、みんな同じ学校に通うため、教育格差も縮小する効果があるのですが、このスタートラインに行き着くまでに、学力や知識といった教育の格差が広がっているのです。

 ですから、国が幼児教育を義務的に整備するのは、格差対策としても効果があるのです。私が書いた『命の格差は止められるか』(小学館101新書)でも紹介したのですが、早期教育は、人生を決定づけるさまざまな思考に影響を与えます。日本語でいえば忍耐力、英語で言いますとセルフレギュレーションがよい例です。

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「小学校に入学する時期には、すでに格差ができてしまっています」

――自己統制力ということでしょうか。

 早期教育は、自己を統制できるセルフレギュレーションに強く関連しています。自己統制は、体力や健康にも強い影響を与えます。なぜかというと、自己統制力は、健康に悪い生活習慣やタバコなどの有害物質の摂取を避ける、規則正しい食生活をする、といった行動に、すべてつながっているからです。健康状態がよくなるだけではありません。幼児教育は犯罪率も下げるし、経済成長にも役立つことがわかっています。

 幼児教育は、社会疫学者が考える政策のベストバイ(いちばんのお買い得品)です。奇跡の政策といっても過言ではありません。

――この問題に関しても「親がきちんと、しつければよいのでは?」という声が、日本社会からは聞こえてきそうですが......。

 早期教育は、親だけでは実現不可能です。実際、日本では共働きの家庭が5割を超えましたし、生活に追われているシングルマザーや、ひとり親の家庭では、子どもを十分見てやることが時間的にできません。早期教育を親だけに任せるのは、社会の実態とそぐわない考え方です。ですから、今こそ政府がそこに介入すべき時なのです。

――「健康格差」を解決するには、単純に個人の責任に押し付けるのではなく、社会全体のシステムを変えなければならないことが身にしみてきました。最後に、日本は今後どういう社会になっていくべきだと考えますか。

 日本はこれまで培ってきた「ソーシャル・キャピタル」の遺産を受け継ぎ、長寿大国を保って欲しいですね。ただ、それを保つには「健康格差」の問題、そして、社会の格差の問題に取り組まなければなりません。

「健康格差」をなくそうとすると、啓蒙活動に走ってしまい、知識を教えようとしますが、知識の問題ではないんですね。たいていの人は、何が健康に悪いか十分わかっています。でも、多くの人がそれをやめたいけどやめられないという環境の中に置かれています。日常生活でストレスがたまっていてやめられないとか、原因が裏に必ずあるのです。ですから、原因を生み出している根本問題を改善しなければ、なかなか問題は解決できません。

 改めて「健康格差」の解消に取り組むのは、個人だけではなく、国家、企業をはじめとした社会全体が協力しなければ、なかなか改善できない、解決できない問題だと思います。健康は、幸福度とも強い関連があります。今や政策目標は、GDP(国内総生産)だけでは不十分です。経済成長の本来の目的は、国民の健康や幸福感を高めることにあるという根本に立ち戻ってほしいと考えています。

あとがき:『健康格差 あなたの寿命は社会が決める』 講談社・現代新書編集部より

「低所得者の死亡率は高所得者の3倍高い」といった驚きの格差について伝えるとともに、健康寿命を伸ばすための自治体の取り組みなどについて紹介している本書。

この「健康格差」の問題をより多くの読者に知ってほしいという著者の強い思いを受け、その問題意識に共感くださったWebメディア6社(日経ビジネス、ダイヤモンドオンライン、プレジデントオンライン、東洋経済オンライン、ビジネスインサイダージャパン、ハフポスト 順不同)に、出版社メディアの垣根を越えてご協力いただき、現代ビジネスを含めた計7媒体合同で本書の全文公開を行うことを決めました。