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「この子の親になりたい」14歳の難民少年が、“普通の”ドイツ人夫婦と家族になるまで

1人でドイツにやってきたラマットと初めて会ったとき、夫妻の気持ちはすぐに決まった

2017年12月03日 12時30分 JST | 更新 2017年12月03日 13時47分 JST
Mika Tanaka

「難民危機の年」と呼ばれたドイツの2015年。通年で89万人の難民庇護希望者が入国したが、2016年にはバルカンルート閉鎖などの影響で、入国者数は28万人へと減少、今年は7月末までに入国者数10万6000人にとどまっている。

一時の混沌はひとまず沈静化したといえるが、一方で、入国者たちが母国にすぐ帰るケースは少なく、大半がドイツ国内にとどまっている状態だ。彼らのドイツ社会への融合は、これからがむしろ正念場と言える。

そこで、難民融合のために現地でどのような努力が行われているかを、今回から数回にわたってレポートする。まず初回は、家族を伴わずたった1人でドイツに来た少年たちを引き取った「里親」たちの声をお届けしたい。

Mika Tanaka
ドイツ人夫婦の里子になった難民少年のラマットは動物が大好き。

1人で生死をかけてドイツに入国した子供たち

ドイツに入国した者は未成年者が多く、この中には家族を伴わず単身で入国した少年たちも少なくない。難民申請件数ベースで見ると、2016年の約72万件のうち、18歳未満の未成年者は26万人強で全体の36%。このうち家族を伴わず単身で入国した少年の数は実に3万6000人に上る。

未成年者グループの約14%弱だ。1人で生死をかけた旅を体験してきた彼らは、入国後、成人と分けられてすぐに児童局の保護下に入る。

その後、国内に親族がいればそこに身を寄せ、いなければ福祉団体などが運営する児童擁護施設に入所するのが一般的なパターンだが、このほかには「ドイツ人家庭に里子に入る」という形もある。

「人が人に力を与える」ドイツの里親制度

この「里親制度」は、里親希望者が限られているため成立するケースは多くないが、教育的見地からは、難民の少年たちが言葉を習得し、ドイツの生活習慣を自然に身につけ、また24時間の全面的ケアが受けられる点で最適の形とされている。

ドイツ家庭省(※)は「人が人に力を与える」というスローガンの下、 里親制度を伝統的に強く奨励しており、養育手当として里親に毎月600〜1000ユーロ(約8〜13万円。子供の年齢と州により差がある)を支給する。

里親はさらに、里子が難民認定を受けた時点で、児童手当192 ユーロ(約2万5,000円、2017年実績)の受給を申請をすることができる。児童手当は、原則として外国人を含むドイツ在住児童に18歳まで毎月支給されるもので、2017年実績は毎月192 ユーロ(約2万5000円、第3子以降は増額)となっている。

里親は、原則的には里子が18歳で成人するまで数年間にわたり寝食をともにし、里子たちを実子と同じように「育てる」。児童局に対して定期的に報告書を作成するのも里親の義務だ。

アフガニスタンの少年と出会った里親の話

普通のドイツ人夫婦が、複雑な経緯でドイツに到着した、言葉の通じない難民の少年たちを引き取る。

彼らはどんな人たちなのだろうか? なぜ進んで里親になるのか? 家庭ではどんな日常が展開されているのか? そんな疑問を胸に、筆者は里親カップルを取材した。

ドイツ西部の田舎に住む、ファービック夫妻。夫のスヴェンさん(35)は電気職人、妻のブリタさん(36)は社会福祉施設の職員だ。

ブリタさんは髪を染め、カラフルなネールが目を引く。スヴェンさんはごひいきのサッカーチームのTシャツを着て登場。2人とも「難民問題」という固いテーマからは、ほど遠い印象だ。しかし、2人の話はたちまち筆者を引き込んだ。

アフガニスタンから1人でドイツにやってきた14歳の少年、ラマットと初めて会ったとき、夫妻の気持ちはすぐに決まったという。

「この子の親になりたい」。養育手当などの知識は皆無だった。

2週間後、夫妻は引き取りに必要な手続きを終え、ラマット(当時14歳)を正式に里子として自宅に迎えた。昨年3月のことだ。

それから現在まで1年半、ファービック家では夫妻とラマット、そして実子のルカ(3歳)の平和な4人暮らしが続いている。

Mika Tanaka
(左)夫のスヴェンさん(右)妻のブリタさん(中央)実子のルカくん

初対面の日、少年はひどく怯えた様子だった

ブリタさんは、以前から里子を迎えたいという希望を持っていた。実母が同じように里親を務めたことがあったため、先入観はなかった。

友人を通じて、難民の少年たちを対象とする里親制度があることを知り、スヴェンさんと数カ月の時間をかけてお互いの意思を確認しあった後、青少年教育施設からラマットを紹介された。

初対面の日、ラマットはひどく怯えた様子だったという。「とにかく助けてあげたいと思った。生い立ちに同情したし、今いる施設に戻りたくないという気持ちも伝わってきた。すぐに引き取る決心をしました」とブリタさん。

周りからは「文化が違うのに大丈夫?」「自分たちのプライバシーが侵害されるのでは?」との否定的な反応も多かったが、迷いはなかった。スヴェンさんも同じ気持ちだった。

ラマットは、14歳で単身ドイツに渡った

ラマットは幼少時に家族とともにアフガニスタンからイランに移住、一家は不法滞在のため、厳しい生活環境に置かれていたという。ラマット自身も子供の頃から農作業などで日銭を稼ぐ一方、両親からは体罰を受けるなど、恵まれない子供時代を過ごした。

14歳、ラマットは仲間たちの情報をもとに、単身ドイツに渡ることを計画し、実行した。入国後しばらくは仮滞在施設で過ごし、その後児童局の仲介で、法律上の「親権者」と「里親」を得た。

滞在許可などの法的手続きは親権者が進めるため、里親であるファービック夫妻は、ラマットに安定した家庭環境を与えることに専念する。

Mika Tanaka
ラマットの部屋から見える風景。静かな田舎の住宅地だ。

豚肉を食べなくなった一家の"普通の日常"

里子になった当初、ラマットはドイツ語を一言も理解しなかった。手続きには同席した通訳者も、家族の日常まではサポートしない。

「身振り手振りで、なんとか意思疎通していたわね」とブリタさんは笑う。ラマットはムスリムで豚肉を食べないため、一家の食事にはほとんど豚肉を使わなくなったが、夫妻はそれを特に不自由とは感じていない。

その他の点では、一家の日常は、ごく平凡に進行する。ラマットは毎朝学校に行き、ルカは幼稚園に、両親は仕事に出かけ、夕方にはみんなが帰宅する。

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ラマットはキャップの収集が趣味。壁にはコレクションが飾られる。部屋の隅には実母の写真もあった。

ラマットが夫妻に代わり、ルカを公園に遊びに連れ出すことも多い。夜にはスヴェンさんが帰宅、4人で夕食の食卓を囲む。

この夏には一家で2週間、オランダへの休暇旅行にも出かけた。典型的なドイツのファミリーライフだ。「ラマットはいま、自分の"失われた子供時代"を取り戻しているのだと思います」とスヴェンさん。

15歳のラマットが語った、将来の夢

入居から1年半の時間が流れ、ラマットは15歳になった。夫妻を「ママ」「パパ」と呼び、帰宅するとブリタさんをハグし、スヴェンさんとは握手する。

友達が増え、ドイツ語でベーシックな会話ができるようになった。穏やかな表情からは、この家の居心地の良さが伝わってくる。

「将来の夢は?」と聞くと、「仕事を探す。大工か、自動車整備士になりたい」と笑顔で答えてくれた。

Mika Tanaka
午後は家で宿題。ドイツ語の変化を、何度も書いて覚える。ペルシャ語の辞書が必須だ。内容は小学校1年生程度だ。

ドイツ式の皮肉なコメントが通じない時など、ファービック夫妻は今でもラマットの「異文化」を感じることがある。そろそろ思春期でもあり、難しい年頃に入った。それでも空気が緊張することはない。夫妻はおおらかに彼を見守り、時間を共有する。

周囲からは「偉いね」「社会に貢献している」と賛辞を受けるが、夫妻にはそれがむしろ不思議だ。

「なぜ褒められるのかしら。1回きりの人生なら、なるべく良いことをしたい。自分だけでなく人のために何かをしたい。私たちはこんなに恵まれているのだから」とブリタさん。スヴェンさんが、「もともとあった家族が、大きくなっただけですよ」と遠慮がちに言葉を添える。

ファービック家は間もなく、さらに大きくなる。夫妻の第二子が誕生するのだ。来年からは家族5人の生活になる。夫妻が"長男"のラマットに頼る場面もさらに増えてくるだろう。

※ドイツ家庭省の正式名称は、「ドイツ連邦家庭高齢者女性青少年省」

(在独ジャーナリスト:田中聖香 編集:笹川かおり)

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