反抗期の息子が抱きしめてくれた モデル・園田マイコさんが乳がんと闘った日々

ひとりじゃない。髪の毛はまた生えてくる。大丈夫よ。

2017年12月11日 12時00分 JST | 更新 2017年12月11日 12時45分 JST
Kaori Nishida / Huffpost Japan

「あなたは乳がんです」そう伝えられたとき、あなたならどう思うだろうか?

手術で胸を失うのかな。抗がん剤で髪の毛が抜けるのかな。治療は痛そうだ。私は死ぬのだろうか―—こわい。つらい。かなしい。

カメラの前でまぶしい笑顔を見せた女性。モデルの園田マイコさんは、母であり、乳がんを経験した「がんサバイバー」でもある。

園田さんは、高校卒業後からモデルの仕事をはじめた。「FENDI」「Chloe」などのファッションショーや、雑誌「STORY」や「HERS」、広告などで活躍。24歳で子どもを出産した。その後離婚。母ひとり子ひとりでモデルの仕事と子育ての両立で多忙な毎日を送る中、乳がんが発覚し、闘病生活が始まる。その経験を綴った著書「モデル、40歳。乳がん1年生」(KKベストセラーズ、2009年)では、髪の毛をさっぱりと坊主にした写真が表紙を飾る。

Emi Kawasaki/HUFFPOST JAPAN

今回ハフポストは、「患者さんが希望をもって前向きに立ち向かえるがん医療の実現」を目指す中外製薬の協賛のもと、園田マイコさんにインタビューした。園田さんが乳がんを通じて経験したこと、暗闇から立ち上がることができた理由について話を聞いた。

反抗期の息子がそっと抱きしめてくれた

——園田さんは息子さんをひとりで育てながらお仕事をされていたそうですね。親が病気を患ったとき、子どもにどう伝えるかの判断は難しいと聞きます。

私の乳がんがわかった当時、息子は中学校2年生でした。多感な時期だったので伝えるかどうかためらいましたが、もう中学生だし本当のことを伝えようと決めました。でもどう伝えたらいいか悩んだんです。いわゆる反抗期、という感じだったので。

——反抗期。

ほかのママさんたちから聞いたのは「くそババア」とか(笑)。そういうのはうちはなかったんですけどね。なに聞いても「別に......」とか、「今日は楽しかった?」って聞いても「普通」とか、そっけない感じ(笑)。うまくコミュニケーションとれない時期だったんです。戸惑うだろうなと、余計に不安でした。

離婚後も良き理解者で信頼を寄せている元夫には、乳がんであることをすぐに知らせました。私が悩みながら家に帰ったとき、息子はすでに元夫から事情を聞いていました。「お母さんをサポートしていこうな」と男同士の約束を交わしてくれていたんです。

息子は私をそっと抱きしめて、「大丈夫だからね」と言ってくれました。

——とっても優しい息子さん、心強いですね。親子の絆を感じます。

反抗期で会話も少ない時期でしたが、いつの間に私と同じくらいの背丈になっていました。息子の優しさと、成長を感じましたし、同時に「この子のためにも、病気と向き合っていこう。がんばろう」と決意することができました。

Kaori Nishida / Huffpost Japan / 衣装協力: t.yamai paris

見た目が変わってしまう恐怖との戦い

——大きな覚悟を決めて、これから治療を始めるタイミングで一番不安だったことはなんですか?

宣告されてすぐの時は自分が死んじゃうんじゃないかっていう不安が襲ってきたのですが、治療にあたっては抗がん剤が不安でした。モデルの仕事をしているので、見た目が変わってしまうんじゃないかという恐怖です。見た目が変わって、仕事で迷惑をかけてしまう。それによって、仕事が減ってしまうんじゃないか。金銭面でも、ちゃんと生活していけるのかなっていう不安が一番でした。

——ご自身よりも、お仕事やご家族のほうを心配されたんですね

今思えばそうですね。金銭面の不安は、子どもを育てていかなければという状況だったからです。私の母も乳がんを患っていたので、抗がん剤の副作用で脱毛したり、痩せちゃったり、見た目が変わってしまう様子を近くで見ていましたので、仕事にも影響があるだろうと思いました。

——抗がん剤の治療を、実際にご経験されて、どうでしたか?

抗がん剤の副作用は、脱毛、吐き気、味覚障害、便秘などがありました。症状が繰り返しやってくるんです。だけど、点滴の中に吐き気止めが入っていて緩和されました。人にもよると思いますが、私の母が抗がん剤によって、辛そうにしている様子を見ていたため、思っていたほど辛くはなかったんです。母の時代からすると、ずいぶん医療が進歩しているんだなと感じました。

1回目が一番辛かったのですが、2回目、3回目になってくると、何日目でこういう症状が現れるっていうのがだんだん分かってきたので、ある程度自分の中で心構えもできてきました。うまく副作用と付き合っていこうという気持ちでした。

——女性にとって、髪の毛を失うのはつらいことですよね

私はモデルだし、髪の毛への執着心が強かったと思います。先生に「脱毛はしたくない」って訴えて「脱毛しない薬はないんですか?」って相談したんです。「再発した人に使える抗がん剤はあるけど、あなたは再発じゃないから脱毛は避けられない」って言われました。

思い切って坊主にしたら、世界が明るく見えた

——本の表紙の写真はインパクトがありました。なにか覚悟のようなものが伝わってくる写真です。心境に変化があったんでしょうか?

最初はやっぱり落ち込みました。頭皮がビリビリしてどんどん抜けていくんです。ものすごい量が抜けていくのに、髪の毛はまだある。なかなかなくならない。それに3回目、4回目の投与前には1回目で抜けた毛根から新しい髪が生え始めてきていたので、生命の力ってすごいと思いました。

ある日、がん患者の先輩たちが「抜けてもまた生えてくるから。数カ月の辛抱だよ」って言ってくれたことで、吹っ切れました。

乳がんの先輩が、「京都の寺町通を歩いていたら、道行く人たちに手を合わせられたの。尼さんに間違えられたんだよ」って話をしてくださったのを聞いて、「そんなに悪くないのかな」って思いました(笑)。むしろ楽しんじゃおうって気持ちになれたので思い切ることができました。

Kaori Nishida / Huffpost Japan / 衣装協力: t.yamai paris

頭を剃った瞬間に、世界がパァーと明るくなったんですよ。どうしてもっと早く坊主にしなかったんだろう。私は、なぜこんなに髪に執着していたんだろうって。髪よりも、命がなにより大切なのに。

乳がんの先輩たちの元気な姿に救われた

——こんなにポジティブなお話をしてくださるとは思いませんでした。つらい思いのほうがずっと多いはずです。

乳がんを宣告されて、最初の2週間が一番辛かった。ずっと塞ぎ込んでいて、結構どん底だったんです。不安で、悲しくて、毎晩泣いていましたよ。そのうちに、このままじゃダメだなって。そういう気持ちがちょっとずつ芽生えてきました。

ある精神科の先生が、「健康な精神状態の人間なら、だいたい2週間くらいで気持ちの切り替えができる」と教えてくださったのです。私は乳がんだけれど、気持ちは健康的な普通の人間なんだなって思いました。

だから、塞ぎ込んでいてはいけない。周りにたくさん支えてくれる人がいるから元気になろうと思えたのです。

——支えというのは、具体的にどのような。

一番ポジティブになれた理由は、紹介していただいた乳がんの先輩たちが、とても元気だったことです。そういう人たちの存在のおかげで、2週間ぐらいでひとつの壁を乗り越えることができたのかなと思います。

今は、がん患者さんとご家族が、気軽に相談に行ける「マギーズ東京」(注1)のような施設があります。困ったときにいつでも行けて、迎えてくれる場所。そういう施設がもっと増えたらいいのにと思います。

注1)2016年、東京都江東区にオープンしたがん患者やその家族向けの相談支援センター。がんなどを専門とする看護師や保健師および心理療法士が常駐し、無料かつ予約なしで利用できる施設。運営費は企業や個人の寄付により賄われている。

乳がんは身近な病気。「あなたはひとりじゃない」って伝えたい。

——現在、園田さんはモデルの仕事を続けながら、乳がん啓発のピンクリボン活動などをなさっているそうですね。どのような活動でしょうか?

講演会に呼んでもらってお話したりすることも多いですが、数年前から乳がんの患者さんがモデルさんになるファッションショーに参加しています。もともと乳がんの患者さんたちや、乳腺科の先生が始めたイベントです。

参加者は治療を終えた人、治療中の人、これから治療を始める人などさまざまです。みなさん、がん患者であることに後ろめたさや、恥ずかしさ、いろいろな思いをお持ちです。だけど、実際にランウェイを歩いている姿はキラキラしていてすごく素敵なんです。それまでは、ファッションショーには無縁だと思っていた人たちが、表に出て自分を表現する機会を作ることで、塞いでいた心がパァーとオープンになれる。

自分はがん患者だよ。でも恥ずかしいことなんてないよ。がん患者はこんなに身近なところにいるんだよっていうのを伝えたい。ショーが終わったあとはみんなで号泣しましたね。

Kaori Nishida / Huffpost Japan / 衣装協力: t.yamai paris

——素敵な活動ですね。いま乳がんと向き合っている方に伝えたいことはありますか?

「あなたはひとりじゃない」って伝えたいです。病気になるとひとりで悩みがちです。私も最初はそうでした。もちろん病気と闘うのは自分です。乳がんになって殻を破ってから人との出会い、そして初めて周りの人たちに甘えることをしました。思い切って自分の弱音をポンッて出してみると、それに応えてくれる人が必ずいます。まずは殻を破って、誰かに甘えてみてほしい。

がんは身近な病気です。もしも大切な誰かが苦しんでいたら、普段通り接してほしい。ご飯を作ってあげるとか、子供がいて大変そうだったらちょっとのあいだ子供をみてあげるとか。そういう普通の優しさが、患者にとって、本当に嬉しいことなんです。

◇◇◇

Kaori Nishida / Huffpost Japan / 衣装協力: t.yamai paris

闘病体験を笑顔で語る園田さんの姿が印象的だった。カメラを向けると、トップモデルのオーラを放ち、息子さんへの思いを語る彼女は優しい目をしていた。乳がんを経験して生まれた、大切な人たちとの確かな信頼関係が、苦難を乗り越えてきた証だ。

最近、落語を始めたという園田さん。聞くほうではなく語るほうだ。三遊亭圓窓師匠のもと稽古に励んでいるという。「わたしの姉弟子は小学生。子どもたちは柔軟で覚えるのが早い。いつも刺激をもらっています。来年2月には発表会があるので初めて『まんじゅうこわい』をやる予定です。夢は独演会かな?(笑)」

最後に夢を語って、私たちを楽しませてくれた。希望に満ちた彼女の表情は、あまりにも美しい。

中外製薬は、患者さんが希望をもってがんに立ち向かえる、がん医療の実現を目指しています。革新的な医療品の研究開発・供給・情報提供はもとより、患者さんやご家族、医療関係者に向けたセミナーの開催、最新がん医療の紹介などの支援活動を行っています。

 取材協力:TSUTAYA桜新町店
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