インフルエンザ大流行。日本から失われた「集団免疫」とは?

30年前、小中学生の集団ワクチン接種で日本の社会にインフルへの免疫ができていた。
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Thomas Peter / Reuters

インフルエンザが大流行している。

厚生労働省が1月26日にまとめたインフルエンザの発生状況によると、全国の推計の患者数は約283万人で、調査を始めた1999年以来最多となった。学級閉鎖や学年・学校閉鎖になった保育園、幼稚園、学校の数は、21日までの1週間で7536カ所にのぼっている。

大流行のたびに言われるのが、「集団免疫」の必要性だ。いったい、どういうことだろうか?

■小中学生の集団ワクチン接種、覚えてますか?

今から31年前に当たる1987年までの11年間だけだったが、小中学校でインフルエンザワクチンの集団接種が義務づけられていて、大半の子どもが学校で接種を受けていた時代があった。

全国で警報レベルになった。
全国で警報レベルになった。
国立感染症研究所

学校に校医が来て、クラスごとに並び、順番で注射を打たれるのだ。筆者もこの時期に小、中学生だったので毎年受けていた。注射は大嫌いだったが、友達の手前、我慢して受けたものだ。

この集団接種が始まるきっかけは、1957年の新型インフルエンザ(アジアかぜ)の大流行にさかのぼる。約300万人が感染し、約8000人(推計)が亡くなった。このときの教訓から、1962年から子どもへの接種が推奨されるようになり、1977年には予防接種法で小中学生の接種が義務化された。

だが、ワクチンを接種した後に高熱を出して後遺症が残ったと、国に損害賠償を求める訴訟が相次ぎ、国が敗訴するケースも少なくなかった。こうした社会情勢を背景に政府は法律を改正し、1987年に保護者の同意を得た希望者に接種する方式に変更、 1994年には、打っても打たなくてもいい任意接種に変わった。

同時にワクチンそのものの効果を疑問視する声も広がり、かつて100%近かった小中学生の接種率は、90年代、数%にまで落ちた。

■子どもの集団接種がなくなった後に起きたこと

小中学生のほぼ全員が毎年インフルエンザワクチンを打っていた社会がそうでなくなった場合、前後でどんな違いが見えてくるのだろうか。この時期に焦点を当てた研究がいくつかある。

その一つで、東京都内のある小学校を24年もの間、インフルワクチンの接種状況と学級閉鎖との関連を観察してきた慶応大の研究がある。

ワクチンが集団で接種されていた時期、希望者だけに接種した時期、そして任意接種になった時期、再び増えてきた時期など5期に分け、その間の接種率と学級閉鎖の数の推移を比べた(表参照)。その結果は、明らかだった。

HUFFPOST JAPAN

大半の子どもが打っていた4年間の学級閉鎖の日数は1.3日。それが緩和されると接種率の低下と反比例する形で8.3日、20.5日と増えていく。1996年には、この学校の児童の接種率は0.1%まで下がった。

だが同時に、高齢者施設でインフルエンザが流行し、入所者が相次いで亡くなったり、インフルエンザから脳症になって亡くなる子どもが増えたことなどがマスコミで相次いで報じられるようになった。そうした状況から、この学校でも1999年からインフルエンザワクチンを打つ人が増え始めた。それとともに学級閉鎖の日数も減っていった。

つまり、集団接種をやめて接種率が下がると、その分インフルエンザになる子どもが増えるし、逆に上がると減るのだ。

だが、子どもの集団接種をやめた影響は、学級閉鎖の増加だけにとどまらなかった。

■小中学生の接種が幼児やお年寄りにも影響を及ぼす

小中学生の集団接種の停止は、子どもだけではなく、幼児やお年寄りにも影響を及ぼしていたのだった。

2001年、米医学誌に、日本で子どものインフルエンザワクチンの集団接種が続いていた間と、やめた後のお年寄りの死亡率を日本とアメリカで比べた研究が載った。

子どもへの集団接種が始まると、インフルエンザで亡くなるお年寄りの数(超過死亡)は減った。お年寄りの数自体は増えていたのに、だ。だが、集団接種がなくなったあたりから再び増えた。

下のグラフを見ると、それが一目瞭然だ。日本では、ワクチンの集団接種率(棒グラフ)が高かった時期、肺炎やインフルエンザで亡くなる人の割合(折れ線グラフ)は下がっていた。88年に希望者のみの集団接種、そののち94年からの任意接種で接種率が極めて低くなったあたりから増え始めた。アメリカは、それと比べて、対照的だ。

Reichert et al.

この研究からは、子どもにワクチンを打つことが、子どもたち自身の発症や重症化を抑えていただけでなく、インフルエンザで亡くなることの多い高齢者の発症をも抑える役割を果たしていたことが分かる。

研究によると、日本での小中学生にインフルエンザワクチンの集団接種が、年間約3万7000~4万9000人の死亡を防いでいたという。言い換えると子ども420人への接種で、1人の死亡を防いでいたことを意味する。

研究で裏付けられた、子どもへの集団接種が、社会のほかの集団にも与える影響は「間接予防効果」(集団免疫)と呼ばれ、各国のその後のインフルエンザ対策に大きな影響を与えた。

一定割合の集団にワクチンを打つ取り組みを続ければ、それは接種を受けた本人や集団に免疫をつけるだけでなく、やがてその社会全体に免疫をつけることになるのだ。

そのことを説明しているのが、下の図だ。

National Institute of Allergy and Infectious Diseases (NIAID)

誰もワクチンを打っていない集団だと、インフルエンザのような感染症は集団にあっという間に広がる。ワクチンを打って免疫がついた人たちも多少いれば、その広がりは鈍るかもしれないが効果は一部にとどまる。

さらにほとんどの人がワクチンを打って免疫を付けている集団ならその間で感染する人はぐっと低くなる。その分、免疫のない人たちと感染した人たちが接触する機会がぐっと減るからだ。

いま、日本のインフルエンザワクチンは、定期接種の対象になっている高齢者らを除き、任意接種なので、医療機関で打つと1本3500円前後する。接種率が90年代のように数%という事態は脱したが、小中学生で6割前後にとどまるのは、こうしたお金の事情もからむ。

皮肉なことだが、日本では集団接種をやめた後に、初めて集団接種でもたらされる「社会の免疫」が実感されるようになり、一方で海外で集団接種が進むきっかけになったのだ。

ワクチンを打った人は確実にインフルエンザにかからないという訳ではないし、一人一人がうがいや手洗い、人混みを避けるなどの予防策を講じることはもちろん大事だが、集団接種という取り組みが、社会全体に「免疫」を与え、インフルエンザの大流行を抑えていたという点も、覚えておきたい。

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