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2018年01月29日 11時59分 JST | 更新 2018年01月29日 11時59分 JST

基地に揺れる名護 重いテーマを背負わされるまちで、市民は、解の見えない舌戦を見つめている。

沖縄県名護市で市長選が告示された

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朝日新聞社
市長選への思いを語る比嘉政昭さん=28日午後0時36分、沖縄県名護市、木村司撮影

基地に揺れる名護「反対ばかり限界」「共に繁栄、幻想」

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先として代わりの基地建設が進む沖縄県名護市で28日、市長選が告示された。計画浮上から6度目。日米安保の維持と、沖縄の基地負担の軽減という重いテーマを背負わされてきたまちで、市民は、解の見えない舌戦を見つめている。

 農業の比嘉政昭さん(50)は28日、街頭から新顔の支援を呼びかけた。初めて選挙に関わる。「悩み抜いて、覚悟を決めました」

 護岸工事が進む辺野古の北側の地域を「二見以北10区」と呼ぶ。比嘉さんはその一角、約6千坪の畑でカボチャを育てる。

 移設には反対だった。名護市沖での海上ヘリポート建設の賛否を問うた1997年の市民投票は「反対」。8年前の市長選は、初の反対派市長誕生を後押しした。市長も、二見以北の出身。過疎が進む地元対策への期待もあった。

 だが、何も変わらなかった。政府は「辺野古が唯一」と繰り返した。4年前の市長選は白票を投じた。

 畑にいると、米軍機の音が響く。過去には米軍ヘリのドアが畑に落ちたこともあった。集落は人が減り、共同売店も小学校も、もうない。農地整備は進まず、500リットルタンクに水をため、簡易水道と畑をトラックで何度も往復する。「これじゃあ生産高は上がらず、担い手は育たない」。取り残される不安が募った。

 昨春、辺野古で護岸工事が始まった。砕石を積んだダンプカーが行き交う。「誰が市長になっても工事は止められない」。気持ちがなえた。同じように閉塞(へいそく)感を抱く仲間と昨年11月、地域の将来を考える団体を立ち上げた。

 自公が推す候補を支えようと決めたのは、予算獲得を国に働きかけてくれると考えたから。灌漑(かんがい)用水の整備やコミュニティーバスの導入などを求めた。「基地を認めるのか」と知人に言われた。基地だけが地域が抱える問題じゃないのにとの思いがぬぐえない。会員は今、約200人。

 現市長は「命の限り反対し続ける」という。名護市民の1人あたりの所得は約192万円。比嘉さんは、「反対ばかりの市長では、もう限界だ」と考えている。

 変わらず、反対し続ける人もいる。松田藤子さん(77)。8年前、「新しい基地は造らせない」という現市長の訴えに共鳴し、初めて選挙を支援した。この日も、ビラの準備や、街頭アピールに加わった。

 金武(きん)町など「基地の門前町」で育った。基地マネーにわきネオン輝く街が、寂れていく様子を見てきた。「基地とともに繁栄し続けられるというのは、幻想だよ」

 沖縄戦で父を亡くした。戦後の生活は厳しかった。まき拾い、水くみ、家畜の世話。畑の行き帰り、単語帳を手に勉強し、小学校教員になった。「苦労してここまで生き延びた。なのに、今もまだ米軍に苦しめられている。許せない」

 移設計画が浮上し、20年あまり。反対でも、政府からの補償金を拒めなかった人も見てきた。自宅前からは、護岸工事が始まった大浦湾に浮かぶ作業船が見える。移設は止められないのかと思ってしまうこともあるが、反対をやめるわけにはいかないと思っている。

 「絶対に止めたい。ただもし、造られてしまうことがあるとしても、黙ってしまえば、基地を認めたことになる。認めてしまえば、米軍も政府も、今よりももっとやりたい放題になる」

 なぜ私たちばかりが問われ続けるのか。沖縄だけの問題ではない、全国の問題ではないのか。その思いは、反対する人も、容認する人も変わらないとも思っている。(安田桂子)

(朝日新聞デジタル 2018年01月29日 05時20分)

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