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2018年02月06日 07時33分 JST | 更新 2018年02月06日 07時43分 JST

ベルリンの壁「崩壊」から10316日。壁が存在していた期間を上回る。

壁があったのは1961年8月13日〜1989年11月9日までの10316日だった。

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東西冷戦の象徴だった「ベルリンの壁」が崩壊してから、2月6日で「10316日(28年2カ月17日)」を迎えた。

「崩壊後の期間」と「存在した期間」が同じとなり、2月7日からは「崩壊後の期間」が上回る。

「ベルリンの壁」は1961年8月13日、当時の東ドイツ政府が建設を始めた。

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「ベルリンの壁」を積み上げる東独の作業員(中央)。手前で見上げているのは西ベルリンの警官。撮影日:1961年06月02日

「壁」は、東ドイツから西ベルリン(西ドイツ領)への亡命を防ぐためにつくられた。

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市が二分化される前に東ベルリンの自宅から西側に逃亡する市民(ドイツ・ベルリン)撮影日:1961年08月01日

西ベルリンを取り囲むように作られたコンクリートの「壁」は、5年間で総延長約30キロになった。

ベルリンの象徴「ブランデンブルグ門」の目の前にも壁ができた。

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東ベルリン側にあるブランデンブルク門近くで、「ベルリンの壁」を強化する東ドイツの作業員ら(ドイツ・ベルリン) 撮影日:1973年07月

家族が、友人が、愛する人が分断された。

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West-Berlin citizens at the border crossing at Chausseestrasse in Wedding. August 1961 (Photo by Alex Waidmann/ullstein bild via Getty Images)

自由を求める人々が、「ベルリンの壁」を越えようとした。

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東ドイツ人民警察機動隊のコンラート・シューマン隊員。国境警備任務に就いていたが「ベルリンの壁」構築後、初の亡命者となった。彼が鉄条網を飛び越える姿を捉えた写真は「自由への跳躍」と題され、東西冷戦を象徴する写真の1つとなった。15.Aug.1961 (Photo by Chronos Media GmbH/ullstein bild via Getty Images)

壁を越えようとした数多くの人が命を落とした。

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1989年11月9日、「ベルリンの壁」は市民たちの手によって壊された。翌年、東西ドイツは再び一つになった。

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壁が消え、「ブランデンブルグ門」も再び通行できるようになった。

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1966年

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2017年

ドイツには「ベルリンの壁」の跡が残っており、分断の歴史を今に伝えている。

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ベルリンの壁跡を示す石とプレート(ドイツ・ベルリン) 撮影日:1999年10月21日