保育園に入りたい。でも、本当は中身で選びたい。問われる「保育の質」とは。

「『生きるか死ぬか』以外で『保育の質』が問われないのは寂しい」
左から後藤 英一(世田谷区保育課長)、井上 正明(ポピンズ副社長)、泉谷由梨子(産休中のハフポスト日本版ニュースエディター)、井上 竜太(「希望するみんなが保育園に入れる社会をめざす会」副会長)
Taichiro Yoshino
左から後藤 英一(世田谷区保育課長)、井上 正明(ポピンズ副社長)、泉谷由梨子(産休中のハフポスト日本版ニュースエディター)、井上 竜太(「希望するみんなが保育園に入れる社会をめざす会」副会長)

「保育園落ちた日本死ね」と題したブログが話題を呼んだのは2016年。国や地方自治体は2020年度末までの待機児童ゼロを目標に、保育施設の整備を急ぐ。ただ「量」は大事だが、親の立場からすれば、安心して信頼できる保育園に預けたい。

「質の高い保育」をどう実現するか。待機児童数が全国ワーストレベルの東京都世田谷区を軸に、親と区職員、事業者が語り合った。近く出産を控えて保活(保育園探し)中のハフポスト日本版ニュースエディター・泉谷も加わった。【聞き手:朝日新聞社会部・吉野太一郎】

■参加者(写真左から)

後藤 英一(48)世田谷区保育課長

井上 正明(58)(株)ポピンズ副社長。全国で認可・認証保育所やベビーシッター派遣事業を展開

泉谷 由梨子(34)産休中のハフポスト日本版エディター。第1子を3月に出産予定

井上 竜太(41)希望するみんなが保育園に入れる社会をめざす会」副会長。3人の子どもの保活を経験

「産まれる前から不安しかない」

――泉谷さんは3月に出産予定ですが、産まれる前から既に保活を始めていますね。

泉谷:妊娠が分かってハッピーだったはずが「3月産まれか!」と気づいた瞬間に「保育園が大変だ」と思いました。おかしいことですが、保育園に入りづらい、早生まれを避けることはもはや一般的なので...。一般的には新年度の4月に保育園がスタートしますが、都内の激戦区で、早生まれの子が1歳になった4月に認可保育所に入所させることはとても難しい。仕方がないので認証を含む認可外保育所をリストアップして、自宅から歩いて行ける範囲の6~7軒を回っています。

少しでも申し込みを早くするとよいという情報もあったので、まだ妊娠3カ月くらいの段階から保育園見学を始めました。内心「気が早いよ」と言われるかなと思ったら、全然そんなことなかった。これが噂に聞く「保活」なのかと、初めて我が身として実感しました。

認可外保育所は認可よりも高いですし、見学した中には実は安全面で不安を抱くような所もありました。ウェブサイトを見た段階でも伝わってきたんですが、それでも念のために回らなきゃいけないのかと思うと、結構辛い気持ちになりました。

職場に妊娠の報告をすると、上司は「いつ復帰できますか」と。「いつかは分かりません。保育所に預けられたときが復帰できるときです」と言うと、「えっ?」と。悲しさもあり、一方でハフポストは小さな会社なので、一人抜けることが大打撃なのは分かります。申し訳ない、心苦しさもあります。

――産まれる前から不安な気持ちで過ごさなければいけないわけですね。

泉谷:もう、不安しかないです。

――井上(竜)さんはすでに3人のお子さんを保育所に通わせた経験がありますね。今の話を聞いてどうお感じになりますか?

井上竜: 分かります。1人目の子は11月生まれ。認可保育所には4月の募集に0歳で入れないと、事実上もう入れない。翌年4月の時点ではまだ生後5カ月ですから、本当はもうちょっと家でみていたい微妙な時期なんですよ。(育休中の妻が)復職できないと困るので申し込みましたが、第7希望まで認可は全部落ちました。

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当時、そんなに厳しいだなんて知らなかったんです。「共働きでフルタイムだし入れるだろう」と気楽に考えていた。今は情報があるから早めに動くんでしょう。

2人目は4月生まれなんですけど、一人目の時にもやもやした気持ちだったので「産み月」を考えちゃいました。3人目のときも8月産まれですが、考えました。本当は何月生まれだろうと関係なく、子供はすこやかに育てたいと思っているのに、保育園への入園時期から逆算して考えないといけない状況になっているのは寂しい。今は卒業したから「寂しい」だけど、その渦中にいるときは、やっぱり理不尽だなあと思いましたね。

世田谷区は待機児童数が全国ワーストの自治体と言われているんですけど、後で調べてわかったんですが、第1子は事実上入れないんですよ。フルタイムポイントときょうだいポイント(※)を持っている人で、0~1歳は97~98%埋まってしまってるんです。だから、フルタイムの人でも残りの2~3%の枠しか入れない。でも第1子にきょうだいポイントは加算されない。1人目の保活の不安さはすごくよく分かりますね。

※認可保育園の入所希望者は、各家庭の保育の必要度合いを測る「ポイント」の高い順に決まる。自治体によって基準は異なるが、共働きの世帯、フルタイム勤務、同じ園に年上のきょうだいを既に預けている場合などで「ポイント」が積み上げられる。都内では希望者の多くの家庭が「フルタイム・共働き」の要素を満たしており、それ以上の理由があるかどうかが、明暗を分けることが多い。

後藤:そういう厳しい状況を踏まえて、施設整備を進めているんですけど、まだまだ足りない。就学前児童の保育所の入所率は、世田谷区は全国平均からみてもまだ低いんですよね。2020年4月の待機児童解消を目指して、来年度は1400人ぐらいの定員増を確保しましたが、都市部特有というか、整備すればするだけ情報が流れて、どんどん人口が流入してくる部分もあります。

待機児童解消を最優先に進めてきて、成果は徐々に出つつあると思っています。昨年ようやく区の待機児童数が1000人を切って3桁になったので、今後はただ造ればいいというのではなく、きめ細やかな整備をしていかないといけない。地域ごとの人口の動きを見極めて、この地域で施設を造らないと意味がないといった部分がより顕在化してきている、とても難しい状況です。

井上正:待機児童は、我々保育事業者の立場からも切実な問題です。質の高い保育所を一つでも多く造っていきたいんですけど、保育士不足などいろんなボトルネックで、検討段階からあきらめざるをえない状況にある。我々は育児コンシェルジュというサービスがありまして、企業様と契約をして、子育て全般のお悩み相談から保育所探しのお手伝いもしています。その中で、弊社の認証保育所に入りたいといったご相談があっても、ものすごい人気で、何十人待ち、下手すれば100人待ち。なかなかご期待に応えられず忸怩たる思いでいるというのが現状です。

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規制緩和めぐる、国と自治体の違いも表面化

――待機児童解消が国の政策目標になって、国と地方自治体との意見の違いも表面化しています。最近では自治体が国の基準より厳しく設定した保育士の定員や面積基準を巡って、国が緩めるよう求める動きも出始めました(※)。

※認可保育園の保育士の配置や保育スペースは国が基準を設けているが、世田谷区など多くの自治体が国を上回る独自の基準を設定している。たとえば保育士1人がみる子どもの基準は、1歳児の場合、国が6人に対し、世田谷区などは5人。待機児童の解消を求める国は、こうした自治体に国の基準に合わせるよう要請しているが、ほとんどの自治体が応じていない。

後藤:国の規制改革推進会議からも、保育定員や面積基準の緩和を求められています。実は、同じような話が2年前に一度議論になったことがあって、国の方から基準緩和を検討してほしいと、全国の自治体に投げかけたんですね。しかしその意見に賛同して緩和した自治体はほとんどなかった。その流れは今も変わっていないどころか、数が増えれば増えるほど、質の重要性は、より高まっていると感じています。

定員にしても面積にしても、保育の質、子どもの安全が一番大事なところですので、世田谷区はそこを守り続けながら、保育定員を増やす。質との両立をやっぱり考えていかないといけない。そこはどんな状況になっても変わらないですね。

国の方も、基準を緩和してどんどん詰め込んで待機児童を解消しろ、と言っているわけではなく、現場のちょっとした工夫で乗り切れるのであればやってもらって、実現できないハードルがあるのであれば取り除くという趣旨で言っているんでしょうが、結論だけドーンとダイレクトに来るもんですから。趣旨を分かりやすく説明していただいて、日本全国でやっていきましょうといった施策の進め方が伝わってくれば、雰囲気も変わると思うんですが。

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――事業者として現場を見ていると、基準の話はいろいろお感じになることも多いと思いますが。

井上正:これは緊急避難的にご検討いただきたいことなんですが、1歳児に対する保育士の配置基準が、国基準は保育士1人に対して1歳児6人ですが、世田谷区は1人に対して5人なんです。現場の運営上、お昼ごはんやお散歩のときなどは国基準だけでは回らないので、補助要員として子育てサポーターという人がついていますが、世田谷区の認可保育所の場合、この補助要員にあたる部分も保育資格者を配置することが必要となります。

保育所はだいたい13時間開いているので、保育士のシフトを組まないといけないんですけど、そこで資格にこだわると、保育士不足の中では結局、長時間労働でしのぐしかなくなって、疲弊し、辞めていって、ますます保育士不足になる。確かに本当に必要な時間はきちんと保育士を配置する必要があるんですけど、業務によっては保育士資格のない人が代替してもいい部分もあるはずなんですね。安全性を確保した上で見直しの議論ができると非常にありがたいです。

後藤:まさにそういう部分を全国的に議論して展開していただきたい。誰でもいいんだということではなく、きっちり制度設計がされた上での考えであれば、それはありうると思いますね。

井上竜:他の自治体は資格にはこだわっていない自治体が多いんですか?

井上正:国基準の、1:6を採用している自治体が大多数です。その中で本当に足りない時間帯だけ、サポーターで補えば結果的に保育士の負担も減る。もともと1:5の中でキュウキュウに回していくと無理が来てしまう。

後藤:東京都でも保育補助者への雇用補助事業というのがあって、これまで所定の研修を受けなければいけなかった要件が来年度から撤廃されると聞いています。資格は大事なことなんですけど、資格取得に向けて勉強されている方で、スキルにまったく問題ない方々も結構いらっしゃる。そういった方々にどんどん入っていただくのは非常にいいことだと思っています。潜在保育士も含めて「働きたい」と言っている方の上手い活用の仕方を考えていかないといけないと思います。

泉谷:保育士の数が多い方がいいと一般的には思われています。でも、保育士さんは、実際にはお掃除とか、「保育」以外のたくさんの業務をこなしている。そうした、子どもと接する部分以外のところを、事務職の人を雇ってやってもらうとか、資格職だけではない分担の仕方もあるんじゃないかと思うんです。

井上正:保育の現場の仕事は保育士でないと出来ない仕事とそうでない仕事があります。たとえばお掃除に関して言うと、我々は個人宅に限って外国人家事支援員の事業も始めましたけど、場合によっては保育所などの法人も利用できるよう規制を緩和してもらえないか国に働きかけているんです。

あとはICTの有効活用。たとえば「お昼寝チェック」で、保育士は5分おきにノートに矢印で上向き、横向きとメモしていって、下向きになっていたら起こすということを地道にやっていますが、今は特殊なモニターカメラなども実用化しつつありますので、赤ちゃんの寝返り状況や心拍数や体温などをきちんと計測した方がむしろ安全性は高まるかもしれない。また現在、経産省と組んで、自治体の報告や申請書類のICT化も実験しています。

そういうことをきちんと整理して議論しようと「保育の未来を創る会」という協議会を6社でつくって勉強会と国や自治体への提言活動をしているところです。

――現状では難しいんですか。

井上正:今まではできていなかった。とにかく保育士の数がすべて。質の議論はそこに終始してしまっていた。お掃除とかは保育士でなくてもいいはずなんですが。

泉谷:連絡帳を手書きで書くとか、壁の飾りを作るとか、そういう業務も保育士でなくてもいいんじゃないかと思うんです。連絡帳など、電子化すればいいのは分かっているのに、現場の余裕がなさ過ぎて導入が難しいとも聞きます。無資格の人であっても、全体の業務改善を進める人員ならば、数に入れてもいいんじゃないかと思います。

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「『生きるか死ぬか』以外で『保育の質』が問われないのは寂しい」

井上竜:「保育の質」(※)といってもいろんな質がある。東大の秋田喜代美教授が国際経済協力機構(OECD)のまとめを紹介していますが、今の保育士や面積基準の議論は主に「構造の質」だと思うんですよね。生きるか死ぬか。命に関わる部分はいちばん大事だけど、議論がそこに終始しちゃってる。僕たちの大事な子どもが、心身ともに健やかに育ってほしいと願って保育園を見学します。ところが実際に入れる段階になると「とにかく構造の質だけ守ってほしい」となってしまっているのがすごく寂しい。

ICTの話も、保育士がお子さんをみるという本来の仕事に専念できるようにするためという意味では「構造の質」の一部なのかも知れないけど、保育環境をめぐる「過程の質」かもしれない。その議論が整理もされずごっちゃになって「保育の質」という一つの言葉だけで語られているのが現状なんですよね。行政や事業者さんはどう切り分けて、どう思っておられるのか。そこをうかがいたくて今日は来たんです。生きるか死ぬかは、最低限じゃないですか。

※ OECD(経済協力開発機構)などは、構造、過程、成果といった分類で、子どもとの触れあいや遊具など育児環境も含めた総合的な質の向上を訴える。日本での「保育の質」を巡る議論は、保育スペースの基準や保育士の配置基準など保育インフラに関わる「構造の質」に偏っていると研究者らが指摘している。

泉谷:正直なところ、今は入れればどこでもいいという心境になってしまいます...。

井上竜:あかん、それ言ったら。

泉谷:贅沢は言えないなという気分で。

井上竜:土地柄、世田谷区は教育熱心な方々もいる、今は選べる状況でもそもそもないんですけど、今後はそういう所にも目を向けないといけないんじゃないかと思うんです。

後藤:まさにそこが今、いちばん大事だと思っています。世田谷区はだいぶ前から、お子さんが充実した幼年期を過ごせる保育とはどういう考え方だろうと、ずいぶん前から議論していて「保育の質のガイドライン」というものを作って、新規開設の事業者さんに向けて、冊子や漫画にして配っています。

現場の方々が意識してくれないと質の底上げが図れないので、そこから力を入れています。実際に園長OBの方を中心に各私立園を巡回して、一緒にいい保育について考えるきっかけも持たせていただいたりとか。そこは世田谷区の大きな柱と思っています。

井上正:井上さんのおっしゃること、まさに同感です。保育所というのは社会的なインフラで、水道、ガス、電気、鉄道などと同じで、福祉という考えで最低限これだけは守らないとというのはもちろんあります。でも質というのはそれだけではいけない。弊社ではエデュケアと言って、保育だけじゃなくて教育(エデュケーション)とケアは両方必要だという大きな保育方針でやっていますし、画一的にお預かりするのではなく、お子さん一人一人の個性を伸ばしていこうと努力しています。

自治体によっては、希望者が申し込めば英語やリトミック(音楽教育法の一つ)の受講を認めてくださる。あるいはオプションサービスと言って、たとえば紙おむつをメーカーから直接保育園に送ってもらい、保護者が家から持参しなくて済むといったことを、かなりの自治体が認めて下さっています。ただ世田谷区は、平等でないといけないとしてなかなか認めて下さらない。

後藤:行政としてどこまで統一的に展開していくべきなのかは、どういう保育を考えていくのかに帰結すると思うんです。人によっては英語のサービスをあまり幼いうちから体験するのは、かえってよくないとおっしゃる方もいる。なので選択でということになる。児童福祉施設を整備して事業展開していく中で、そこを統一的に全部やるというのも個人的には違うと思う。質の担保がサービス拡充と必ずしも一致しないということもある。

英語のサービスがあると、今の保護者の方々には評価が高い。そういったことをやっていきたいとおっしゃる新規の事業者さんもあるんですよね。柔軟にメニューとして展開していただく分には、不可能ではないかなと思います。細かいメニューでみれば今は、私立の園でもそれぞれの方針に基づいてやっているので、あまり厳しい制約を設けているわけでもない。

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――利用者としては当然、いろんな選択肢があってほしい。

井上竜:保育と教育の境目が非常に難しいと思いました。自分の子にいろいろ体験させたいから選択肢は多い方がいいというのは、親の気持ちとしてある一方、送迎の手配や受け入れに手間が一つ一つかかって、保育士の負担にもなる。そこまでして、本来の子どもをみる仕事が手薄になってほしくないという気持ちもある。習い事をさせたいんであれば、別の場所に送迎したり、親が自らシッターさんを手配して通わせたりとか、やりようはある。あれもこれも保育で、というのはわがままな気もしますよね。

先ほど紙おむつの話が出ましたが、持ち帰りにしている保育所では保育士にも多くの負担がかかっている。区や行政の判断で「それは一括で持ち帰らないでいい」とすれば、保育士も喜ぶし保護者も助かるかもしれない。

今、末っ子を預けている保育園の保育士さんはとてもよくして下さっているんですが、処遇の話を新聞で読むと「ええっ、こんな給料であんなことまでやってくれているの? そこまでしなくてもいいし、逆にもうちょっと払ってもいい」と思うぐらい。保護者としては複雑な気持ちがあります。お子さんをみたいという思いで保育士になった方が多いはずなので、負担を軽くして、そこに注力できるようにしてほしい。お金だけじゃないやりがいというところにも本当は踏み込んでほしいと思います。

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――井上さんのお子さんは3人とも違う保育所ですか?

井上竜:3つ経験しているんですよ。1人目は認証、2人目は私立の認可。3人目は区立の認可。それぞれ特徴はあります。選べるんだったら距離以外にも要素はあります。本来は理念やサービスで選びたいけど、今はそういう状況にない。

泉谷:「選べるならここがいい」という所は、どこが違うんですか?

井上竜:園の方針や雰囲気、保育士への人間的な相性というのもある。言葉ではちょっと言い表せない。寒くても外で遊ばせてほしいという親もいれば「風邪引いたらどうするんだ」と思う親もいて、考え方は違う。合う、合わないはありますね。

――本当は保活は内容で選びたいですよね。

泉谷:本当は、園庭が広々していて、保育士さんも余裕があって、というところを選びたい。しかし23区で広い園庭がもはや望めないことはわかっています。

井上竜:そう思うでしょ? でも保活も3人目になると、園庭があっても、どういう使われ方をしているか、外にどうやって散歩に連れていっているのか、遊ばせ方、園庭があってもどう使っているかというのを育休中に見始めるんです。あればいいというものではない。

井上正:園庭がなくても近くの公園をうまく使って遊ばせています。そこはご心配なく。

井上竜:1人目の子が通っていた認証保育所は園庭がなかったですけど、5~6の公園を確保していて、日替わりで毎日違う公園に行っていました。

泉谷:本来は保活というのは、ここはいい園なのか、教育方針はどうかしらとかというものを見たい。現実を考えると、この国はそこまでの段階じゃないと思って、はなからあきらめてしまっている状態ですね。

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待機児童対策でベビーシッター補助の方針を打ち出した東京都、しかし...

――必ずしも保育所である必要はないかもしれません。都が待機児童対策として総額50億円をかけて、ベビーシッター料金を最大9割補助する方針を打ち出しました。これも施設整備に頼らないやり方ではあると思います。どう思いました?

泉谷:待機児童対策としてかなり安心できました。頑張れ小池知事と思った(笑)。入れなかったときのセーフティーネットと考えると、「落ちてもベビーシッターがあるから、もしかしたら育休延長せずに仕事復帰できるかも」と、ちょっとやる気が出てきました。落ちる前からもう絶望感で「日本死ね」という心境でしたが、「東京都は生きろ」と(笑)。

待機児童問題の解消は、国が主導権を取ってやってほしいとは思うけれど、待機児童問題が都市部でより深刻になっていることを考えると、やっぱり全国で統一の政策を実行するのは難しい部分もあって、なんだかんだで都が頑張ってくれないと。ベビーシッターの確保が難しいという問題もあるけれど、旗を振ってやってくれたこと自体は、感謝。もっと頑張ってほしいと思ってます。

――でも東京都でもいくつかの自治体は既に(待機児童解消のための緊急策として、ベビーシッターを派遣する「居宅訪問型保育事業」を)やっていますよね?

泉谷:でも、今までは枠が10人とか。安心できるレベルではないです。

井上正:我々はもともとベビーシッターから始まった会社なので、実は我々も渋谷区の事業をやっているんですけど、ベビーシッターが集まればもっともっとやりたい。保育士もそうですけどベビーシッターも、とにかく保育を担う人材が不足している。

今回の小池知事のプランはまさに待機児童対策。待機児童は都市問題だから都がやらなければならない事業で、すごくいい制度なんですけど、人手不足です。保育所でも保育士資格のない子育てサポーターが集まらなかったり。それと同じで、ベビーシッターも本当に不足して困っているんですよね。

――それはどうしてなんでしょう?

井上正:一つは保育人材は子育て世代の女性が多いんですね。保育士で、産休・育休を挟んでベビーシッターになる人も増えている。しかし、そういう方が働ける時間は10時から5時までなど、コアタイムに限られている場合が多い。でもベビーシッターは早朝や夜間に急に必要になったりするので、その人材が圧倒的に不足する。だから50億円の補助制度が始まっても、この時間帯はいいけどこの時間帯はダメということが十分に起こりうる。

もう一つの問題は配偶者控除。ベビーシッターで夫婦共働きという方はだいたい、10月ぐらいから(夫が所得税の控除などを受けられるように妻の収入を抑える)調整に入ってきて、だんだん働いてもらえなくなる。ここはぜひ国にも、働いたら働いただけのメリットが返ってくる税制にしていただきたい。

3つ目はマスコミの方にお願いです。保育士やベビーシッターはきつい、長い、安いといった負の形容詞が多いような気がします。これだけ保育人材が不足しているんで、ぜひプラス面も報じて頂きたい。お子様の人格形成にも関わっていく、本当にやりがいのある仕事だし、給料も実はどんどん上がってきています。何より定年がない。70、80代で働いている方もいらっしゃる。すごく魅力的な仕事だということを打ち出していただければ、待機児童も減ると思います。

――給与面以外ではどういう条件があればもっと担える人材が増えますか?

井上正:きつい、長い、安いと言いますが「安い」はだんだんよくなっている。しかし「長い」は、社会の縮図。日本の働き方がおかしいんです。子育て中なのに朝早くから夜遅くまで残業とか土日出勤とか。それを支える保育所やベビーシッターはもっと重労働になるじゃないですか。

泉谷:ハァー(ため息)

井上正:そこは日本の会社も変えないといけないし、保育の担い手たちのシフトが上手く回るような働き方にならないといけない。資格だけにこだわらないというのはまさにそういうことですし、「長い」は減らさないといけない。

やっぱり退職する方が多いですからね。せっかく入ったのに。年間に4万人、養成校を新卒で出て、2万人しか保育士にならない。なっても現場に来て「こんなはずじゃなかった」と、転職するような現実がありますね。

あと「きつい」はやっぱり、作業がものすごく多いという現実があります。手書きで絵を1枚描くのに何時間かかるんだという作業がありますし、幼い命なのでいつも緊張は抜けない。保護者との関係もある。最近は「年長者とどんなことを喋ったらいいか分からない」という悩みや、いろんな精神的なきつさを抱える保育士もいる。IT化もそうですが、保育人材への研修など、ぜひ行政と一緒になって底上げしていくことが必要ですね。

井上竜:ベビーシッターは期待している面もあるし、不安な面もある。シッター1500人分を用意するというけど、東京都は発表しているだけで8000人の待機児童がいる。それで足りるのかという問題もある。ただ、今は働いていないけど、フルタイムでなくて5~6時間ならベビーシッターで復職しようという人材を、どれだけ掘り起こせるかにかかっていると思う。

Taichiro Yoshino

井上正:保育所で働く人材がベビーシッターに移ったのでは全然、問題の解消にならない。今回の制度を契機にいかに保育人材を掘り起こすか。それをセットにして考えないといけないですね。

後藤:やり方によっては大きな可能性もあるでしょう。ただ、実は認可保育所に入れなかったからベビーシッターを利用している方って、世田谷区では意外と少ないんですよ。一桁ぐらいしかいない。なぜそうなのかの分析はまだできていないんですけど、日本にベビーシッター制度がまだなじんでいないのもあるのかもしれない。

――世田谷区は実施予定なんですか?

後藤:そういうこともあって、今のところ事業認可の主体が東京都にあるということと、実態として利用があまりなさそうだという判断もあります。事業者の安全をチェックする仕組みが世田谷区としてできていないことは大きいと思っていて、補助の活用は今のところ考えていないです。

泉谷:あれ、なんか希望がなくなってきました(苦笑)

井上竜:去年の春からシッターさんに、夕方2時間だけ週2回来てもらっています。最初は家に入れるのにすごい抵抗があったけど、来てもらうとすごく助かる。心理的なハードルや、今の利用状況もありますけど、こういう制度があったら利用したいという潜在的な需要もあると思う。

井上正:補助金が出て認可保育所並みの負担で済むとなれば、利用者は増えるのでは。

泉谷:今、利用者がいないからといって、導入を諦めないでほしいんですが...。

後藤:まさに考えるきっかけを東京都さんから与えていただいているという気がします。

泉谷:文化が根付いていないというのは確かにそうで、一般的には、ベビーシッターに家で一人で子どもをみてもらうのに抵抗がない人はまだまだ少数派。安全性もありますが、知らない人が家に来るのは嫌だという感覚でしょう。

井上竜:それもあるし、知り合いや自分の親に「じゃあなんで働くの。奥さんがみればいいじゃない」という方も根強くいますよね。

――泉谷さんはシンガポールに在住経験があるんですよね。

泉谷:2年前に帰国するまで3年間、夫の仕事の関係でシンガポールに住んでいて、外国人の家事労働者、主にフィリピンやインドネシアから働きに来ている人の支援をするNGOの職員をしていました。シンガポールでは、かなりの家庭で住み込みの家政婦さん(メイド)を雇っていて、特に子育て世代や介護をしている世代には一般的なんですね。

シンガポールや香港などでメイドとして働くにあたり、保育の実習を受ける、インドネシアの女性たち
ROMEO GACAD via Getty Images
シンガポールや香港などでメイドとして働くにあたり、保育の実習を受ける、インドネシアの女性たち

産休・育休制度は日本より充実していませんが、お母さんはその分働けるし、社会的な負い目もない。「他人に家事をやらせるな」という社会的な圧力がない。シンガポールも数十年前に「女性は働きなさい。家事は外国人に任せて」というキャンペーンを政府がやったんですよ。女性を労働市場に送り出し、経済発展の礎になった成功事例と政府は考えています。

井上正:私もシンガポールに1年住んでいました。ホーカーズ(屋台)が安くておいしいので、シンガポール人は朝ご飯作らないで外食する人も多いですよね。

泉谷:これは極端な例ですが、私の元同僚のシンガポール人女性は、子どもがいるのに洗濯機の回し方を知らなかった。人身売買のようなことや住み込みなので虐待など問題もいろいろあるんですけど、家政婦それ自体は助かるなあと思っていました。100%日本に輸入すればいいわけではないですが、学んで取り入れてもいい部分があると思っています。

問われている保育文化

――まさに日本の保育文化が問われているんだと思います。最後に、保育の質の向上を実現するために、何が必要だと思いますか?

井上正:まず厚生労働省が保育の質をきちんと整理できているのか。厚労省はよく保育士の有効求人倍率の話をしますが、現場で保育士の長時間労働の問題があり、どういう疲弊が起きているのかをどこまで理解いただけているのか。我々事業者が自治体から保育所を造るご相談をうけても検討段階であきらめざるを得なくなっている現状を、伝える義務がある。我々は決して質を下げてまで量を拡大しようと思っていませんし、質は絶対守りつつ保育所を増やしていきたい。ではきちんとした質って何だろう。高めるためにどうすればいいのか。

やっぱり保育所というのは人で、AIの時代になっても保育士はなくならない仕事の筆頭と言われています。一人一人の保育士をどう育てていけばいいのか、保育の環境をどう整備していけばいいのか、地域の交流をどうすればいいのか。一つ一つきちんと高めていきたいと思います。

Taichiro Yoshino

後藤:いちばん大きい課題はやはり、待機児童を解消しなければいけない。合わせて保育の質も、両輪で引き続き頑張っていきたいと思っています。「質って何?」というはっきりした打ち出し方とか、いちばん待機児童が多い自治体だからこそわかる課題もあると思っていますので、国や東京都に積極的に発信していくのも大事な役割と思っています。

泉谷:私の立場からは、質で選べるようなレベルまでまず量を増やしてほしいということですね。質は問わずに入れればいい、というのは本来おかしいと思うんで、選ぶ余地を与えて欲しいと思います。

井上竜:私は「希望するみんなが保育所に入れる社会をめざす会」ですので、量を増やせと言っている人みたいに見られるんですけど、やっぱり大事な子どもを預けるところはちゃんとした所に預けたいと思っている。幼児教育の無償化に8000億円、待機児童対策に3000億円が投じられますが、3000億は建物の予算だけで質の話がスポッと抜け落ちている。箱だけ増やしてほしいなんて私たちは思っていない。

規制改革推進会議だけでも、自治体だけでできることでもないでしょう。今は事業者に質の部分が全部、最後に押しつけられている気もしているんですけど、当事者も入れて議論してほしい。保育士や事業者の生の声を反映して議論しながら、みんながある程度納得出来る枠組みをつくってほしいと思います。

泉谷:お父さんとしては?

井上竜:それぞれ自分たちの考えがあるから、選択できる状況になってほしい。少なくとも自分の子どもが親になる頃には、「自分はこういう保育所、保育士に預けたい」という選び方ができるようになってほしい。うちの子は待機児童という問題にひっかからないようにと願っています。