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2018年02月13日 10時03分 JST | 更新 2018年02月13日 10時25分 JST

高木美帆は「サッカー部時代」も逸材 「当時からすごすぎて同じ星の人とは思えなかった」

中学校ではサッカー部に所属していた。

朝日新聞社
リフティングを披露する高木美帆=2010年

高木美帆、サッカー部でも逸材 「当時からすごすぎた」

レースを終えた高木は穏やかな表情で天を仰ぎ、右手を何度も突き上げた。チーム関係者と抱き合うと、ほおを涙が伝った。

観客席で見守った高木の父、愛徳(よしのり)さん(60)はゴールの後、日の丸を広げ、笑顔で拳を突き上げた。心の中で「よくやった!」と声をかけたという。「日本チームの次につなげられる結果だ。お疲れ様、と言ってやりたい」。「ミホー!」と声援を送った母の美佐子さん(55)は「おめでとう。お世話になった人たちに恩返しができたのではないでしょうか」と話した。

中学校ではサッカー部に所属した高木。小中と同じサッカーチームでプレーした北海道幕別町の中学校教員、蓮見健斗さん(23)は「メダルに手が届いて良かった。気持ち的にも弾みがついたと思うので、次の種目で納得する滑りをしてベストを出して、できれば金メダルをとってほしい」。中学3年の時、サッカー部は道大会に出場した。高木はスケートの海外合宿と重なり、出られずに悔しがった。それでも、同級生にユニホームの色に合わせたミサンガを手作りしてくれた。大会直前は国際電話でメンバー一人ひとりと話し「頑張ってね」と激励してくれたという。

ダイビングヘッドをして眉毛のあたりから血を流したこともあった。技術も高く、男子にも当たり負けしない。中2のころは有望選手が集まる合宿にも参加した。サッカー部顧問だった森英樹さん(50)は、バンクーバー五輪の代表候補になってもサッカーに手を抜かない姿勢が印象に残っている。スケートが中心の冬場も体育館での練習に顔を出し、「休むのも仕事」と言ったが「やりたい」ときかなかった。高校でもサッカー部に入りたいという思いも聞いた。

自宅で声を上げながらテレビを見たという森さんは「まさか教え子がメダルをとるなんて」と驚いた。「メダルを見せてもらうのが楽しみ。サッカー部時代は『いつも通りを心がけることが大事なんだよ』と教えていたが、今日もいつも通り全力で頑張っていたと思う。滑り終わった後は、いい表情でしたね。まだ種目があるので、もうひとがんばりしてほしい」と話す。

「当時からすごすぎて同じ星の人とは思えなかった」という蓮見さんは昨夏、友人の家で高木とバーベキューをした。リラックスした様子で、笑みを絶やさなかった高木。平昌五輪について、こう語っていたという。「調子はいいよ。たぶんいけると思う」(高浜行人)

(朝日新聞デジタル 2018年02月13日 01時03分)

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