ブログ

ハフポストの言論空間を作るブロガーより、新しい視点とリアルタイムの分析をお届けします

AAR Japan Headshot

シリア人職員の思い:マフラーがつないだ命

投稿日: 更新:
印刷

「ぼくは彼女が死んだと思った。彼女もぼくが死んだと思った」


空爆や爆発物の被害を防ぐ活動をしているAAR Japan[難民を助ける会]職員のアリ(仮名)は、自分自身が爆発物で大けがをし、一命をとりとめた過去があります。

アリはその体験を鮮烈に思い出させてくれる白いマフラーを大切にしています。

アリは2013年7月、友だちに会いに訪れた大学のキャンパスで、ロケット砲の爆撃に巻き込まれました。身体が押しつぶされるような衝撃を感じ、耳鳴りがし始めたと同時に意識を失っていました。

目が覚めると全身血だらけで、首からは止めどなく血があふれ出ていました。助けを求めて叫ぼうとしましたが、声が出ません。爆弾の破片が右耳の下に刺さっていて、顎の感覚がありませんでした。「自分はここで死ぬんだ」と覚悟しました。

ふらふらになりながら、建物前の大通りの方に向かっていくと、見知らぬ女子大学生が駆け寄って来ました。

自分が身に着けていたマフラーを外すと、アリの首に巻きつけて、アリの手を首に添えて止血するように押さえました。アリを友人に託して建物の中に運ばせると、自分は「助けを呼んでくる」と外に走って行きました。

その数分後、次のロケット砲がその建物のすぐそば、アリが直前までいたところに着弾し、爆発しました。アリは建物の中にいたため、それ以上の被害は受けずに済みました。

その後、アリの友人が血だらけで横たわるアリを見つけ、病院に運びました。救急車には同じようにけがをした4人が乗っていましたが、病院に着く前に1人が亡くなりました。2つの病院に断られた後、ようやく別の病院に収容されました。

止血し、傷をきれいにしてもらってから、医師に「手術には家族のサインが必要だ」と言われたことまで覚えていますが、その後のことは記憶がありません。

アリが病院のベッドで目を覚ましたのは2日後。傍らにいた母親に話そうとしましたが、話せませんでした。ノートとペンで会話して、手術が終わったことを知りました。

10日あまりで退院できましたが、食事も会話もできない状態が半年間続きました。爆弾の破片は顎と歯を砕き、神経や筋肉も切断していました。

筆談で家族と意思疎通はできましたが、外に出かけることが怖く、大きな物音を聞くだけで飛び上がりました。友人たちからの誘いも断り、家に引きこもる日々が続きました。

相次ぐ爆撃や空爆で、電気やインターネットが自由に使えない中、本を読むことと小説を書くことが唯一の心の慰めになっていました。アリは「鬱々とした日々を送っていたから、せめて何かきれいで気持ちが温かくなることを考えたかったんだ」と振り返ります。

ようやく会話ができるようになると、アリは、自分の命を救ってくれた女子大学生を探しに外に出始めました。覚えているのは、暗い髪色で白いマフラーをしていたことだけ。手あたり次第の知り合いに尋ねましたが、誰も知りませんでした。

あの日、大学のキャンパスには2つのロケット砲が撃ち込まれ、近くにいた学生や、隣接する学生寮に避難していた人々計100人以上が亡くなったといいます。「自分を助けた後、彼女も砲撃に巻き込まれて死んだのかもしれない」と考えるようになりました。

それから3年、アリはシリアから逃げ、別の国で暮らしていました。ある日、シリア人の友人に大学で負傷し、女子大学生に助けてもらったことを話したところ、「私、多分その子を知っているよ」と思いがけない返事が返ってきました。

その白いマフラーの女性も、アリのことが気になって、友人に「首にけがをした学生を知らないか」と聞いて回っていてたそうです。アリの友人もその話を彼女から聞いていました。彼女もアリの消息がつかめず、「あの場所で亡くなってしまったのではないか」と思っていたそうです。

友人を介して連絡を取り合い、数日後に電話で直接話をすることができました。感謝の念を伝えた後、彼女にどうしても聞きたかったことを尋ねました。「マフラーは綺麗に洗ってしまってあるけど、返した方がいいかな?」。

自分を救ってくれた彼女にマフラーを返すことができず、心残りになっていたのです。彼女は笑いながら「一度あなたにあげたものだから、取っておいて」と言ってくれました。

白いマフラーは今もシリア国内の家族が住む家のクローゼットに大事に保管しています。いつか、平和になったシリアで、子どもたちに、あのとき書いた小説の話をしてあげることが夢です。

2017-03-31-1490925241-6176026-aarjapan_20170331_scarf.jpg
アリの家族が自宅に保管している白いマフラー

九死に一生得た経験を糧に


アリは、AARの活動をする中で、当時の自分の行動が間違っていたことに気づきました。「攻撃が始まったとき、開けた場所に向かって走ってしまった。爆弾の破片から身を守るには、反対側に走って、建物の陰に身を潜めるべきだったたんだ」と振り返ります。

今もシリアの子どもたちは空爆や不発弾などの危険にさらされ続けています。アリは、子どもたちに将来役立つ勉強や楽しい遊びではなく、「爆発物から身を守る方法」を教えることは「悲しい」とも思っています。

「でも、自分が助かったように、AARの活動のおかげで正しい知識がついて、大けがを負わず、軽症で済んだという話をたくさん聞くと、本当に良かったと思える」と、活動の意義を強く感じています。

2017-03-31-1490925602-2639539-aarjapan_20170331_session.jpg
地域住民に地雷・不発弾や空爆から身を守る方法を教えています