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『JFK』オリバー・ストーンも動き出す!? ケネディ暗殺事件の機密文書公開に高まる期待

果たして真相はどの程度明らかになるのだろうか。

2017年10月27日 09時14分 JST | 更新 2017年10月27日 10時44分 JST

■トランプの功績ではなかった!?

トランプ米大統領がジョン・F・ケネディ暗殺に関する機密文書を公開する考えを明らかにしたことが話題を呼んでいる。

1963年11月22日、遊説のためにダラス市に訪れたケネディ大統領。市内をオープンカーで走行中、突然発射された銃弾3発のうち2発が首と頭部に命中し、死亡した。近くの倉庫のビルの窓から狙撃したとしてリー・ハーヴェイ・オズワルド容疑者が逮捕され、事件の全容が解明されるはずだったが、2日後、護送中のオズワルド容疑者をナイトクラブ経営者の男が射殺。事件はオズワルド容疑者の単独犯行として結論付けられたものの、彼を裏で操っていた大物がいたのではないかとの憶測も根強く、ソ連陰謀説、CIA陰謀説、キューバ陰謀説など様々な説が今も唱えられている。

今回の文書公開について、米大統領史を研究しているダグラス・ブリンクリー氏は「歴史の研究者は以前から開示を望んでいた。JFK暗殺の際に何が起きたかは今でも多くの謎が残っている」とコメント、ケネディ大統領暗殺事件についての著書も執筆しているバージニア大学政治学センターのラリー・サバト教授は「長年隠されてきた暗殺に参加した人たちが明らかになるだろう」と語っている。

事件が起きたのは、日本と米国を結ぶテレビ中継の初実験の約1時間前。中継番組の冒頭で伝えられた大統領の悲劇は、お茶の間の日本国民にも大きな衝撃を与えた。"米国史上最大のミステリー"とも言われる事件の真相がついに明らかになるのか、世界中が注目している。

今回の情報公開が「トランプ大統領によって」と受取っている人が多いことについて、25日放送のAbemaTV『AbemaPrime』に出演したパトリック・ハーランは「公開を制限する権限も有しているが、それをしないというだけ」と指摘、「公開が決まったのはパパ・ブッシュ(ジョージ・H・W・ブッシュ大統領)政権時代の1992年。今、その締め切りがきただけで、トランプ大統領が公開すると決めたわけではない。米国のメディアもトランプ大統領に踊らされている」と釘を差す。

■オズワルド犯行説に残る数々の疑問

ジョン・F・ケネディは1917年に生まれ、ハーバード大学卒業後、29歳で下院議員に初当選。1961年、43歳のときに史上最年少でに第35代に大統領に就任した。ケネディ家は米国の象徴的な一族で、長女は前駐日米大使のキャロライン・ケネディ氏。マリリン・モンローをはじめ、数々の女性と浮名を流すプレイボーイとしての一面や、マフィアとの繋がりも指摘されていたが、城西国際大学の土田宏教授(アメリカ政治学)によると「いまだに写真集が出ている。暗殺当時の支持率は70%程度あった」というほど、今に至るまで、人気は非常に高い。

しかし、ケネディが大統領を務めた期間は冷戦が厳しさを増していた時代だった。1961年の6月にはウィーンでフルシチョフ首相と米ソ首脳対談を行うも進展は望めず、翌年にはキューバ危機が勃発。第三次世界大戦勃発が危惧されたが、ケネディとフルシチョフ首相の話し合いにより、危うく危機は回避された。しかし、泥沼化したベトナム戦争ではさらに軍を投入するなどして非難も浴びた。

国民の支持を集める一方で、FBI(米連邦捜査局)やCIA(米中央情報局)の権力を制限したり、マフィアの壊滅を目指したりするなど、国内には多くの敵も作った。加えてジョンソン副大統領との不仲も噂され、暗殺の3日前にはケネディ大統領が辞任を促したと言われている。

こうした経緯から、暗殺の背景にソ連の存在を疑う意見もある。

しかし土田教授は「ケネディはソ連に対し宥和的だった。世界の平和を守るためには米ソが協力しなければならないと強調していて、核兵器の撤廃に向け部分的ではあるが核実験禁止条約に調印もした。ソ連にとっても悪い人ではなかったはず」と話す。

そこで登場するのが、オズワルド容疑者とソ連の関係だ。

「オズワルド容疑者は亡命という形でソ連に逃げ込んだ経験があり、妻もソ連人だった。若い時から共産主義にかぶれていたということを理由にして、容疑者だとされた。また、亡命したのに米国に戻り、しばらく暮らしたニューオーリンズでキューバのカストロを援助するグループと付き合うようになり、米国とキューバは国交を回復していくべきだというパンフレットを配ったこともあった。その時に通行妨害したということで逮捕されたが、ラジオに出演して釈明したという記録もある。そういう経歴から、"共産主義者"という、非常に"都合が良い"存在になった。結果として、オズワルドが犯人だということにして片付けた方がいいということで、今まで来てしまった」(土田教授)

しかし、オズワルド犯行説には数々の疑問が残る。「犯人がオズワルドと特定されるのがすごく早かった。しかし捜査当局は当初、立体交差付近、つまりケネディの乗った車の進行方向から撃たれたと発表していた。しかし途中で後方から撃たれたということになった。オズワルドがいたという教科書ビルも、車の後方にあった」(土田教授)。ところが、狙撃を捉えた映像では、大統領がのけぞり、後ろに脳漿が飛び散る様子も写っていることから、前から撃たれている可能性が高いと見られているのだ。

また、オズワルドだと名乗る人物が事件前後に目撃されるなどしているが、目撃者はいずれも逮捕されたオズワルドではなかったと証言するなど、不可解な出来事も起きていたという。

「オズワルド容疑者がキューバに行ったという情報もあるが、実はCIAによる"替え玉"だった可能性がある。何者かがあえて領事館で『俺はオズワルドだ』と喧嘩をふっかけて大騒ぎを起こし、キューバとソ連にオズワルドという名前を広めようとしていた。『ウォーレン報告書』という調査委員会の報告書に、オズワルドがキューバを訪ねた時の写真が載っているが、全くの別人物だった。委員会はカメラの角度の問題と説明したが、顔も体つきもかなり違っていた。最近明らかになった事実では、フーヴァーFBI長官が大統領に昇格したジョンソン副大統領に電話をかけ"まずいことになった。キューバにいたオズワルドは本人でない"と語ったという話もある」(土田教授)

このような経緯から、「CIA」以外にも、「マフィア」「亡命キューバ人」「ジョンソン副大統領」「旧KGB」「複数犯行」など、さまざまな陰謀説が唱えられてきた。土田教授は「この中で絶対にあり得ないのはジョンソン副大統領説。一番得をしたのはジョンソンで、しかもダラスは地元。あからさますぎて誰もが疑う。逆に濃厚だと思うのは、マフィアか亡命キューバ人による犯行だろう。ケネディは弟であるロバート・ケネディ司法長官と一緒に、FBIでさえ手を出さなかったマフィアを撲滅しようとしていた。特に司法長官は大物マフィアのマルセロを何の理由もなく逮捕し、グアテマラに国外追放した。そういうこともあり、マフィアからは相当な恨みを買っていた」と話した。

■町山智浩氏「オリバー・ストーンが動き出す可能性も」

 在米コラムニスト町山智浩氏は「オズワルドが刑務所に入った時に電話をかけようとしていた相手に注目が集まっている。電話交換師の女性が取り次ごうとしたが出なかったそうだが、ノースカロライナ州のローリーという町に住んでいた"ジョン・ハート"という名前の人物だということだけはわかっている。この人物についてFBIが調査した内容が、今回の機密文書に入っているのではないかと言われている」と話す。

「それまではCIAが各国でクーデターを起こしたり、FBIが大統領まで脅迫していたとされるほど、CIAやFBIが大統領を超える権力を有していた。しかし、ケネディ暗殺がきっかけで、米国民は政府を信用しなくなった。この流れが60年代後半のカウンターカルチャーやベトナム反戦運動にも繋がっていき、ニクソンのウォーターゲート事件まで続いた。米国の政府と国民との間を決定的に切り裂く事件だった」。

現地報道や国民の関心の度合いについて町山氏は「色々な憶測が飛んでいる状況。今秋以降、ジョンソン大統領を描いた『LBJ』やケネディ弟のスキャンダルを題材にした『Chappaquiddick』など、ケネディ周辺のことが連続で上映されるということで、関心は高まっている。オリバー・ストーンも動き出す可能性がある。そもそも1992年に文書公開が決定したのは、ストーン監督の『JFK』という映画が公開され、盛り上がったためと言える」とした。

CAI・FBIに内定していた経験を持つREINAは「CIAやFBIから公開に対する抗議の声も上がっていない。我々が期待するほどのことも書いているのだろうか」と疑問を呈するが、果たして真相はどの程度明らかになるのだろうか。期待が高まる。(AbemaTV/『AbemaTIMES』より)

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(2017年10月26日「AbemaTIMES」より転載)