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「スマホで執筆。書くモチベーションは今の方が高い」難治がんと闘い、それでも書くことをやめない新聞記者

死を意識するからこそ、自分の奥を掘り下げて考えたり書いたりできる。

2017年11月29日 15時01分 JST | 更新 10時間前

AbemaTIMES

■たまたま付けたオプション「腫瘍マーカー」で陽性反応が

日本人の"国民病"と言っても過言ではない、がん。今や2人に1人が罹り、3人に1人が命を落とすと言われている。中でも完治の見込みが少ない「難治がん」と診断されながらも、書くことを諦めない新聞記者がいる。それが朝日新聞の野上祐さん(45)だ。

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入社後は仙台支局などを経て政治部に配属、官邸サブキャップも務めた。2014年からは福島総局でデスクとして多くの部下をまとめ、震災復興に関する企画に取り組んできた。昨年、健康診断にたまたま付けたオプション「腫瘍マーカー」で陽性反応が出たことで、罹患が発覚した。診断は難治がんの一つ、すい臓がん。早期発見ではあるものの、1年後の生存率は10%くらいだと説明を受けた。

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初期の頃には自覚症状がほとんどないことから、発見が難しいがんとされているすい臓がん。最大の特徴は、進行が早く転移しやすいことだ。5年後の生存率は9.2%と他のがんよりも圧倒的に低い。野上さんはこれまで2回の手術を受けたが、切除できないほど病は悪化していた。「ああそうか、自分は若くして亡くなる方に、つまり平均寿命を下回る方の半分に入ったんだなという風に思った」。

■フリック入力で記事を執筆

現在は都内で奥さんと二人暮らしをしながら通院治療を受けている。当初は2種類の抗がん剤を使用していたが、8月上旬に血液検査の結果が悪化。効き目が高い代わりに副作用の強い抗がん剤をやめ、今は1種類だけで治療を続けている。毎日20錠以上の薬も奥さんが用意している。療養生活が始まってからは夫婦で過ごす時間が増えたそうで、奥さんの存在が闘病生活の支えになっていると話す。

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10日に1回の抗がん剤治療のための通院では、自分で車を運転する。人工肛門を付けている野上さんにとっては、電車よりも楽な通院手段なのだ。また、週2回の訪問看護で受ける栄養剤の点滴は1回につき13時間もかかるという。食事制限はないが、抗がん剤の影響で味覚が変わるため、その時々で食べられるものが違うという。「調子が悪い時は冷蔵庫を開けるだけでも匂いが気になって耐えられないぐらいだった。今、普通に食べているのが信じられないくらい」。

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1年9カ月に及ぶつらい闘病生活の中でも、書くことをやめなかった野上さん。抗がん剤の副作用で薬指や小指に痺れが出ることから、スマートフォンを使い、人差し指のフリック入力で記事を執筆している。現在、ニュースサイト『AERA dot.』で週1回のコラムを連載、タイトルは「書かずに死ねるか」だ。

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執筆のため、副作用による脱毛に悩む患者のための医療用ウィッグを体験した。試着用かつらを自ら通販で取り寄せて装着、近所を歩いて性能を確かめる。歩いている途中に目に入った小学校の校舎に「私には子どもがいない。遺伝子を残さない代わりに何を残すのかを考えた時、拙いものだけど、自分が書いたり喋ったりすることが残れば嬉しいことだなって思う」と語る。

「感じ方と見える対象が変わったという両面あると思う。昔なら見過ごしていた細かい変化などを感じ取れるようになった。逆に見えなくなってしまったり、感じ取れなくなってしまった部分も同じようにあると思うが、全然違う記者になったと自分で思うくらい。

書くモチベーションは今の方が高い。書くことが無くなって困ったということもないお医者さんとやり取りしていても、ある意味誰かを取材しているような感覚で捉えることがすごく多くなった。自然と整理されて、ちょっと感情的になったりとか、迷ったりする所が削ぎ落とされたりしたと思う。僕は新聞記者という仕事によって救われたのかなと」。

■政治にも「インフォームド・コンセント」を

その"気づき"の一つが、患者になったということで、医師の関係が有権者と政治に似ていると感じたことだ。

復帰後、最初に書いた「リスク説明 政治も医療のように」では、「どんな目的で、何をするか医師から聞き、納得すれば同意書に署名する。説明を受け、一定の範囲で信任を与える点では、政治家と有権者の関係にも似ている。ただ違うのはそれによっておきうるリスクや代替手段、さらにはそのリスクまで医師が説明し、患者に判断材料を与えることだ」と指摘。

そして「想像してほしい。安倍首相がアベノミクスの一定のリスクも認め、それ以外の経済政策もありうると語る姿を。野党も独自の政策を掲げ、利点とリスクを有権者に語りかける光景を。」と投げかけている。

記事が書かれたのは、2016年の参議院議員選挙の時だ。「治療法とそのリスクについて説明を受け、同意書を出す。これが政治家や政党だったら選挙に似ているなと思った。でも、同じ頃にあった選挙の様子と比べるとだいぶ違うなと。選ぶ材料が提示されていない。

それで書きたくなった。政治家というのは、"最後まで読んでなかったあなたが悪い"という風にはなってはいけない」。野上さんの問いかけを機に、様々な党が政策の効果だけでなく、リスクも国民に示していくことを目指す超党派議員による研究会「政治版 インフォームド・コンセント研究会」が作られた。

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また、先月の衆院選では、野上さんの記事に触発された後輩記者が政策の"副作用"について各党に質問、記事を執筆した。

「医療現場では医師が患者に治療法の副作用も説明する『医療にはインフォームド・コンセント(説明と同意)』がある。選挙ではどうか。各党幹部に看板政策の副作用を公約発表会見などで聞いた。政治家が説明をすることによって有権者も知識や問題意識を得て、質問をするようになる。そういう回路が回り始めれば」。

■共謀罪法、定期的に報じていくことが必要

6月に成立した「共謀罪」法(「改正組織犯罪処罰法」)にも関心を寄せている。

コラムでは「仮に共謀罪が、民主主義を死に至らしめかねない『がん』だとしよう。法案が成立して法律になったとしても、それはまだ病気を体に宿したに過ぎないのではないか。政権交代による法改正といった『切除』も視野に入れるべきか、まずは定点観測をする。そして動きがあるにせよないにせよ、定期的に報じていくことが必要なのではないか」と綴っている。

同法をめぐる議論は報じられる機会がめっきり少なくなった。「新しいもの、動きがあるものが世の中に多いから、自分の同僚、後輩、先輩たちがそちらの方を一生懸命やるのはわかる。それを責めるつもりはないが、やっぱり自分としては一石を投じてみたかった」。

さらに「法案について賛成でも反対でもどちらでも構わないと思っている。例えば、民主主義社会を蝕むがんのような法案だという風なことを考える人もいるだろうし、逆に、がんのようにテロリズムが広がっていくことを防ぐための必要な薬だという方もいるだろう。けれどもこの後どうなっていくのか、成立した後だからこそ見ていかなければいけない状況なのかな」と指摘した。

■最大限に満足して終える一日を重ねていきたい

「私はもしかしたら恵まれているのかもしれないと思う。ものを表現するにあたっても一人で完結できる作業があって、しかも他の人が協力してくれる。すごく雑駁な言い方をすると、"がん"という新しい"ネタ"を手にいれた。それをどういう風に使って、どういう風に表現するか、"いっちょやってみるか"という感じ。

『じゃあこれはやってみよう』という風に思ってみたら色々書けることがあったので、何となく心健やかに今いられるのかな」。

がんが発覚して二度目の秋。「前よりも季節は敏感になったかもしれない。紅葉なら紅葉で、『また見る機会があるかな』と思うし、桜なら桜で『また来年見るのかな』と思うし、見ないのかなとも思ったり。まあでも綺麗に見えるから悪くない」。

現在の体調について野上さんは「副作用の強い抗がん剤を使っていない関係で、すごく調子がいい。この間までツルツルだった髪の毛も生えてきているが、頭を触ると、今頃がん細胞も同じようにのびのびしているのかなという気になる」と不安も覗かせる。

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「死ぬ前には苦しむ時期が必ずあるが、その手前の一日一日を充実させていけば、100分の60くらいの幸せを10分の8とか、10分の9くらいにできるのかなと。死を意識するからこそ、自分の奥を掘り下げて考えたり書いたりできる。そういうことに人生を使い切ることに頭がいっている。刹那的かもしれないが、最大限に満足して終える一日を重ねていきたい」。

(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

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(2017年11月28日「AbemaTIMES」より転載)