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ノッチ「ノーメイクかどうか確認された」パックン「アメリカでは黒人差別が日常茶飯事」 

ガキ使の"黒塗り"問題、対立の背景にあるものとは?

2018年01月26日 11時08分 JST | 更新 2018年01月26日 11時09分 JST

 年末恒例の人気番組『笑ってはいけない』シリーズ(日本テレビ系列)での"黒塗り"をめぐる問題。放送から1か月が経とうとしているたが、騒動はいまだ収束の気配を見せていない。24日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、様々な立場の人の意見を聞き、その相違点を浮き彫りにした。

 問題となっているのは、ダウンタウンの浜田雅功さんが演じた大ヒット映画「ビバリーヒルズ・コップ」でエディ・マーフィが演じた黒人刑事。作品の中で着ていたスタジャンを着用、髪形を似せたかつらをかぶり、顔は黒塗りといういでたちだった。

 この演出に対しインターネット上で疑問を呈したのが、米国出身で日本在住13年の黒人コラムニスト、バイエ・マクニールさんだ。「とても不快で、リスペクトに欠けていて、無神経だと感じた。悲しさ、怒りなど複雑な感情を持った。エディ・マーフィの特徴を真似すればよく、衣装を着るだけでもよかった。"ブラックフェイス"は必要なかったはずだ」とコメントした。つまりマクニールさんが問題視しているのは、黒人のものまねにリアリティを持たせるために行われた顔の黒塗りで、これが黒人を傷つける、配慮に欠けた行為だったと主張しているのだ。

 賛否の意見がネット上で激しく対立する中、英BBC、米ニューヨーク・タイムズ紙などの海外メディアが取り上げる事態にまで発展した。

 批判を受けて日本テレビが出した回答は「ご指摘のシーンについては、あくまで映画『ビバリーヒルズ・コップ』で俳優のエディ・マーフィさんが演じる主人公アクセル・フォーリーに扮したもので、差別する意図は一切ありません」というものだったが、マクニールさんは「黒人にとって何が侮辱的で、ブラックフェイスやものまねに対してどう感じるかなどは、日本人が決めることではないと思う。浜田さんには責任はないと思うし、日本テレビだけを責めるつもりはない。こういった問題をきちんと報道せず、継続的な問題として認識していないメディア全般の問題だ」と指摘している。

 番組ではエディ・マーフィー本人がどう思っているのか取材するため、ハリウッド外国人記者クラブにコンタクト、正規のエージェントと接触することに成功した。しかしエージェントからは『コメントを出すと、1文字ウン百万かかるが大丈夫なのか?』との返事だったため、あえなく断念した。

 米国出身のパックンは「あのコーナーは浜田さんが似合わない、変な格好を着せられているという状況で笑いを取るもの。毎年観ている大好きな番組で、制作スタッフには知人もいる。全く悪気がなかったのもわかっているが、黒人が出てきたのには観ていてショックを受けた。決して黒人をバカにしているわけはないし、出演していたメンバーたちもエディ・マーフィが大好きなんだと思う。でも、触れてはいけないところに触れたと感じて、笑えなくなった」と話す。

 日本に住む外国人に話を聞くと、

 「少し失礼だと思う。たとえどの人種であっても不快だと思う。私が白人だったとして、アフリカ系米国人が顔を白く塗って白人のものまねをしているのを目にすればとても不快だし、黒人が目を釣り上げてアジア人のまねをしているのを目にしたら不快だと思う。そのような行為は必要ないし、文化的にも無神経だ」(米国人の29歳黒人女性)

 「黒人を笑いものにしようとしていたのならよくない。米国では、顔を黒く塗ることについて長い歴史がある」(米国で映画製作に携わっている27歳黒人男性)

 「もしエディ・マーフィを称賛してものまねをしたいならば、彼の衣装をまねればいいのであって、顔を黒くするという考えはよくない。黒いレザーのジャケットやパンツをはいて、彼の笑い声をまねすればいい」(同行者で同じく映画製作関係の24歳白人男性)

 

 といった意見が聞かれた。

■"黒塗り"が黒人差別の象徴になった背景

 外国人の多くが、なぜ"黒塗り"を問題視するのか。その背景には、アメリカの黒人奴隷、そして「ミンストレル・ショー」の歴史があるからだ。

 商業的な農業が始まり、安価な労働力が大量に必要となった1600年代から奴隷として黒人を輸入し続けたアメリカでは、この非人道的な行いを正当化するために「黒人=劣等である」「黒人は下だ」という図式を定着させようとしてきた。

 奴隷解放の契機となった南北戦争よりも前の1830年代に普及したミンストレル・ショーも、その一つ。顔を黒く塗った白人が、黒人の動作や口調を真似て、蔑み、笑いをとるという茶番劇で、学校や大衆演劇でも大流行。1853年にペリー提督が浦賀にやってきた時にも、日米和親条約の合意に際し幕府の要人たちを招待したパーティーで披露されたという。

 1876年にはジム・クロウ(人種隔離)法が成立、公共機関などで白人と有色人種が分けられるなど、制度の上での黒人差別は続いた。この「ジム・クロウ」の由来もミンストレル・ショーのキャラクターの一人であり、ショーが演じられなくなって以降も、黒人差別の象徴として残り続けてきたのだ。1964年に公民権法が制定され、黒人をアメリカ合衆国の一市民として平等な地位を獲得することを目指したが、白人至上主義など、今も意識の上での差別は根強く、黒人が標的になる事件は後を絶たない。

 パックンは「白人と同じ学歴・経歴だったとしても、黒人っぽい名前だというだけで履歴書が通らないケースも多い。ミンストレル・ショーが、そうなってしまう概念を作ってしまった。例えば"俺は中学校に5年行ってるから賢いぜ!""2年ダブってるじゃん"というコントも、黒人を主人公にしてしまうと、根底に黒人差別があると思われてしまう」と話した。

 また、オバマ元大統領のものまねで有名なデンジャラスのノッチは、海外でものまねを披露する際には、黒塗りをしているかどうか、事前に確認されたと明かす。

 「シカゴにあるオバマさんが行きつけのレストランに僕が飛び込んでいくというロケをやった。ノーメイクでやったら、ドカンと受けた。ウィル・スミスさんと共演した時には、本番前に向こうのスタッフに『もし塗られるようだったら取ってほしい、それで出るならNGだ』と言われた。僕は『ノーメイクアップ』と即答したら、『ノープロブレム』と。スミスさんも僕の目を見て『君に一票入れたよ』と言ってくれた」。

■日本人には本当に差別意識がないのか?

 一方、「ラッツ&スター」の前身である「シャネルズ」や、グッチ裕三・モト冬樹らによるコミックバンド「ビジーフォー」などが一時黒塗りで活動していた。これは、黒人差別ではなく黒人音楽やグループへのリスペクトを表す手段として行われたものもあった。

 そのためか、オリコンニュースが1000人を対象にしたアンケートでも、今回の"黒塗り"に対して「差別だと思う」と答えたのが7.9%に対して「思わない」が55.6%、「わからない」も36.5%に上った。

 番組にも「今回の件で、顔を黒く塗ることが差別につながることが世界標準だと知った」という意見が寄せられ、問題ないという意見が大半を占めた渋谷の若者たちの中にも「悪気がないのはわかるが、受け取る側がどう思うかの問題なので、よくないと思った。日本人として単一民族国家で生きてきたので、人種差別に疎い。もうちょっと世界の人種差別に敏感になって理解を深めるべきだ」(18歳女子学生)という意見が見られた。

 父親がアフリカ系米国人で、2015年ミス・ユニバース世界大会日本代表の宮本エリアナは「日本人としての立場からすると不快には思わなかったし、面白かった。黒人としては批判されるかもしれないなと思ったが、悪意のなかった浜田さんや番組が叩かれるのは違うと思う」と話す。

 米国人である黒人の父と日本人の母との間に生まれた、お笑いコンビ「マテンロウ」のアントニーさんも「僕は単純に面白くて笑っていた。別に黒人を馬鹿にしてやっているわけではないので。そこの意識だけだと思う」とコメントしている。

 ジャーナリストの堀潤氏は「ラッツ&スターなどには、リスペクトや憧れがあったと思う。ただ、今回はオチとして"こんな格好?""これかお前"みたいなところで笑いが起きていたと思う。なんで浜ちゃんは戸惑ったのか。その笑いの源泉はなんだったのかを考えてみるのが大切。ただ笑われる存在になるということではなく、差別を笑いで吹き飛ばすくらいのメッセージ性、覚悟、戦略、怒りの感情も含めて投げかけるのが重要だ」と話す。

 スリランカ出身で日本国籍を持つ社会学者のにしゃんたさんは「それぞれ立ち位置が違うから、全ての意見が正しいと思う。ただ、日本という空間で、日本の常識として話している方の"正しさ"と、もっと広い領域に視点を置いて話している方の"正しさ"がぶつかっているから、コントラストが生まれている」分析する。