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【カンボジアの経済発展の影に】僕が最も悔しかったやりきれない出来事

人にケガを負わせて病院送りにするより、死なせてしまったほうが安上がり、という認識の人がまだ存在する。

2017年10月13日 16時32分 JST | 更新 2017年10月13日 16時32分 JST

スースダイ(こんにちは)! オリジナルシャツ&アパレルブランド「Sui-Joh」を経営する浅野 祐介です。

今回は、僕がカンボジアに来て一番悔しい想いをした出来事について書きます。

カンボジアで生活を始めてから、いろんな悔しい想いを味わってきました。市場で小さく50円くらいボラれたのに、あたかも5000円ボラれたかのように大きく落ち込んだり、在住邦人の中にも騙したり裏切ったりする人がいるということを知ったり......(後者に関しては僕個人の努力や事前調査で回避できたことだったとも思っています)。

今回書かせてもらう、その出来事は、今のカンボジアではある種「当たり前」であり、カンボジアの光と影のコントラストを映していると思います。

事故が、事件に......

浅野祐介

カンボジアには、交通ルールはまだあって無いようなもの。一方、JICAの支援により市内には信号機が増え、ルールを守る人も増えてきています。

しかしながら、ひとたび事故が起こればそこにはカオスの危険が潜んでいます。ひき逃げ犯を群衆が捕まえてリンチするなどの、日本では考えられないことが起きているのです。

その出来事は、Sui-JohのスタッフAが、パートナーの工房から帰るときに起こりました。

Aが社用車バイク「Sui-Joh号」で直進していたところ、前を走る白のRange Roverが左折をした直後に止まり、そして何故だか急にバックをしてきました。

そしてAのバイクに衝突し、Aはバイクごと転倒。転倒したバイクを起こそうと立ち上がった瞬間、なんとそのRange Roverはもう一度バックをして、改めて衝突してきたのです。

再転倒するAとバイク。驚くことに、まだエンジンをふかしバックを続け、バイクに乗り上げようとするその車......。

周りに集まって来る人々。その人たちが異常だと危険を察し、その白い車のドアやガラスをたたき続けたことで、ようやく運転手はエンジンを切り、停車しました。Aはまだその時バイクの横に倒れたままだったため、そのまま車が乗り上げてきていたら、きっと下敷きになっていたことと思います。今でも、恐ろしさがこみ上げます。

ケガよりも軽い、死

浅野祐介

カンボジアには、人にケガを負わせて病院送りにするより、「死人に口無し」つまり死なせてしまったほうが安上がり、という認識の人がまだ存在すると聞きます。

スタッフいわく、権力者の乗る車が一般市民に対して死亡事故を起こしてしまっても、1000ドル程度の示談金で事無きを得ることがあるのだとか......。

Aもその時、迫り来る車とエンジン音を聞き、命の危機を感じたと話しています。

その後、停止した車から運転手は降りてきません。しばらくしてから同乗者が降りてきて、手を差し伸べたかと思えば、その手にあったのはお金。しかもたったの50000リエル(12.5ドル)。無言でそのお金をAに渡そうとしましたが、Aはそれを拒否しました。バイクのエンジン部分からオイルが漏れるなどの破損が目視できたので、その修理をしてほしいと伝えたところ「我々は忙しい」とだけ言い残し、周りの制止をふりきって去って行ってしまったのだそうです。

目の当たりにする「腐敗」の現実

浅野祐介

これは今から2年前近くの出来事です。もし今、同じことが起きたら、周りの人たちが動画を撮影したり、facebookにライブ動画を配信したりしていたことでしょう。

Aも野次馬も車のナンバーを覚えていたので、警察に被害届を出しにいきました。すると耳を疑いたくなる言葉が返ってきました。

「その車のナンバープレートは、おそらく政府高官関連の番号だ。それでも被害届を出すか? 復讐される可能性もあるのが分かるだろう?」

それでも僕らは被害届を出し、ナンバーから車の所有者を割り出し、警察が連絡「した」のですが、出頭要請した日に対象者は現れませんでした。警察ももう「諦めなよ」と僕らに言う始末。この言葉の意味が、未だに分かりません。

日本にある「警察=正義の味方」という認識とは大きく異なる、カンボジアの悪しき習慣の巣窟のようにも思え、正義はお金に比例する、とすら思わされました。

これも、今のカンボジアのリアルな一面です。

これも含め、僕らは今のカンボジアを生きていく必要があるのです。

Ambassadorのプロフィール

浅野祐介

浅野祐介

日常にHAPPYと彩りをお届けするカンボジア発のファッションブランド、Sui-Johの創設者。1981年愛知県生まれ。4人兄弟の長男。会社員を経て、2010年秋よりプノンペン市内のNorton大学 大学院へ入学。その中で、ファッションと文化の融合を目指しシャツ作りを始め、現在はトートバッグやポーチなど幅広く制作をしている。モットーは"Happiness is only real, when it's shared"。