Huffpost Japan
ブログ

ハフポストの言論空間を作るブロガーより、新しい視点とリアルタイムの分析をお届けします

週刊ABROADERS Headshot

人生はプランとタイミング!私がバングラデシュ人の夫と結婚した理由

投稿日: 更新:
印刷

こんにちは、杉山弥央(みお)です。

前回の記事で、バングラデシュ人の夫との結婚式について書いたところ、予想外に大きな反響をいただきました。その中で、「どうやってバングラデシュ人と結婚するに至ったのかが気になる! 」という声がありましたので、今回は夫との出会いや結婚に至った経緯について書きたいと思います。バングラデシュだけでなく、国際結婚に興味がある方の参考になれば幸いです!
 
 

出会いは突然に!


夫と初めて出会ったのは2014年3月の東京・表参道。

当時は夫も私も東京で働いており、友人宅のホームパーティーでたまたま知り合いました。その時は少し話して連絡先だけ交換して、彼に対しては特に強い印象はもちませんでした。それからも彼の家のホームパーティーに参加したり、私が仲間と企画したお花見に招待したりして、何度か会いましたが特に何もなく......。

その後、私はシンガポールに移住し仕事を始めました。

程なくして彼もシンガポールに出張に来るとの連絡があり、一緒にご飯でも食べようということになり、その時、初めて彼と色々な話をしたのです。

その中で一番印象的だったのは、お互いの理想の家族像の話

詳しい内容までは覚えていませんが、子どもへの影響を第一に考えて、自分たちの仕事や住む場所などを選択していくことを大原則にしたい、という話だったと思います。彼と私の理想の家族像がほぼ一致していて、一気に距離が縮まり、その日からお付き合いがスタートしました。
 
2016-10-07-1475881421-4328901-Pic2_Sepe1474352622471.jpg
 
しかし、その後はシンガポールと東京の遠距離恋愛

彼は会社員として仕事を続けながら、起業に向けての準備でとても忙しい毎日を送っていました。加えて、何かに集中していると他のことに全く頭が回らない性格で、残念ながら彼とはしばらく音信不通に。

私も、その程度の縁だったんだなーと割り切り、関係は終わったものとして、シンガポールでの生活を楽しんでいました。
 
  

びっくり!半年以上ぶりの突然の連絡


彼のことなど完全に忘れ去っていた2015年8月後半、何事もなかったかのように、彼から突然連絡が! もし夏休みの予定が決まっていなかったらバングラデシュに遊びに来ないか、という内容でした。

彼は起業のため、既に日本から母国のバングラデシュへ戻っていたのです。

「誰だお前?」と返信したい気持ちをグッと押さえ(笑)、少し考えてみたところ、当時の私はシンガポールでの仕事も1年が経ち充実感を得られるようになってきた反面、これって本当に自分のやりたいことだろうか、と疑問をもち始めていて、「自分の興味のあること=新興国+ソーシャルビジネス」という図式を見出し始めていた時でした。

アジアで次に行くならバングラデシュかインドかな、とぼんやり考えていたタイミングで、彼が起業したビジネスも、新興国を舞台にしたソーシャルビジネス......。

当時の自分の興味と、彼から誘われた内容がぴったり一致し、その2ヶ月後にバングラデシュを訪れることにしたのでした(とはいえ、またいつ音信不通になってもいいように、ひとりで観光するプランも練っていました 笑)。
 
2016-10-07-1475881624-7476979-Pic3_Sepe1474352337154.jpg
 
その後はスムーズに連絡も取れ、バングラデシュで彼と再会し、またたくさん話をしたり一緒に時間を過ごしたりするうちに、いつの間にか関係は元通りに。

そしてバングラデシュ滞在最終日、彼から「バングラデシュに住まない? 」と。彼がいることに加え、ソーシャルビジネスの世界に踏み込んでみたい、という気持ちを押さえきれなかった私は、その2ヶ月後にはシンガポールでの生活をキレイさっぱり終えて、バングラデシュに移住していました。

今思うと、本当にタイミングが合ったからこその決断だったと思います。

彼が声をかけてくれた時、ちょうど私も当時の自分の境遇に疑問をもち、バングラデシュという国自体や、彼が携わっているようなソーシャルビジネスに興味をもち始めていました。

シンガポールに移住したばかりの時に同じように声をかけられても、バングラデシュには100%、行かなかっただろうと思います。
 
 

まず大切なのは、「自分の人生プランをざっくり思い描くこと」


バングラデシュに移住してからの展開は早く、彼が私を指輪ショップに連れて行きサイズを測ったりしたので、そろそろ結婚かな、と予感していました。また、前回の記事にも書いた通り、彼の親戚からの結婚プッシュもすごかったです。

そんな中、私と彼のあいだの会話は、結婚ではなく、自分たちの子どものこと。付き合い始めた日にふたりで話していた通り、理想の家族像には子どもの存在が大前提にあった私たちは、子どもはいつ欲しいか、今でも問題ないよね、といったタイミングの話をしていました。

本当に幸運なことに、私はすぐに赤ちゃんを授かることができ、後付けな感じで結婚もして、いよいよこの記事が公開される今月9月末に出産予定です! 今は里帰り出産のため、私だけ一時的に故郷の札幌に帰っていますが、来年の初夏にはまたバングラデシュに戻る予定です。可愛い我が子に会えることが本当に楽しみです。

外から見たら、私の人生は無鉄砲に見えるかもしれませんが、昔立てた人生プラン通りに意外と進んでいたりします。自分の26歳の誕生日、20代後半に完全に突入というタイミングに、毎日楽しいけれど、まだ好きな人生を歩めていない自分に言い知れぬ焦りを感じ、ざっくりと立てた先10年くらいの人生プラン

大前提にあったのは、やはり「子どもを産むこと」

授かりものなので、産むタイミングは自分の意思だけでは決められませんが、少なくともマイルストーンを決めておき、それを目指して細かいプランを立てるほうが、実現する可能性は絶対に上がります。出産できる年齢にリミットがあることは事実なので、目標も何ももたないまま、いつの間にか産めない年齢になっていた、というのが私は一番嫌でした。

私のプランでは、30歳くらいに第一子出産、そのためには2年くらい前にパートナーが見つかっていればいいな、そしてそれまでにやりたいことはある程度やっておきたい(この時はざっくり、海外で働くということがこれに該当しました)、じゃああと2年くらいしかない......。

こういった焦りが私を動かし、26歳の誕生日から5ヶ月後にはシンガポールにいたのです。結局、プランよりも1〜2年くらい前倒しする形で順調にいっています。そろそろ、30代の自分は、子どもと夫とどんな人生を歩みたいのか、新しいプランを練り始めようと思っています。


~この記事を読んだ方におすすめの記事~

海外に出た20代後半女子が贈る!30歳を目前にしたライフプランとの向き合い方
未来は自分で組み立てる。シンガポールで働いていた私がバングラデシュ行きを決めるまで
まるで無法地帯!?ハプニングの連続から学んだバングラデシュの仕事術

 
ライター
杉山 弥央/Mio Sugiyama

1988年生まれ、北海道出身。異文化と触れ合い新しい世界をみることが好きで、アイスランドの留学や世界約35ヶ国への旅、また東京で国際交流を目的としたNPO「Japanize」を友人と運営した経験あり。東京、シンガポールでの勤務を経て、2016年1月にバングラデシュに移住。新しい環境で奮闘中。
 

2015-05-16-1431738338-789227-abroaders2015051609.41.07.png

週刊ABROADERSは、アジアで働きたい日本人のためのリアル情報サイトです。海外でいつか働いてみたいけど、現地の暮らしは一体どうなるのだろう?」という疑問に対し、現地情報や住んでいる人の声を発信します。そのことによって、アジアで働きたい日本人の背中を押し、「アジアで働く」という生き方の選択肢を増やすことを目指しています。

HP: 週刊ABROADERS
Facebook:ABROADERS