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優しさ、美しさ、理不尽さに頭を殴られた 私が南アジアで働く理由

2016年12月13日 15時30分 JST | 更新 2016年12月13日 15時30分 JST

はじめまして。

ヤンゴン在住の吉岡です。

私には一貫した過去のキャリアや、確固たる得意分野などが全くありません。おまけにコミュニケーション能力も協調性もなく、幼少の時分は保育園を3日で中退し、再入園してからも他の園児と乱闘を繰り返すほどでした。

その20数年後、ヤンゴンに来た当時も、半年ほど友達がひとりもおらず、仕事以外で会話する相手は自宅兼職場の警備員さんのみ、という半ひきこもり生活を送っていました。

 

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▶ヤンゴンのシュエダゴンパゴダでお参りする子ども

 

だから、「海外で働きたいけどどうしよう」と、ちょっと迷っている方が、この体験談を目にして、「自分だってどうにかなる」と思ってくれたらうれしいです。 

 

 

私をミャンマーに導いた3つの場所

大学進学まで、行動範囲は自転車でいけるところ、だった自分が、ミャンマーにたどり着いたのはなぜだろう、と振り返ると、きっかけは3つの場所と、衝動と直感だったような気がします。

その場所は、オーストラリアのメルボルン、日本の高田馬場、そしてバングラデシュのとある村です。

海外と縁遠かった私が初めて行ったのは、大学の語学研修先だったメルボルンでした。

滞在先は、ホストマザーがイタリア系で、息子さんの奥さんはフィリピン出身という家庭。街でも大学内でも多様な顔立ちの人たちが行き交うのを目の当たりにし、国境を越えて移動し、生活を築いてく人々に漠然と興味をもつようになりました。

帰国後、日本にいる移民や難民の実情も学びたいとミャンマー研究の授業をとったのを機に、高田馬場に在日ミャンマー人のコミュニティがあることを知り、当事者が運営する非営利団体で週末お手伝いをするようになりました。 

こうした経験から、国際協力に関わる仕事をしたいとの想いが次第に固まってきましたが、家庭の事情で卒業後は地元の自治体に就職しました。

 

 

バングラデシュでの一人旅

それなのに、就職して1年と少したった後、私はミャンマーで活動しているNGOに転職し、現地に来てしまいました。

急激な方向転換に至った契機は、就職する直前の、バングラデシュへの一人旅です。 

インド滞在の後に入国したバングラデシュでは、首都ダッカから夜行バスに乗り、ある村にたどり着きました。

本当は、その後もバスや船を乗り継ぎまた違う街に行く予定だったのですが、バスで乗り合わせた現地の人から、「外国人が一人で旅するなんて!他の街に行くのは危険だから、もううちに泊まってその後ダッカに帰りなさい」と、強く説得されてしまいました。

彼らの気迫に押され、結局そのバングラデシュ人一家の家に5日も泊まらせてもらうことになりました。

 

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▶笑顔はじけるバングラデシュの村の人たち

 

全くの成り行きで、言葉もろくにわからないまま、現地の人々の生活に潜り込んでしまったこの5日間は、楽しさと、驚きと、不思議さと、悲しさと、あらゆる感情のまざった日々でした。

 

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▶おばちゃんと子どもたち、好奇心いっぱい!

 

突如現れた外国人を見て、好奇心旺盛に私のからだをさわってくる近所のおばちゃんや子どもたち。

「会社? 日本から客が来たから今日は休む!」と断言して、自分の仕事より他人へのもてなしを優先し、しょっちゅう親戚や友達同士でお茶を飲んではのんびりしているけど、1日5回の礼拝だけは絶対にかかさない男性たち。

彼らの信じるもの、見ている世界はたぶん私が見ているものと違うけれど、この生活をいわゆる「先進国」のように変えていくなんて、誰もできないし、するべきではない、と思いました。

 

 

幸せと理不尽さと

そう感じる一方で、「なぜここではこんなことが起こるのだろう? この現状は変えられないのだろうか?」と、思う場面にも遭遇しました。

それは、夫に硫酸をかけられ半身に大火傷を負った若い女性に会った時でした。彼女は、犯人である夫は逃げてしまい裁判もできないまま、自宅で横たわっていました。

なぜ、こんなに見ず知らずの他者を助けてくれる人々ばかりのこの村で、この理不尽な被害を防げなかったのだろう。

村の人々の笑顔や、天国のように美しかった夕暮れの村の景色、私と同世代の彼女がベッドの上で流していた涙......。それらが脳内でぐるぐる回り、頭を殴られたような衝撃を受けたまま、私は日本に戻りました。

 

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▶美しい夕暮れの村。ここでもさまざまなことが起きている

 

あの彼女が味わったような、理不尽な出来事をなくしたい。でも、彼らの文化や世界観を自分自身が学ばないままで、「国際協力」「支援」と大上段に構えていたら、きっと問題は解決できない。いったい自分に何ができるか分からないけど、まずは現地で働きたい。

そんな思いから、社会人になって1年後、南アジアでの仕事を探しはじめました。その結果、最初に採用が決まったミャンマーでの仕事に縁を感じ、来緬しました。

それから約4年になりますが、ミャンマーの人々の世界は、私にとって今でも不思議なことばかりです。

これから、身の回りで遭遇した色々な驚きを、ここで紹介できたらと思います。

どうぞ、よろしくお願いします。

 

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ライター

吉岡 清香/Sayaka Yoshioka

東京出身。大学卒業後、自治体勤務を経てNGOのスタッフとしてミャンマー赴任。地方とヤンゴンあわせて2年間の勤務の後、現地企業に転職しミャンマー人の同僚たちと働く。

 

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